志野 一真
「今日もこの町は平和だな。」
公園のベンチで空を見上げ、ぼそり皮肉を言ってみる。
現実逃避に飽きて周りに目を向けても、いつもとなんら変わりない。
ギラギラ建ち並ぶビル、同じ造りばかりの家々、道を巡回する清掃用ロボット、空を飛ぶカメラ付きの鳥。
そして町の周りは、目には見えない透明な壁で囲われている。
「はぁ。頭がおかしくなりそうだ…。」
希未町の実験、通称「Noah」。
この悪夢は、ある日突然始まった。
―3ヶ月前
いつもの朝だった。
いつものチャンネルのニュース番組を聞きながら、いつもの薄く塗ったバターと砂糖をかけたトーストをくわえて、いつものように母さんにどやされながら、慌ただしく制服のボタンを留めていた。
『…新しい仮想空間ウィリディスがリリースされ―。』
『…今日も交信センターの前では、アンドロイドの人権保護団体が集まり―。』
『…アンドロイドアイドルユニットElenicaが新曲を―。』
「やだもうこんな時間!リモコン、リモコン!」
カウンターキッチンからパタパタと出てきた母さんは、エプロンをつけたままリビングテーブルの上を物色し始めた。
さっきまで父さんが読んでいた月刊MARSの下敷きになっていたリモコンを掘り出し、ニコニコしながらテレビ前のソファーに座る。
毎朝の日課にしているという、占いコーナーの視聴。
母さんはこのコーナーを観たいが為に、毎回わざわざチャンネルを変えているらしい。
なんでも、占いのお姉さんを担当するバーチャルモデルにハマっているんだとか。
俺はいつもこのコーナーが始まる前に出ていたから、実際に観るのは今日が初めてだ。
「毎朝毎朝よくやるよ。どうせこんなの当たんないのに。」
「うるさいわねー。私の楽しみにケチつけんじゃないわよ。tamuちゃんの、一見適当だけど奥が深いコメントが面白いのよー。あっ!始まった!」
『tamuちゃんのー♡占いコーナー始まるよ〜♪』
いかにもなアニメ声と間延びした話し方は、妙に耳に残り苦手意識を隠せない。
クルクルのピンクロングヘアと胸を揺らしながらニコニコ笑う姿は、なんだか安っぽいアイドルみたいであまり好感は持てない。
しかも頭には惑星の飾りが刺さり、首には「WAKE UP」の文字のチョーカー、メイド服という統制の無さ。
「キャラがブレブレだな。」
「この不思議ちゃんキャラ?何の型にもはまってない感じ?がまたミステリアスでいいのよー。バチャモの中でもぶっちぎりの人気なんだから!」
「はぁ…。っていうかバチャモって。もう若くないんだから、無理して若者言葉遣うなよ。」
「可愛くない息子ねー。一体誰に似たんだか…。」
父さんは母さんとは真逆の性格で、母さんの無鉄砲な発言にも、いつも穏やかにうんうんと横で頷くようなイエスマンだ。
「母さんだよ。間違いなく。」
「ほら!あんたも早く学校行きなさい!いくら朝練がないからってダラダラし過ぎよ!」
「仕方ないだろ。顧問の原田が、咳が治まらないとかで休んじまって、グランドの使用許可が下りないんだから。」
「咳ねぇ…。またなんか変な風邪でも流行ってなかったらいいけど…って!占い!」
『第4位は、乙女座のあなた!ハートを射抜かれる覚悟はある?ポカポカ陽気に包まれる一日。カラスさんの呼び声には気をつけて。奴らは迷い森の案内人、起きるには目覚まし時計27個でも足りないかも♡ラッキーアイテムは使い古したじょうろ!』
「なんだこの占い。適当というか、意味不明じゃん。これのどこが奥深いの?」
「んー…。あっ!そうだ、じょうろ!!玄関のお花にお水あげてなかったわ!」
人の話なんて聞いちゃいない。母さんはエプロンを外し、いそいそと玄関へ行ってしまった。
「いいのかそれで…。」
最近じゃ、最新のAiを組み込んだアンドロイドが、名のある評論家とディベート対決で連勝、発表した小説が文学賞を取ったりと世間を騒がせていたけど…その反動か?片や文学賞、片や間の抜けた占い…。
「はぁ。さっさと準備しよ。」
一真は
『そして最下位は…ごめんなさい!牡羊座のあなた。』
思わず足を止めた。
やっぱり、占いなんてろくなもんじゃない。
信じていないとはいえ、最下位だと言われると気分が悪い。
「どうせまた意味不明な事ばっか言うんだろ?だが、ここまできたら最後まで聞いてやろーじゃねえか。」
我ながらガキっぽいとは思ったが、変な対抗心が沸々《ふつふつ》と湧いてくる。
振り返り、TV前のソファーに腰を下ろす。
『あなたの人生を変えるメガトン級の不祥事!飛び立った鳩は地球への求愛で忙しい。』
…もはや怪文書だな。
『白雲の空を引きちぎって―』
…ただ、なんだ?
この切迫感。
意味不明な言葉のはずなのに、自分と関係がある気がしてくる。
何か動き出さないといけない衝動に駆られる。
『―姫は今、小人と硝煙弾雨の林檎パーティー♪』
視線を感じる。
どこから―?
あ…テレビ―。
tamuは真っ直ぐこちらを見つめている。
むこうはカメラを見て、俺は画面を観ている。
目が合っているように感じるのは当たり前、ただの錯覚のはずなのに。
まるで俺に向けて話しているような―。
「!!」
瞬間、tamuは耳まで口角を吊り上げ、左右に首を振りながらケタケタと笑い始めた。
「うっ!」
耐え切れなくなり、視線を逸らそうと立ち上がった時だった―。
tamuの目はジッとこちらを見て離さない。
その表情からは先ほどの不気味な笑顔も消え、上目遣いになった瞳は今にも画面から飛び出してきそうなほどギョロついて、その奥にはなんの感情もみえない。
…震えが止まらない。
今すぐこの場から逃げねぇと…!
頭で思っていても、体が動かない。
動け!!動いてくれ!
『カラスどものゴミ漁りは止められない。
でも大丈夫。そんなあなたを救うラッキーパーソンは―』
―――やめろッ!!
ブツンッ
突然通信が切れ、ブラックアウトになった。
「はぁ。はぁ…。」
鼓動が…うるさい。
全身から噴き出した汗で、シャツが体に張り付く。
逃げる事ができた。
《《なに》》から?
…わからない。
ザ…ザザ…
安心したのもつかの間、ノイズが入り画面が切り替わった。
「―!!」
『おはよう。地球の皆さん。』
それは月からの放送だった。
口に布を詰めたような、滑舌の悪い声。
たるんだ顎、指先までパンパンに肥えた体。
いかにも高そうな白い毛皮を羽織り、体中にアクセサリーを付け着飾ってはいるが、脂汗が毛皮に滴ってヘタってるし、指輪ははち切れんばかりの肉のせいで、折角の宝石がほとんど見えていない。
この男こそ、地球と国民を捨てた日本の首相
我間 金光だ―。
「今日は一体なんなんだ?俺は夢の中にでもいるのか?」
御殿のある月から放送が入る時は、大体悪い知らせだった。
前回放送があった時は「グリーンホスピタル」が発令され、家庭ごとに植物育成のノルマが課せられた。そのおかげで値段が高騰した種子を買うはめになり、経済的な打撃を受けた。
次はどんな無理難題を押しつけるつもりだ?
『凄惨な戦争から80年―。私たち人類と機械は手に手を取り合い、今日の平和な世を築いてきた。』
『しかし、一方でアンドロイドへの偏見の目が多いという事実もある。そこで、より機械と人類の絆を深める、素敵な催しを行おうと思う。既に、選ばれし者には招待状を送ってある。もうすぐ届く頃だろう。』
嫌な予感がする―!
「!!」
「母さん!!」




