第3話 スマホ一台で簡単に稼げるお仕事
ソファーに座った寄城の正面には、例のハキハキ少女が前傾姿勢で浅く腰掛けている。
さっきは暗くて気付かなかったが、寄城と同じ制服を着ていた。
顔はなかなかの美少女である。
少し茶色がかったツインテールが、あどけなさの残る顔を引き立たせていた。
「えーっと、ボクは招鬼柚乃ッス。よろしくっス!」
「寄城理一です。よろしくお願いします」
「その制服、能丸高校ッスよね? ボクもなんスよ!」
「そ、そうですよね……何年生ですか?」
「今日から入学したピッカピカの一年生ッス! だからタメ語で良いッスよ! 改めてよろしくッス、寄城先輩!」
ツインテールボクっ娘美少女に「先輩」と呼ばれて、悪い気はしない。
さっきまで訳も分からず怪しんでいた寄城の心は、それだけの事で少しだけ和らいだ。
そして、寄城から見た彼女の左には、早明浦と呼ばれる謎の男が座っている。
男はマグカップに入ったお茶をグビッと飲むと、両手を大きく上げて伸びをし、寄城の方に向き直って言った。
「俺は早明浦晴喜。見ての通り陰陽師だ」
「見ても分かんないッスよ!」
「分かんねえか。はは」
ノリノリでツッコミを入れる招鬼。
乾いた笑いを浮かべる早明浦。
二人のやり取りを見て、寄城は「やはりヤバいところに来てしまったかもしれない」と思い直した。
(そうだ、やっぱりこんな怪しい事務所、帰ろう。俺は何を焦ってたんだ? どんな仕事かも分からないし、帰ってまた普通の飲食店とか探せばいいんだ)
「あ、あの……っ!」
意を決して切り出した寄城に、二人の視線が集まる。
「あの俺……ここの面接申し込んだ覚えが無くて。すいません」
「ははっ。まあそんなもんよな」
(まあそんなもんよな、だとぉッ!?)
軽く笑い飛ばす早明浦を見て、寄城は面食らった。
が、負けじと続ける。
「だから仕事内容も分かってなくて……えっと、陰陽師? とかもよく分からないし。だから今日はすいません、やっぱり面接やめ──」
ガタンッと音をたてて立ち上がったのは、招鬼だった。
彼女はそのままテーブルに身を乗り出し、立ち上がりかけた寄城の両手をぎゅっと握った。
「そんなの勿体ないッスよ! 寄城先輩には適正があるんスから」
「て、適正……?」
「そうッスよ。色んなオープンチャットにURL流したッスけど、押してくれたのは寄城先輩だけだったッス。いや、寄城先輩にしか押せなかったんスよ!」
可愛い女の子に手を握られているという状況のせいで、話の内容はほとんど入ってこなかった。
その様子を察したのか、早明浦が「招鬼、客人にベタベタさわんな」と助け船を出した。彼は続ける。
「寄城っつったな。お前が押したURLは……つっても、お前は押した自覚が無いのかもしれないが。あれを押すと、自動で採用アカウントが友達追加されるようになってる。んで、それを押す人間はきちんと選ばれるようになってんだ。まさか一人だけとは思わなかったけどな」
「選ばれるって、どうやって?」
「それが招鬼の能力なんだよ。然るべき者を、然るべきところへ呼ぶ力。まあ分かんねえか。とにかくお前はうちにふさわしいって事。以上」
「客人に『お前』なんて言う方が失礼じゃないスか!?」と口を尖らせる招鬼を片手でいなしながら、早明浦はそう説明した。
まだ分からない事だらけだが、寄城は少しずつ彼らを信用していた。
そして、とにかく帰ろうという思考は消え、仕事について聞くだけ聞いてみようと思い始めていた。
「で、俺は何をすれば?」
「聞く気になったか。安心しろ。スマホ一台あれば誰でも出来る単発の仕事だ」
「あっ」
寄城は自分のスマホの惨状を思い出し、黙ってポケットから出すと、テーブルに置いて見せた。
「あーあ、こりゃ派手にやっちゃったッスね~」
ケラケラと笑う招鬼の横で、早明浦は失笑しながら言った。
「しょうがねえなあ……じゃあ新しいスマホ買ってやるよ」
「ほ、本当ですか!?」
「今日はもう遅いから、明日行こうな」
寄城の表情がガラリと変わった。
バイトを探すにしても、まずは満足に使えるスマホを入手することは目下の課題であったのだ。
貯金を切り崩して生活しながら、アルバイトで母親の入院費と薬品代を稼いでいる状況。
スマホにかけている余裕など一銭も無かったのである。
「やらせていただきます! よろしくお願いします!」
「決まりだな」
「よろしくッス~」
申し訳程度に出された書類にサインすると、寄城は鼻歌交じりに事務所を後にした。
肝心の業務内容を一切聞いていない事に気付いたのは、帰宅した直後であった。