10 あなたがくれた「今」を噛みしめて
私はパスタ、サラダ、ドリンクとミニケーキ3種盛りのランチコースを。
クロード様は、少し悩んでから私と同じセットを選んだ。
このコースでは、6種類あるケーキの中から、自分の好きな3種を選ぶことができる。
期間限定のものもあり、ケーキ選びには少し時間がかかってしまった。
彼とは、パスタは一緒だったけど、ケーキはかぶらなかった。
これまでの暮らしで、彼が甘い物も好む男性なことは知っている。
けれど、なにケーキが好き、といった細かい好みまではまだよく知らなかったから、彼が選択したものを見て「なるほど、こういったものがお好き」と納得した。
食事は進み、デザートが出てくるタイミングに。
悩みに悩んで選んだケーキ。いただきます!
「モカ。こちらの3種も、少し食べていいよ」
「へ? いいんですか?」
「もちろん」
そう言うクロード様は、黒い瞳を細めて柔らかく微笑んでいて。
ほら、どうぞ。とこちらにお皿を寄せてくれた。
「わ、わわ……。ありがとうございます! でしたら、こちらのケーキもどうぞ! 苦手なものがなければ、ですが……」
「どれも好きですよ。ありがとう」
こうして二人でちょっとずつケーキを分け合い、本日のケーキを全種制覇。
「幸せ……」
どれも美味しそうで困っていたぐらいだから、本当に嬉しい。
私がこんなにも幸せに浸れているのは、ケーキをわけっこしてくれた旦那様のおかげである。
思えば、今、私がこうして穏やかに暮らせているのは、どれも……。
「クロード様が、私を妻として迎えてくれた、から」
それきり、私が静かになってしまったからだろうか。
目の前の旦那様は、心配そうにこちらを見つめている。
守護天使と呼ばれた騎士団員時代、私にそんな目を向けてくれる人は、少なかった。
みんなを守る後衛として期待され、それに応えることも当然で。
傷ついた人の不安を和らげるため、なるべく笑顔でいるようにしていた。
居場所を失わないように。期待を裏切らないように。強く、あらねばならなかった。
でも、今は――。
「ねえ、クロード様。私、今、とっても楽しいんです」
「楽しい、ですか」
「はい。私は、早くから騎士団に所属していて……。その前も、魔術の修行に明け暮れていました。遠征も多くて、地元の行きつけの店、みたいなものもなかったんです」
クロード様は、静かに私の言葉を聞いている。
「今は、あなたの妻としてこの町で暮らして。家でもよくしてもらって。自分にはできないと思っていたことにもチャレンジして、新しいお友達もできて。こんな暮らしができるだなんて、思ってもみなかった」
魔導士でも騎士でもなくなり、自分には、もうなにもないと思っていた。
でも、あのとき、クロード様が手を取ってくれたから。
新しい生活が始まって、落ち着いて辺りを見回せるようになって。
そうしたら、素敵なものはたくさんあった。
全て失くしたと思い込んでいたけれど、そんなことはなかった。
苗の成長を見守ること。お友達と出かけること。ゆっくりと美味しいご飯を食べること。……こうして、旦那様とケーキをわけっこすること。
どれも、みんな輝いている。
「あのとき、私の手をとってくれて、ありがとうございました」
「モカ……。あなたが今、心穏やかに過ごせているのなら、よかったです」
テーブルを挟んで、微笑み合う。
クロード様のおかげで、今の私はとても幸せだ。
でも、1つ問題がある。
「ただ、その……。これだと、私がもらってばかり、と言いますか」
「……はい?」
「お忙しい中、いつも気遣ってくださって、とてもありがたいのですが……。おうちでぐらい、ゆっくり休んでいただきたくて」
出世については、これから動きがあると思うのだけど……。
これだと、私がもらってばかりなのだ。
私を気遣ってくれるのも、自由にさせてくれるのも、笑顔にしてくれるのも、みんなみんな、クロード様のほう。
夜勤のときなども、私と過ごす時間を作ろうとしてくれる。
それ自体は嬉しく思うけれど、クロード様だけに負担をかけすぎだと思うのだ。
「だから、そんなに私にかまわず、クロード様ももっとご自由になさってください。……これでも、無理をさせているのではと、心配、しているのですよ?」
夫婦として暮らし始めてから、ずっと思っていたこと。ようやく、本人に伝えることができた。
クロード様のほうはといえば、ちょっと口が開いた状態で固まっている。
まずいことを言ってしまったかしら、と慌てていると、彼から一言。
「……あなたと過ごす時間が、癒しになります」
「へ……?」
「あなたと話すこと。一緒にいること。こうして出かけること。どれも、俺自身の望みで、あなたとの時間があるから、もっと頑張ろうと思える。無理など、してないんだ。モカ」
「……そう、だったのですか」
「もしご迷惑なようでしたら、控えますが……」
「迷惑だなんて、そんな!」
「なら……。俺は、あなたと過ごしたい」
黒い瞳が、まっすぐに私を射抜く。嘘を言っているようには、思えなかった。
「……では、これからはお言葉に甘えさせていただきます。改めてよろしくお願いします。クロード様」
私はずっと、クロード様にばかり負担をかけていると思っていた。
でも、ここまで言ってもらえたのだ。
今日からは、私も旦那様と過ごす時間を、大事にしようと思う。




