4 退役の事実
クロード隊長の訪問時間は、すぐにやってきた。
ノックの音とともに、「クロード様がお見えになられました」とセアナの声が。
どうぞと返せば、凛とした低音が私の耳に届く。
「失礼いたします」
「隊長! お久しぶりです」
「モカロリーゼ様……」
ベッドに座り、上半身だけを起こした私を見て、クロード隊長の黒い瞳が悲し気に揺れた。
隊長は、男性の中でも背の高い人だ。今はこちらもベッドに入っているから、頭の位置には相当な差がある。
なのにどうしてか、今だけは、小さな子供のように見えた。
セアナに促されて、クロード隊長はベッド前に置かれた椅子に腰かけた。
お見舞いの花束まで持ってきてくれて。セアナはのちほど花瓶を用意します、と言って退室した。
若い男女が二人きりになったけれど、心配はいらない。
「……お体の具合は、いかがですか」
「起き上がって話せるようになりましたよ! もうすっかり元気です!」
「そう、ですか……」
最初は、それすらもできなかったから。
こんなに元気になりました! 回復しました! 心配ありません! というつもりで言ったのだけれど。
隊長の表情は、更に曇ってしまった。
彼の反応を見てから、ああ、元気な人の返しではなかったのだ、と反省する。
「貴女に無理をさせることになってしまい、本当に申し訳なく……」
そこまで言うと、隊長は言葉を切った。
少し考える様子を見せてから、もう一度唇を開く。
「モカロリーゼ様。この度は、討伐任務でのご尽力、誠にありがとうございました。あれだけの戦闘だったというのに、死者はゼロ。あなたがいなかったら、本当にどうなっていたことか」
「そんな、当然のことをしたまでです。それに、モカロリーゼ様だなんて。隊にいたときと同じように、ロマイル、とお呼びください」
騎士団では、彼が上官。だから、任務の際はファミリーネームで「ロマイル」と呼ばれていた。
療養中の今だって、その関係に変わりないのだから、モカロリーゼ様、だなんて風に呼ぶ必要はない。
そう思ったのだけれど。
「そうはいきません。あなたは伯爵家のご令嬢。騎士団での階級も、もう関係ないのですから。そのような呼び方は、もう……」
「階級が、関係ない?」
家柄については、彼の言う通り。でも、階級はもう関係ないって、どういうことなんだろう。
「たしかに、私はもう前線に立てる身体ではありませんので、戦闘要員としては引退という形になりますが……。後進育成に回るという形もありますし、まだ退役するつもりはありませんよ? ですので、今までのように……」
「え? ですが、もう、あなたは」
そこまで言うと、隊長がはっとして口をつぐむ。
その反応に、さあっと血の気が引いた。
もう、あなたは。その先に続く言葉は、もしかして。
「私は、もう、退役扱いになっていますか」
「……ご存知、なかったのですね」
「大方、父が手を回したのでしょう。父は元々、私の入団に反対していましたから」
私には兄が二人いるが、姉妹はいない。
私はロマイル伯爵家唯一の女児として生まれた、長女で、末っ子なのだ。
そんな立ち位置だからか、家族には――特に父には、大切にされてきた。
魔術の才を活かしたいと言って、父の反対を押し切って騎士になった。
揉めに揉めたものの、ある条件つきで、入団が許可されたのだ。
「そう、でした。もしも私の身になにかあったら、すぐに退役させる、という条件つきで騎士になったんです。ずっと前の約束でしたから、忘れてしまっていました」
「モカロリーゼ様……」
その「なにか」が起きたから、約束通り、父は私を退役させたのだ。
療養中の私になにも言わなかったのは、少しでも負担を減らすためだろう。
その約束をすっかり忘れ、これからも騎士としてやっていけると思い込んでいた私には、大きすぎる衝撃で。
涙が、つう、と頬をつたっていく。