表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/35

番外編 奥様は元凄腕騎士

 伯爵家の娘。町の有力者の息子の嫁。元高名な女騎士。

 それが、今、リケレの町に住む奥様・モカロリーゼである。

 使用人は一人で、騎士として働く旦那も忙しい。

 素の性格がのほほんとしていることもあり、モカロリーゼが一人で町を出歩くことも多々あった。

 リケレの人々に好意的に受け入れられている彼女であるが、悪いことを企む者というのは、どこにでもいるもので。


「あの女をさらえば、ロマイル伯爵家とセイジ家の両方に身代金が要求できるわけだ」

「ああ。魔導士らしいが、もう魔法は使えないって話だぜ。護衛もつけてないし、あんな女一人なら余裕だろ」

 

 カウンターごしに、男たちがにやりと笑う。

 酒場だったのだろうか。カウンター前に広がる空間には、多くの椅子やテーブルがおかれている。

 だが、今は荒れ果て、無数の酒瓶が転がり、椅子やテーブルも倒れているものがある状態だ。

 リケレの中では治安が悪いとされ、町民はあまり近づきたがらないエリアにて。

 ならず者たちによる、モカロリーゼ誘拐計画が進行していた。



 

 よく晴れた、明るい日だった。

 モカロリーゼは、一人で町におりていた。

 そんな彼女のあとをつける男が数人。

 尾行に気づかれないようそれぞれ距離をとり、町人に紛れている。

 タイミングを見計らって、モカロリーゼをさらうつもりだった。

 誘拐対象の彼女は、だんだんと人気のないほうへ移動していく。

 どこへ行くつもりなのかは知らないが――ならず者たちにとっては、好都合だった。


 他の人間もいない、狭い裏路地にて。

 男たちは、ついに計画を実行に移す。

 まず、男の一人が拳を振りかぶり、モカロリーゼに殴りかかる。

 ただ捕まえるだけでもよかったが、騒がれても困る。先に抵抗する気や意識を奪うつもりだったのだ。

 しかし――


「は?」


 すっと。まるで、向かいを歩く人に道を譲るかのように。モカロリーゼが、攻撃をかわした。

 直後、モカロリーゼが振り返り……。それとほぼ同時に、男の腹に鋭い蹴りが入る。

 ヒールが上手く利用され、威力は増している。

 

「がっ……!」


 なにが起きたのかもわからず、腹を抑えてよろける男に、上からのもう一撃。

 見事なかかと落としであった。

 一人目は、ここで昏倒。

 自分よりもよほど体格のいい男をあっという間にのしたモカロリーゼは、ふうーっと、長く息を吐く。

 それから、顔をあげると――後ろで待機していた男たちと、目が合った。


「私になんのご用でしょうか?」


 男たちの喉がひゅっと鳴る。

 彼らの知るモカロリーゼは、可愛らしい、ふわふわとした、ひ弱そうなお嬢様だった。

 そのはず、だったのだが……。

 今のモカロリーゼから、普段の笑みは消えている。だが、怯えているわけではない。

 一切の恐れも迷いもなく、すん、と静かに。ひどく冷たい瞳で男たちを射抜いていた。

 モカロリーゼが己の懐に手を差し込む。次に姿を現したときには、殴打のための装備がつけられていた。

 

 モカロリーゼ・リィン・ロマイルは、結界術と治癒術を使う、この国トップクラスの魔導士だった。

 その性質上、役割としては後衛である。

 だが、彼女の持つ才の中でも、特別に秀でていたものがこの2つだったというだけで、魔術しか使えないわけではないのだ。

 モカロリーゼは、体術や剣術を扱う前衛としても、優秀であった。

 後衛にしておいた方が戦線が安定する、より彼女の力が活かせる、というだけの話なのである。

 彼女は、尾行に気が付いていてわざと人通りの少ない場所に行き、男たちを誘い出したのだ。

 

 ならず者の悲鳴と殴打音が、薄暗い路地に響き渡る。

 普段はふわふわしたお嬢様であっても、モカロリーゼは元女騎士である。

 難易度の高い任務での遠征が多かったが、新人の頃には町の巡回やこの手の人間の片付けも行っている。

 こういうときは、容赦がなかった。


 


 悲鳴が聞こえる。

 そんな通報を受けて駆け付けたクロードが見たものは、「クロード様!」とぱあっと笑顔を見せる己の妻と、意識を失い地面に倒れる男たちの姿。

 その状況を見ただけで、大体の流れを察することができた。

 モカロリーゼが理由もなく暴力をふるうわけがないし、彼女の家柄や見た目などを考慮すれば、誘拐などを企む者もいるだろう。


「ちょうどよかった。これからこの人たちを引き渡そうと思ってたんです」


 にこにこふわふわ。両手の指を合わせて微笑む彼女には、かすり傷1つついていない。

 その後、男たちは連行され、実行犯以外の連中もお縄となった。

 モカロリーゼには、こういうときは助けを求めるように、一人で片づけようとしないように、とクロードから指導が入ったという。




 菜園の整備中、セイジ家の庭に毒蛇が現れた。

 毒は弱いが、人を襲うこともある。噛まれると処置が必要なために面倒だ。

 塀をつたう蛇に、すかあん! と一本の杭が打ち込まれる。

 モカロリーゼが菜園用の支柱を鋭く投げつけ、仕留めたのである。

 その様子を、二階の窓から目撃したクロードは思った。夫婦喧嘩はしないようにしよう、と。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ