1 守護天使の嫁入り
「……いいお天気でよかった」
本日は晴天。少しだけ開けられた馬車の窓から、柔らかな風が入ってくる。
長袖のドレスに、薄い上着を一枚羽織っただけの格好でも、暑くも寒くもない。
季節にも天候にも恵まれ、新しい人生の始まりには、とてもいい日。
私は今、旦那様が待つ家へと向かっている。入籍は既に済ませていたけれど、少し事情があって、一緒に暮らすのは先になっていたのだ。
こんな私にも、まだできることがあるのだと思うと、嬉しくて、自然と笑みがこぼれた。
私、モカロリーゼ・リィン・ロマイルーー嫁入りしているから、今はロマイルではないけれど――は、少し前まで、騎士団所属の魔導士だった。
伯爵家生まれの私は、幼い頃から、魔術の才だけは突出していて。特に、結界術と治癒術が得意だった。
自分の力を活かしたいと思い、13歳のとき騎士団に入団。
本来の入団可能年齢は15歳。魔術の才能を認められての、特例だった。
けれど、20歳になる少し前。大規模な魔物討伐任務にて負傷。
その影響で、魔術を使うのは難しい身体になってしまった。
唯一の取り柄を失い、騎士として前線に立つこともできなくなった私に、新たな役割を与えてくれたのが、今から会いに行く旦那様だ。
ほどなくして馬車が止まり、御者が目的地に到着したことを教えてくれた。
開くドアの前には、私の旦那様、クロード・セイジ様の姿が。
整ったお顔立ちと、恵まれた体躯。漆黒の髪と瞳が、彼の凛々しさをさらに強調する。
到着の知らせがいく前から、外で待っていてくれたようだ。
「モカロリーゼ様、お手を」
「ありがとうございます」
クロード様の手が、私に向かって差し出される。
自分の手のひらを重ねて馬車をおりると、これから暮らす家がよく見えた。
実家に比べれば小さいかもしれないけれど、二人で使うには十分すぎるぐらいに立派だ。
騎士団員としての遠征も多く、色々な場所や建物を見てきた。だからわかる。この家は立派だし、作りもしっかりしている。
素敵なおうちに、尊敬できる素敵な旦那様。
……うん。私にはもったいないぐらいの、第二の人生だ。
「クロード様、今日からよろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします。モカロリーゼ様」
私は、本日より、クロード・セイジ様とともに、この家で暮らしていくことになる。
私の身長は女性としては平均的で、クロード様は男性の中でも長身なタイプ。
だから、そばに立ってお話するときは、少し上を向くことになる。
見上げた先の旦那様は、なんだかまだ動きや表情がぎこちない。
「でっ、では、モカロリーゼ様。これからお部屋に案内いたします。そのあとのことは、またお話しましょう」
「はい。よろしくお願いします」
心なしか、クロード様の頬は少し赤く、声もうわずっているように思える。
「……ご緊張なさってます?」
「それは、まあ……。モカロリーゼ様は……。そうでもなさそうですね」
「私も、これでもドキドキはしているのですよ。でも、新しい生活が楽しみだなあって気持ちの方が大きくて」
これは、私の本音。
クロード様のお仕事についてや、人となりについて、少しは知っているつもりだけれど、私たち二人に交際期間はなかった。
だから、夫婦としてやっていくこと、今までとは全く違う暮らしへの不安や緊張が少しもないと言えば、嘘になる。
でも、それよりも。これからが楽しみだという気持ちの方が大きい。
クロード様に笑いかけると、彼はぐっと息を詰まらせて、私から目をそらした。
「クロード様?」
隣に立つ彼は、気を取り直したように、こほんと咳払い。
「……移動でお疲れでしょうし、部屋に向かいましょうか」
「はい!」