3 結婚前に、時はさかのぼる
半年ほど、時はさかのぼる。
「ねえ、セアナ。今日はいいお天気みたいだし、窓を開けてもらってもいいかしら?」
「たしかに天気はいいのですが……。外はまだ寒いですよ?」
「いいの。お願い。……ダメ?」
「……わかりました。少しだけですからね」
ベッドに座ったまま、幼い頃から知る使用人、セアナの言葉に頷きを返す。
ほどなくして、彼女は軽く窓を開けてくれた。
今日は晴れているけれど、季節としてはまだ冬。部屋に入る空気は、きん、と冷たかった。
ゆっくりと深呼吸して、新鮮な空気を味わう。
窓を開けて、息を吸う。ただそれだけのことだけど、今の私にとっては、とても大切で、貴重なものに思えた。
「……さむい」
「そう言ったではありませんか。冷えてはいけませんし、もう閉めますよ」
「ふふ、本当ね。寒かった」
季節を感じた、やっぱり冬ね、と続ける私に、セアナは呆れたように息を吐く。
「お嬢様。そういった感覚も大事ですが……。あまり無理をなさってはいけませんよ?」
「ええ。ごめんなさい」
言葉では謝りつつも、口元が笑っていたからだろうか。
セアナには「お身体を大切に」と追加で注意されてしまった。
きちっとまとめられた黒い髪に、茶色い瞳。
そんな落ち着いた色を持つことに加えて、彼女はあまり表情が動かないタイプ。
だからか、クールに思われがち。でも、本当はとても優しい人だ。
20歳になったばかりの私は、祝いの式も行えないまま、ロマイル伯爵家の自室で過ごしていた。
原因は、先の大規模討伐任務での負傷だ。
この国の騎士団の主な仕事は、魔物から人々を守ること。
それは他国も同じで、魔物から自国を守ることに必死だから、国家間の戦闘は少ない。
戦う相手は魔物なため、後方支援部隊が積極的に狙われることもない。
本来、結界術と治癒術を使う私が傷つくことはあまりないのだ。
だからこそ、家族も騎士団への入団を許可してくれた。
けど、あの討伐では。相手の魔物のあまりの強大さと強さに、隊は壊滅寸前まで追い込まれた。
そこで前に出て、守るための術を攻撃に転用する無茶をした。
結果、討伐任務は成功。
死者も出なかったけれど、代償として、私の身体には相当なダメージが入り、魔術もほとんど使えない身体になってしまった。
最初の頃は、起き上がることも、苦しまずに普通に呼吸をすることもできなかったぐらいだ。
ようやく退院できたものの、まだあまり身体を動かすことはできず。
帰宅が許されたのだって、実家が伯爵家で療養の環境が整えられること、父が強く希望したことが理由だったそうだ。
そんなことだから、家族も、使用人も、私に対しては少し過保護なぐらいになっている。
「今日は面会の予定もあるのですからね」
「クロード隊長ね。……あまり気にしていないといいのだけれど」
「守護天使を引退に追い込んだ男、というあれですか」
「そうだけど、恥ずかしいからその呼び方はやめて……? 認めてもらえるのは嬉しかったけどね!?」
守護天使。その言葉に顔が熱くなる。なにを隠そう、守護天使とは私のことなのである。
結界と治癒という、守ることに長けた魔導士だったからか、一部の人にはそんな風に呼ばれていた。
初めて私自身の耳に入った時は、顔から火が出そうなほどに恥ずかしかった。
でも、嬉しくもあった。認めてもらえること、それだけみんなの力になれていることが。
この日は、クロード・セイジ小隊長が面会に来ることになっていた。
彼は私が負傷した際に隊を率いていた人で、この任務には私の力が必要であると進言した人でもある。
任務は成功したものの、守護天使とも呼ばれる団員を失う結果となり、クロード隊長を責める人もいると聞く。
「……たしかに、最終的に許可を出したのは隊長だけど、私自身が望んでやったことなんだけどな」
これ以上、仲間を傷つけられたくなくて。
あんな大物を、逃げすわけにもいかなくて。
リスクを承知で、前に出た。
クロード隊長の許可があったことは確かだけど、無茶をすることを選んだのも、提案したのも私自身だ。
引き換えに魔術が使えなくなったとしても、後悔なんて――。
そこまで考えると、ぎゅっと唇を結んだ。