番外編 奥様は元凄腕騎士
伯爵家の娘。町の有力者の息子の嫁。元高名な女騎士。
それが、今、リケレの町に住む奥様・モカロリーゼである。
使用人は一人で、騎士として働く旦那も忙しい。
素の性格がのほほんとしていることもあり、モカロリーゼが一人で町を出歩くことも多々あった。
リケレの人々に好意的に受け入れられている彼女であるが、悪いことを企む者というのは、どこにでもいるもので。
「あの女をさらえば、ロマイル伯爵家とセイジ家の両方に身代金が要求できるわけだ」
「ああ。魔導士らしいが、もう魔法は使えないって話だぜ。護衛もつけてないし、あんな女一人なら余裕だろ」
カウンターごしに、男たちがにやりと笑う。
酒場だったのだろうか。カウンター前に広がる空間には、多くの椅子やテーブルがおかれている。
だが、今は荒れ果て、無数の酒瓶が転がり、椅子やテーブルも倒れているものがある状態だ。
リケレの中では治安が悪いとされ、町民はあまり近づきたがらないエリアにて。
ならず者たちによる、モカロリーゼ誘拐計画が進行していた。
よく晴れた、明るい日だった。
モカロリーゼは、一人で町におりていた。
そんな彼女のあとをつける男が数人。
尾行に気づかれないようそれぞれ距離をとり、町人に紛れている。
タイミングを見計らって、モカロリーゼをさらうつもりだった。
誘拐対象の彼女は、だんだんと人気のないほうへ移動していく。
どこへ行くつもりなのかは知らないが――ならず者たちにとっては、好都合だった。
他の人間もいない、狭い裏路地にて。
男たちは、ついに計画を実行に移す。
まず、男の一人が拳を振りかぶり、モカロリーゼに殴りかかる。
ただ捕まえるだけでもよかったが、騒がれても困る。先に抵抗する気や意識を奪うつもりだったのだ。
しかし――
「は?」
すっと。まるで、向かいを歩く人に道を譲るかのように。モカロリーゼが、攻撃をかわした。
直後、モカロリーゼが振り返り……。それとほぼ同時に、男の腹に鋭い蹴りが入る。
ヒールが上手く利用され、威力は増している。
「がっ……!」
なにが起きたのかもわからず、腹を抑えてよろける男に、上からのもう一撃。
見事なかかと落としであった。
一人目は、ここで昏倒。
自分よりもよほど体格のいい男をあっという間にのしたモカロリーゼは、ふうーっと、長く息を吐く。
それから、顔をあげると――後ろで待機していた男たちと、目が合った。
「私になんのご用でしょうか?」
男たちの喉がひゅっと鳴る。
彼らの知るモカロリーゼは、可愛らしい、ふわふわとした、ひ弱そうなお嬢様だった。
そのはず、だったのだが……。
今のモカロリーゼから、普段の笑みは消えている。だが、怯えているわけではない。
一切の恐れも迷いもなく、すん、と静かに。ひどく冷たい瞳で男たちを射抜いていた。
モカロリーゼが己の懐に手を差し込む。次に姿を現したときには、殴打のための装備がつけられていた。
モカロリーゼ・リィン・ロマイルは、結界術と治癒術を使う、この国トップクラスの魔導士だった。
その性質上、役割としては後衛である。
だが、彼女の持つ才の中でも、特別に秀でていたものがこの2つだったというだけで、魔術しか使えないわけではないのだ。
モカロリーゼは、体術や剣術を扱う前衛としても、優秀であった。
後衛にしておいた方が戦線が安定する、より彼女の力が活かせる、というだけの話なのである。
彼女は、尾行に気が付いていてわざと人通りの少ない場所に行き、男たちを誘い出したのだ。
ならず者の悲鳴と殴打音が、薄暗い路地に響き渡る。
普段はふわふわしたお嬢様であっても、モカロリーゼは元女騎士である。
難易度の高い任務での遠征が多かったが、新人の頃には町の巡回やこの手の人間の片付けも行っている。
こういうときは、容赦がなかった。
悲鳴が聞こえる。
そんな通報を受けて駆け付けたクロードが見たものは、「クロード様!」とぱあっと笑顔を見せる己の妻と、意識を失い地面に倒れる男たちの姿。
その状況を見ただけで、大体の流れを察することができた。
モカロリーゼが理由もなく暴力をふるうわけがないし、彼女の家柄や見た目などを考慮すれば、誘拐などを企む者もいるだろう。
「ちょうどよかった。これからこの人たちを引き渡そうと思ってたんです」
にこにこふわふわ。両手の指を合わせて微笑む彼女には、かすり傷1つついていない。
その後、男たちは連行され、実行犯以外の連中もお縄となった。
モカロリーゼには、こういうときは助けを求めるように、一人で片づけようとしないように、とクロードから指導が入ったという。
菜園の整備中、セイジ家の庭に毒蛇が現れた。
毒は弱いが、人を襲うこともある。噛まれると処置が必要なために面倒だ。
塀をつたう蛇に、すかあん! と一本の杭が打ち込まれる。
モカロリーゼが菜園用の支柱を鋭く投げつけ、仕留めたのである。
その様子を、二階の窓から目撃したクロードは思った。夫婦喧嘩はしないようにしよう、と。




