5 明確な敵意
参加が決まってからは、帰宅後や休日、モカの指導を受け続けた。
あっという間に時は流れ、コルツフット家主催のパーティーに参加する日が来てしまった。
受付を目前にして、ごくりと唾をのむ。
公爵家というだけあって、立派な屋敷だ。
初めてロマイル伯爵家に足を踏み入れたときも落ち着かなかったのに、更に規模が大きい。
俺たちの住むセイジ家がいくつ入るのだろうか、というレベルだ。
庭園まであるとかで、今日は広間に加えてそちらも解放されているそうだ。
正直なところを言えばあまり自信はないが、来てしまったものは仕方がない。
一方モカは、幼馴染の家ということもあって、リラックスしているようだ。
彼女に恥ずかしい思いをさせないよう、精一杯務めるのみだ。
俺は騎士団員用の礼服で、モカは淡いオレンジ色のドレス。
普段のワンピース姿も可愛いが、髪を上げて、ドレスを着て、アクセサリーを身に着けて……といった姿も美しい。
普段はどちらかと言えば可愛い系だが、今日は美しいという言葉もよく似合う。
旦那の俺が隣にいても、よからぬことを考える輩が出そうなぐらいだ。
婚約者や夫がいると知っても、手を出そうとする人間はいると聞く。
モカにおかしな輩が近づいてこないよう、一層気を引き締めた。
ルイヴァリエ王国の騎士団には、こういった場でも着用可能な礼服がある。
着用は義務づけられておらず、現役時代のモカはドレスを着用していたそうだ。
俺も自分で選んでもよかったのだが……。
こちらの方が馴染みもあり、式典用ではあるがサーベルも持てるため、団員用の礼服を選択した。
あと、団の礼服をそのまま着ればいいだけだから、間違いがない。
「では、いきましょうか」
「はい。クロード様」
入場の前に、モカが俺の腕に手を絡める。
するりと自然な動作で行われたそれから、彼女がこういった世界の住人であることがわかる。
彼女の夫が、自分であることも再認識できた。
覚悟を決めて、モカと共に会場である広間へ。
今回は立食パーティー形式のため、それぞれ自由に過ごしているようだ。
会場入りすると、にわかに場がざわついた。
モカだ、モカロリーゼ嬢だ、と小声で話しているのも聞こえる。
彼女は騎士として務めていた期間が長いため、こういった場に出席した回数は通常より少ないと聞く。
退役後も療養生活が長く、その後は突然の結婚。それも、相手は一代限りの男爵の息子。
注目されるのも、無理はない。
本人も気が付いているようで、自分に向けられた視線と言葉に微笑みを返していた。
普段のほわほわしたものとは少し違う、貴族のご令嬢としての表情に見えた。
俺も彼女に習い、笑顔を作ってはいるが……。
俺――モカロリーゼ伯爵令嬢と結婚した男爵家生まれの男、クロード・セイジへの圧がすごい。
これでも騎士のはしくれ。自分に向けられる視線や敵意ぐらいは感じ取れる。
その中でも、ひときわ鋭い気配が1つ。
「……?」
気配を辿った先には、一人の男。
視線が絡んだ瞬間、戦いの場に身をおいてきた人間としての勘が、警鐘をならした。
この男には、なにかある。
燃えるような赤い髪に、獲物を射殺すような視線。
多くの人の中でも、頭が1つ抜けるほどの長身だ。
俺と目が合うと、彼はすっとその場をあとにした。
彼に見覚えはない。俺たちの結婚式や披露宴には参加していなかったのだろう。
だが、ここにいるということは、どこかの令息のはず。
彼の素性について知る機会もあるだろう。
追いたい気持ちはあったが、ひとまずは、モカの夫として立ち続けることを選んだ。




