1 妻の幼馴染、襲来
「モカ。肥料、ここにおいておくよ」
「はい。ありがとうございます」
今日は休日。二人揃って作業しやすい格好に着替え、庭に出ている。
デートでのやり取りを経て、モカが俺に頼ってくれるようになったのだ。
以前なら、菜園の世話の手伝いなど、やらせてもらえなかっただろう。
しかし今は、こちらから声をかければ「お願いします」と言ってくれる。
モカとともに過ごせて嬉しいのはもちろん、苗の成長を見守るというのもなかなか楽しく、私生活は充実していた。
……まあ、未だに手すら握れないし、寝室もずっと別だが。
「あっ! 見てくださいクロード様。花が咲きましたよ!」
「ああ、本当だ。実がなるのが楽しみですね」
みてみて、とモカが満面の笑みを浮かべる。
彼女に笑いかけられると、こちらまで笑顔になってしまう。
騎士団の人間には、奥さんに対してデレデレすぎる、いつもと明らかに違う、と言われてしまうぐらいだ。
モカのふわふわした雰囲気には、人を巻き込む力があるのだから、仕方がないだろうが。
そうして一緒に苗の成長具合を眺めていると、がたがたと馬車の音が。
このセイジ家は町はずれの丘に建っており、同じ区画に他の家は存在しない。
だから、馬車は確実にうちへ向かってきているのだが……。今日は、来客の予定があっただろうか。
モカも同じ気持ちらしく、なんでしょうか、と首を傾げている。
「俺が見て来ますよ」
モカは菜園に残し、俺だけが門へ向かう。
門の前で停まる馬車。
ばあん! と力強く、内側から馬車の扉が開かれ、中からは、赤いドレス姿の女性が。
さらさらとしたストレートの銀の髪に、きっと釣りあがった青い瞳。
ふわっとした雰囲気のモカとは違うタイプの、気の強そうな人だ。
服装や髪の整い具合から見て、どう考えてもいいところのお嬢さんである。なんとなく見覚えがあるような気もする。
「クロード・セイジはどこ!?」
金髪の女性は、びしいっと俺を指さして、力強くそう言った。
「クロードは俺ですが……」
「は? 使用人でなく?」
「本人です」
「……?」
女性がいぶかし気に俺を見つめる。視線が上から下へ移動するのがわかった。
じっくり観察した結果、「本人……? なんか聞いてた話と違くない……?」と呟いていた。
「あ、やっぱり。レモネ。あなただったのね」
「モカ!」
俺たちのやりとりが聞こえていたのだろう。
モカがととと、と小走りにやってきて、来客に笑顔を向けた。
レモネと呼ばれた女性も、ぱあっと表情を輝かせている。
俺に対しては結構な睨みをきかせていたのに、モカが出てきた途端にこれである。
まあ、それはいいとして……。モカの友人と思われる女性で、レモネといえば。
「グラス家のご令嬢か」
「ようやく気が付いた? そうよ。私はレモネ。レモネ・フォン・グラス。グラス伯爵家の長女よ。妻の親友の顔も忘れるなんて、やっぱり噂は本当だったのかしら?」
いや、あなたも俺のこと忘れてましたよね。
とは言いにくかったので、ここは黙っておいた。
本人の言う通り、レモネ・フォン・グラス伯爵令嬢は、モカの幼馴染で、親友だと聞いている。
結婚披露宴で挨拶はしているのだが、その一度きり、短い時間でしかなかったから、すぐに気が付くことができなかった。
ちなみに、俺たちも入籍時に結婚式や披露宴は行っているのだが、モカの体調に配慮し、短時間、コンパクトに終わらせている。
「レモネ、噂って……」
「ああ、ごめんなさい。なんでもないの。ちょっと気になってることがあったのよ。……ところであなたたち、なにしてたの? 二人揃ってそんな格好で」
レモネ嬢の疑問も当然である。
俺はほぼほぼ一般の人間とはいえ、男爵家の出。妻のモカに至っては、由緒正しい伯爵家のお嬢さん。
そんな二人が、土のついた作業着姿で並んでいるのである。




