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2 新生活の始まり

 玄関に入って、中央の階段で二階にあがって。廊下を右へ。

 二階の作りは、右端から、私の部屋、夫婦の寝室、クロード様のお部屋。

 向かい側にも数部屋あるけれど、そちらはまだ空いている。

 キッチンやダイニングなどは一階にあるそうだ。


「こちらがモカロリーゼ様のお部屋です。一応、夫婦の寝室も用意してありますが、それぞれの私室もあったほうがいいかと思い。この部屋はご自由にお使いください」

「わあ……!」


 クロード様が開いたドアの先には、緑と白を基調とした空間が。

 私の家族から聞いたのか、私好みの、落ち着きと爽やかさを兼ね備えたお部屋になっていた。

 ベッドや机等、必要な家具も一通りそろっていて、使い勝手がよさそうだ。

 

「ご実家の伯爵家に比べたら、質素かとは思いますが……」

「いいえ、とても素敵です。ありがとうございます」


 自分好みの部屋を用意してもらえたことが嬉しくて、笑顔がこぼれてしまう。

 すると今度もクロード様は、小さく息を飲み、目を泳がせた。

 夫婦になる前は、こんな感じではなかったと思うのだけれど。

 やっぱり、上官と部下という関係とは、また違った感覚なのだろうか。

 私がまだ騎士だった頃。複数の任務で、クロード様と共に戦っている。

 クロード様の現在のポジションは小隊長。団内の階級は、クロード様が上だった。

 

「その……。一代限りの男爵家ゆえ、使用人もほとんどおらず、不便な思いをさせてしまうかと思いますが……。精一杯、た、大切に! させていただきます……!」


 彼の言う通り、クロード様は一代限りの男爵家の長男。年齢は、私より1つ上の21歳。

 お父様が騎士として大変なご活躍をし、男爵の地位をたまわったのだ。

 対して、私は伯爵家の出身。兄が二人いて、長女だけど末っ子。

 たしかに、実家のロマイル伯爵家とこの新居は、作りも使用人の数も全く違う。

 もしも伯爵家での暮らししか経験していなかったら、もっと戸惑っていたかもしれない。

 でも。


「クロード様。私はたしかに伯爵家の娘ですが、これでも騎士団員歴6年なのですよ! 身の回りのことは大体こなせますから、ご心配には及びません! 家のことは私にお任せください。クロード様の妻として、精一杯つとめさせていただきます!」

「モカロリーゼ様……!」


 クロード様が私の手を取り、ぎゅっと包み込む。

 その手の温かさと大きさが、なんだか安心できた。


「今はまだ小隊長の身で、俺自身には爵位も与えられていませんが……。もっと認められるようになって、きっと、貴女を幸せにしてみます!」


 黒い瞳には熱がこもっていて、彼の真剣さが伝わってきた。

 真面目で、努力家で、優しい人。騎士としての私が知っているクロード様は、そんな人。結婚した今でも、その印象は変わらない。

 握られた手の片方だけをそっと抜いて、私からも手を重ねる。どうしてだろう。そうするべきだと思ったのだ。

 上官と部下から、夫婦へ。騎士団所属の魔導士から、奥様へ。

 私の第二の人生は、今日この日から始まる。

 まずは――


「……私は、騎士としての生活が長かったとはいえ、これでも伯爵家の娘。きっと、クロード様の出世のお手伝いができます! レッツ高官です! 一緒に頑張りましょう!」


 私が目指すものは、クロード様の出世の後押し。

 この国の騎士団では、高官になるためにはそれなりの家柄も求められる。

 クロード様は実力も人望もある人だけれど、一代限りの男爵家では、出世するには家柄が少々心もとない。

 そこに、伯爵家の私との結婚だ。

 自分で言うのもなんだけれど、由緒正しい家だという自覚はある。

 彼の後ろ盾となれるだろう。


 唯一の取り柄だった魔術を失い、騎士でいられなくなった私を、クロード様は妻として迎え入れてくれた。

 退役のきっかけとなった大規模任務のとき、隊を率いていたのはクロード様。

 きっと、責任を感じさせてしまっている。

 私たちの婚姻には、責任をとることと、出世の後押し、という意味があるのだ。


「私のこの身を、存分にお役立てください!」


 そういうことですよね、クロード様! わかっております!

 そんな気持ちで、ぐっと拳を握る。

 少し前のめりになってしまった私とは対照的に、クロード様はなんだかちょっと渋い顔をしている。


「チガウ……」


 なんとか聞き取れるぐらいの声で、そんな言葉が聞こえた。気がした。

 

 クロード様の横を通り抜けて部屋の奥に進み、窓を開けて外を見てみる。

 天気がいいこともあり、このセイジ家が建つ町が一望できた。

 緑の大地と家々が、どこまでも続いているよう。町を行きかう人たちの姿も見える。


「わ、窓からの景色、綺麗ですね! 丘の上だからでしょうか?」

「あの、モカロリーゼ様」

「あっ、そうでした! 私のことはモカとお呼びください。私はあなたの妻なのですから」

「ですが」

「親しい人や家族には、そう呼ばれています。モカ、と」


 騎士団では、クロード様が隊長だったためにロマイル呼び。

 退役してからは、伯爵家の生まれであることに配慮され、モカロリーゼ様と呼ばれていた。

 今まではそれでもよかったけれど、夫婦になったのに様付けはなんだか違和感がある。

 そのまま呼ぶには少し長いから、愛称呼びして欲しいと思っていたのだ。

 クロード様は、たっぷりと悩んでから、額に手をあてながら、一言。


「……モカ」

「はい!」


 そう呼んでもらえたことが嬉しくて、声が弾む。


「改めて、よろしくお願いします。クロード様!」


 こうして、私とクロード様の、夫婦としての生活が始まった。


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