第2話
「おい、起きろ!」
誰かが、棒か何かでオレの身体を乱暴に突く。死んだはずのオレの身体に、痛みが走った。
オレは目を覚ました。見えなくなったはずの目に光が差す。ヒゲ面の男がその光を遮った。
「誰だ、アンタ……?」
「そらこっちのセリフだ。お前、何モンだ? 変なカッコしやがって……」
「え?」
上半身を起き上がらせて、あたりを見回す。目の前に、イギリスとかフランスあたりの城みたいな、大理石の建物がそびえたっている。
オレの倒れている場所は、その正門らしい。檻のような仰々しい鉄の門の向こうに、長い長い階段が伸びている。
ヒゲ面の男は、古い映画で見た騎士のような甲冑を着ている。豪華に装飾された槍の柄をオレに向けていた。この城の衛兵らしい。少し後ろの方で、他にも数人、似たような恰好をした衛兵がいる。随分と警戒しているらしい。
ただ、状況は理解できているようでまるで理解できていない。
まず、ここはどこなのか。
次に、なぜオレがここにいるのか。
さらには、なぜオレが生きているのか。
考え出せば疑問は尽きないが、いずれにしてもなんとなくマズい状況な気がする。まずは警戒を解かないと、どんな目に遭うか分からない。
「あ、あの……」
とりあえず、その場に立ち上がろうとする。
「う、動くな!」
ヒゲの衛兵は槍をオレに向けて大声を出す。後ろで見ていたほかの衛兵もぞろぞろとオレを取り囲んで、同じように槍を向ける。
「あ、怪しいものじゃないんだ!」
「どこがだ! とっ捕まえて牢にぶち込んでやる!」
脱出するだけなら、変身すればいい。けど、下手をすればこの人たちを傷つけかねない。それは絶対にダメだ。仕方ない。ここはいったん従って……
両手を挙げて、抵抗するつもりはないことを示す。衛兵の一人がその両手を乱暴につかんで、手首に縄をかける。とりあえず、今はこれでいい。話せば……
「話せばわかってくれる、とでも思っていそうね」
その声は、門の内側から聞こえた。重厚な音を立てながら門を開く。ローブを深くかぶった女性がゆっくりと歩いてくる。
「あいにく、今この国は微妙な状況なの。虜囚の言葉を聞くものなんていないでしょうね」
「あんたは……」
「だ、大予言官殿ォ!!」
ヒゲの衛兵がそう叫ぶと、衛兵たちは仰々しく敬礼する。縄を持っている手を離し、その場に跪く。オレは両手を繋がれたまま情けなく棒立ちしていた。
「驚いているようね、異世界の英雄。衛兵の非礼をお詫びするわ」
「い、異世界の英雄!? こいつ、いや、この方が!?」
ヒゲとその部下たちは冷や汗をかいて、あからさまに同様している。なんだか申し訳ない。
「いや、いいんだ。分かってくれれば」
「そう? よかったわね、優しい方で」
「い、痛み入りますッ!!」
「来ていただいて早々だけど、あなたには王に謁見してもらう。あなたには重大な使命があるからね」
「使命?」
「詳しくは王の御前で説明するわ。衛兵、この方にお部屋を用意して差し上げて」
「ハハアッ!!」
「英雄様はこちらへ。ご案内するわ」
ヒゲが怒声を飛ばしながら部下に指示する。さっきよりも随分声がでかい。それを尻目に、俺は大予言官について城の中へと入っていった。
赤いカーペットが敷かれた広間には何人かの使用人や、表にいたのと同じ格好をした衛兵たち、貴族のような出で立ちをした人々が、あくせくと動き回っている。みんな忙しそうだ。
「とても王様のお城、という感じではないでしょう?」
大予言官と呼ばれる女は俺にそう語りかけた。大、と付くほどだからきっと偉いんだろうが、随分と若く見える。
「ああ。なんというか、落ち着きがないというか。せわしないな」
「普段はもう少しおとなしいんだけど。最近はいろいろ大変でね。さ、こちらか謁見の間よ」
重々しい大きな扉を開く。両脇にずらりと並んだ衛兵が通路を作る。その奥に、冠を被った老人が座っていた。