第1話 てへぺろ☆
「ねーねー、なんで無視すんの? ウケるー」
「アンタぼっちだから、あたしらが遊んであげよーって言ってんの」
「ちょっと可愛いからってチョーシのってない?」
隣の席の女子がギャルたちにいじめられていても、寄城理一は目もくれない。それはなぜか。
怖いから? 面倒だから? いや、違う。
そんなものを助けたって”金にならないから”である。
「よし、せっかく新しいクラスになったんだし、男子みんなでカラオケでも行かね?」
「良いね! 寄城はどうする?」
「いやいいよ、寄城は……ノリ悪いし」
男子たちがクラス替え直後の雰囲気に浮足立っていても、寄城理一は興味を示さない。なぜか。
”金にならないから”である。
放課後になるや否や、彼は器用に人波の合間を抜け、自転車に飛び乗って一人校門を出た。
全速力でペダルを漕いでやって来たのは、彼の母親が入院している大学病院である。
駐車場のフェンスに雑に自転車を立て掛けると、汗をシャツの袖で拭いながら、小走りで受付へと向かった。
「こんにちは!」
「ああ、寄城君こんにちは。今日は早いわね」
受付の事務員さんは勿論のこと、顔見知りの看護師さんたちも会釈してくれる。
寄城は挨拶もそこそこに、カウンターに封筒を置いた。
「これ今月の入院費です。母さんによろしく言っといてください。それじゃ!」
「あら、お見舞いはしなくて良いの?」
「今からバイトなんですいません!」
「相変わらず大変そうねえ……」
寄城はまた小走りで病院を出ると、自転車に跨った。
次に目指すは、駅前のハンバーガーショップ。
彼は高校に入学してから約一年の間、その店でアルバイトしているのだった。
進級初日という事で早めの放課となり、帰りの会が終わったのが午後二時過ぎ。
それから病院を経由し、今は二時二十分を回ったところだ。
その店ではバイトの出勤管理は十五分刻みなので、二時半までに何とかして出勤ボタンを押したいという想いが、寄城の頭を支配していた。
赤信号を音速で渡り、道行くおばあさんを轢きかけ、とにかく全力で自転車を漕ぐ。
「よしッ、二分前!」
肩で息をしながら交差点の角を曲がり、視界に入ったハンバーガーショップは、全面的にシャッターが閉じられていた。
「……は?」
とにかく出勤ボタンを押さなくてはという衝動に突き動かされる寄城は、とりあえず自転車をシャッターの前に停め、裏手にあるバックルームの扉へと向かった。
しかし、ドアノブを捻っても鍵がかかっていて開かない。
「おっかしいな」
今日は確かに営業日で、自分のシフトも入っていたはずだ。
店長に電話をかけようと取り出したスマホの画面に、LINEの着信を知らせるポップアップが表示される。
『店長 昨日で店つぶれました。ごめんネ!』
『店長 スタンプを送信しました』
頭が真っ白になった。
「ごめんネ」の「ネ」がカタカナになっている事に無性にイラつきながら、グループチャットを開く。
「てへぺろ☆」と可愛げなポーズを取るキャラクターのスタンプを最後に、店長はグループから退室していた。
「クソてんちょォォォォォッ!」
誰かが撮っていたらバズるんじゃないかというくらいの声量で叫びながら、寄城は地面にスマホを叩きつけた。
やってしまってから、ヒビ割れたスマホを見て、すぐに激しい後悔に襲われるのだった。
***
とりあえずやることも無いので家に帰って来た寄城は、呆然とくすんだ天井を見つめていた。
「バイト、探さなきゃ」
ため息交じりにスマホを拾い上げてみると、ヒビ割れた画面に指が引っ掛かった。
「スマホも買い替えないと。フィルム代ケチったのがここで効いてくるとは……くぅ~」
バイトを探す気力も失せ、何となく指でガタガタの画面を撫でていた時だった。
ポコポコッ、と音がして、LINEのポップアップ通知が表示された。
「ん? 何だ?」
ヒビでよく文字が見えない上、画面の反応も悪い。
通知をタップしてアプリを立ち上げるまで、四、五回のタップを要した。
そのせいで指を切ってしまい、画面上に小さな赤い血の線が出来てしまった。
「いてっ」
切った指を咄嗟に舐め、反対の手にスマホを持ち替えて文面を見る。
辛うじて読み取れたのは、「募集」「シゴト」といった単語と、URLらしきアルファベットの羅列であった。
が、やはり細密に入ったヒビのせいでよく読めない。
スクロールで文字を動かそうとしても、うまく動かない。
「ああもうッ!」
ずっとイライラしていた事もあり、寄城は怒り任せにトントンと画面を数回乱打した。
そして、「どうせ何かのくだらない宣伝だろ」と考えることを放棄して、布団の上にスマホを投げ出して目を瞑ってしまった。
最後に画面を数回押した際、再び指を切らなかったのは不幸中の幸いと言えるだろう。
しかし、その際にメッセージ下部のURLをタップしてしまった事に、この時の彼は気付けなかった。
ブクマして頂けると、喜びます