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9 彼女の過去

 エスターテとモカは、4歳や5歳といった、本当に幼い頃からの知り合いらしい。

 領地の隣接する伯爵家の子供同士、エスターテの友人も含めて仲良く遊んでいたそうだ。

 だが、成長するにつれて、関係は変わっていった。


「きみも、モカの才能については知ってるよね」

「はい。彼女の魔術の才は、この国でもトップクラスのものです。特に結界術と治癒術については、並ぶ者はいないと言ってもいいでしょう」

「そうだ。そしてそれは、彼女の能力の1つにすぎない。モカは幼い頃から、なんでもできてしまったんだ。周囲の子供たちが、その才に恐れと嫉妬を抱くほどに」

「……!」


 運動も、勉強も、魔術も。

 エスターテとその友人……取り巻きたちは、彼女に追いつくことができなかった。


「あらゆる分野でモカに負け続けたエスターテは、ついにモカを攻撃し始めた。まだ幼く、優しいタイプだったモカは、一方的に被害に遭い続けた」


 可愛げがない。お前なんかと結婚する男はいない。お前を押し付けられる男は可哀相だ。

 調子に乗りやがって。お前はみんなに嫌われている。お前を好きになる奴なんていない。

 

 取り巻きも使ってそんな言葉を投げつける姿は、クレインも目撃しているそうだ。

 モカのドレスにわざとジュースをかけることもあった。

 クレインのような他の貴族の子供がいる場でも、その調子だったのだ。

 そういったことが日常的に行われていたのだろうと、クレインは語る。


「複数人で、一人の女の子を囲んで、そんなことを……」


 その光景を想像しただけでも、怒りと悲しみで胸や頭がかあっと熱くなるのがわかる。

 モカはきっと、泣いていた。


「……おそらくだけど、エスタはモカのことが好きだったんだろうね。元々、エスタは自分から積極的にモカを誘っていたらしい。よくモカの手を引いて遊んでいたそうだよ」

「……けれど、成長するにつれて、差が開いていって……。好きな子に負けた事実を受け止められず、モカにあたった」

「ああ。正確な期間はわからないが……。エスタによる加害行為は、数年は続いていたと思う。とまったのは、僕らが9歳のときだったから」


 ぐっと握った手に、痛みが走った。

 なにかが、おかしいとは思っていた。

 モカは、優しく愛らしく、才能にも溢れた女性だ。

 そんな彼女が、どうしてか、「魔術の腕以外に取り柄がない」「私などを」なんて風に言うのだ。

 俺が寄せる好意にも気が付かない。

 元の謙虚さや、天然な部分はあるかもしれない。

 だが、彼女は。極端に自己評価が低かったのだ。

 幼い頃に、自分を否定する言葉をたっぷりと浴びたせいで。




 当時、既にエスターテは乱暴者として有名で、貴族の子たちはみな近づきたがらなかったそうだ。

 モカを取り囲む場面を見ても、自分が標的にされるのが怖くて、もしくは、ただ関心がなくて、誰も助けに入らなかった。

 クレインも、無関心に彼らの横を通り過ぎる側だったらしい。

 しかし、ある日。レモネがエスタとモカの間に飛び出し、モカを守ろうとした。

 たまたまその場に居合わせたクレインは、どうしてそんなことをするのか、と驚いたそうだ。


「そこから興味がわいて、二人と関わるようになった。僕らは親しくなっていき、9歳のとき、僕が公爵家の力を使って、エスタをモカから引き離した」

「あなたが、モカを助けてくださったのですね」

「……いや。レモネが動かなければ、僕はきっと、放置していたさ。モカを助けたのは、レモネだよ」

「……それでも、ありがとうございます。モカは、あなたを信頼しているようでした」


 俺の言葉に、クレインは「そうか」と呟いた。


「モカは、魔術の腕を上げ、早くに騎士になっただろう? 実はあれは、僕の言葉が最初のきっかけだったようなんだ」

「と、いいますと……?」

「僕らが友人として付き合うようになって、少し経った頃だった。自尊心が損なわれていたモカに『きみの魔術の腕は素晴らしい』と言ってしまったんだ。きみならたくさんの人を守ることができる、とも」


 彼が言葉を続ける。

 クレイン自身もまた、モカと同じように才に恵まれたタイプだったそうだ。

 なんでもできてしまうが故に、物事に興味を持つことができなくなっていた。

 しかし、モカの魔術の腕を見て、驚愕した。

 同じ年で、ここまでできる人がいるなんて、と。

 彼女の力を初めて見たとき、クレインは興奮し、モカを褒めちぎった。

 素晴らしい、人を救う力だと。

 優秀な公爵家嫡男から与えられた、賞賛の言葉。

 ひどく自己肯定感が損なわれていた彼女にとって、それは救いでもあり、呪いでもあったのではないかと、クレインは語る。

 

「それから、モカはより一層、魔術の修行に励むようになり……。13歳のとき、特例での入団まで果たしてしまった」


 沈痛な面持ちに、絞り出すような声。

 モカを戦場に立たせてしまったと、責任を感じているのだろう。


「……あれだけの才です。あなたがなにも言わなくとも、モカは早くにその力を認められ、騎士となる道を進んだでしょう」


 だから、あなたのせいではない。

 幼い頃に知り合っていたら、きっと、俺だって同じことを言っていた。

 そんな気持ちを込めれば、クレインは力なく微笑んだ。


「……ありがとう」



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