8 幼馴染は、妻の過去を知る
「さて、僕たちも行こうか。クロード」
女性が黄色い悲鳴をあげるきらきらの微笑みが、うさん臭く見えてきた。
応接室と思われる部屋に通され、使用人も外へ。
男二人になった部屋でクレインが最初に発したのは、
「きみ、他の来賓にずいぶん嫌われてたね~。まあ、モカをかっさらっていったんだから、当然だよね。あはは」
というものだった。やはり笑顔である。
俺が他の貴族によく思われていないことを、当然、クレインも知っていたのだろう。
それにしても、二人きりになった途端にいい笑顔で「嫌われてたね~」である。
貴公子、怖い。
モカの「クレイン様は元気にしているかしら」へのレモネの返しが苦笑まじりの「相変わらずよ」だったことが、ふっと頭に浮かんだ。
相変わらずって、こういうこと? 貴公子の素、これ?
「……きみがどこまで知っていたかは、わからないけれど。今まで、モカが縁談を進めることはなかったんだ。騎士として戦うことを優先していたからね。僕の婚約者候補になったこともあるけれど、その話もすぐに立ち消えた」
「クレイン殿の、ですか」
縁談を進めない人、という話はなんとなく聞いたことがあった。
しかし、守護天使様にお近づきになりたい男たちの夢も込みの、噂程度のもの。
それが事実であると確信を持ったのは、今が初めてだ。
後半の、クレインの婚約者候補だった、というくだりに至っては完全に初耳だ。
もしかして、クレインは、過去、モカのことが……?
「モカとの婚約話は、家柄の関係で浮上したもの。そこに、僕ら個人の意思はなかった。だから、奪い返しにきたなんて心配はいらないよ」
「はあ……」
思考を読まれていた。
「今回で、出世のためにどうこう、といった悪い印象はある程度払拭できただろうね。でも、気を付けた方がいい。きみは、退役直後の、ようやくフリーになったモカを持っていったんだ。きみに敵意を持つ人間もいる」
モカは由緒正しい伯爵家のご令嬢で、見た目も大変愛らしく、雰囲気も柔らかい。
本人に自覚はなさそうだが、才能にも溢れている。
そんな彼女を妻に、と思う人間は、いくらでもいたのだろう。
しかし、騎士としての仕事を優先して、縁談を断ってきた。
退役し、ようやく結婚が望めそうになったタイミングで、俺が1番にモカに求婚してしまったのだろう。
それも、俺自身には爵位も地位もない。
他の貴族からすれば、面白くない話である。
俺に向けられる敵意には、そういった意味もあったのだ。
確かに多くの敵意や悪意のある言葉をぶつけられたが――その中でも、ひときわ強いものだった。
彼について聞くチャンスかもしれない。
「あの、その件に関して、少しお聞きしたいことがあるのですが」
「うん?」
「燃えるような赤い髪をした、長身の男。会場入り直後から、ひときわ強い敵意、といいますか……。殺気に近いものを感じました。彼は一体、どのような人物なのでしょうか」
俺の言葉に、クレインの表情が硬くなる。
「その男は……。おそらく、エスターテ。エスターテ・カルド・ハイヴァルム。伯爵家の三男だ」
「ハイヴァルム家というと、ロマイル家と領地が隣接している、あの家ですか」
「ああ。二人は幼い頃からの知り合いで、仲もよかったと聞いている。……昔の話だけどね」
領地が隣同士なため、出会いも早かったのだろう。
貴族とはいえ、幼い頃であれば、性別はあまり関係なく遊んでいることもある。
二人はそういった関係なのだろうが、「昔」という言葉が引っかかる。
「クロード。きみはモカのことが好きだね?」
「……はい」
少々気恥ずかしかったが、今更、クレイン相手に隠すこともないだろう。
レモネにバレバレだったのだ。どうせクレインも確信を持って聞いている。
俺が頷くことを確認すると、クレインは小さく息を吐いた。
「でも、モカはきみの好意に気が付いていない。……気が付くことが、できないんだ。自分を好きになる人なんて、いないと思っている」
「……?」
「きみには、話しておいてもいいかもしれないね。モカの過去のこと」
そうして、クレインはゆっくりと語り始めた。
モカ本人が話すことはないであろう、彼女の過去について。




