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月【yue】--殺人邸で殺しなさい--   作者: 癒原 冷愛
下弦の月―halfmoonからの予兆 ―
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Ⅰ.朔月の夜と招待状


『拝啓 朱万里(しゅまり)餡月(あづき)様』

 2017年11月18日。その封書が拙者の元に届いたのは新月の夜のことだった。差出人は『ペンション†月【yue】』。わざわざ落選の通知を手紙で送ってくるとは、なんとも律儀な。開封して中身を読めば意外な3文字に虚を突かれた。

「……望豚饅頭(もちぶたまんじゅう)。汝の身体で申し込んだモニターに、よもや当選するなんて……」

 ため息混じりで応答のない相棒を見つめる。恋人も友人もいない孤独な拙者の専らのお相手は、長年愛用しているノート型パソコンだけだ。そんな四角い彼女(?)を『望豚饅頭』と名付けて呼んでいるのだ。


 ことのはじまりは7日前に遡る。もて余していた有給を消化しろと会社に促されていたのだ。上司め。独り者な拙者に暇と孤独を噛みしめろと言うのか。

 そう。文字通りの『独り者』だ。

 拙者の宿命は味噌っかす。学生時代から人に嫌われるタイプだった。生まれつきの性質か、根暗で内気で話下手。じめっとしたオーラを放出しているのは自覚していた。

 それゆえに誤解されやすい。『オタク』だの『陰湿』だの『陰険』だの、まるで身に覚えのない余計なレッテルが、付属品のごとく付いて回ってくる。

 時には自分の殻を破って、友人を作ろうと努力したこともあった。自ら積極的に話しかけ、慣れない笑顔を無理して振り撒いたりした。

 が、結果は徒花に終わった。反って気味悪がられたのだ。思うに原因の一部は、男女の境を形容し難い中性的なルックスにあるのかもしれない。

 仕舞いには『裏表ありそうで恐ろしい』、『何考えているのか解らない』、『得体の知れない不気味さ』、『本性はきっと腹黒だ』など、より具体的に中傷されるようになった。

 そうして皆、必然のように器用にすり抜けていく。異性同性関係なく、人には仲間意識の輪があるものだ。その群の中へ入ることが許される者とそうでない者がいる。拙者は後者だっただけだ。

 漠然とした失望はことごとく絶望に変わり、気づいた時には卑屈になっていた。世界中の人々が自分を嫌い、疎ましく思っているのではないか。世間(むれ)から追いだし、除け者にしようとしているのではなかろうか。そんな疑いや妄想が頭から離れず、常に人間に対して僻み嫉むようになった。いつしか拙者は、本物の『陰湿で陰険』な人間に成り下がっていたのかもしれない。

 どうせこの先、誰も相手にしてくれはしまい。ならば死ぬまでひとりで生きよう。それが大人になって自ら得た結論だ。

 こんなヤツには一人旅がお似合いかもしれない。有給は法的に当然の権利、せいぜい有効に使ってやろうではないか。

 自身の宿命を一通り再確認したあとで、開き直るように気分を切り換えた。『望豚饅頭』の長方形な胴体にぶら下がったマウスを操りながら、当てもなく闇雲に検索していく。

 その時だ。『ペンション†月【yue】』の宿泊モニターなる募集画面に引っ掛かったのは――。

 蔦の絡みついた洋館らしき建物の画像が映しだされ、その下の詳細に目を走らせる。募集の経緯と要項を踏まえれば以下の通りだった。

 森の奥にある元は寂れたレストラン。資産家の大富豪が別荘気取りでたまにやって来ては、気まぐれで営業していたらしい。調理師の資格は保持していたようだが、店の営業日は不定期で、ほとんど趣味程度に営んでいたのだろう。

 そのオーナーが病死して以来レストランは封鎖され、空き家になっていたようだ。ま、当然だが。そこで彼の一人娘がペンションとしてふたたび立ち上げるべく、捲土重来を試みたというものである。

『お客様に末長く愛していただけるペンションを実現します。そこで皆様には新装開店(リニューアルオープン)前、実際に宿泊していただきたいのです。客観的なご意見や忌憚ない感想を頂戴したく、このたび実験モニターを募ります。宿泊枠は7名様限り。費用は一律¥5000。毎日3食、シェフ自慢の手料理をご提供します。条件は7日間の滞在ができる方。皆様にじっくり寛いでいただき、充分なモニター結果を得るための期間ですので、どうぞご理解ください。なお、皆様のご自宅から当館までの交通費は主催者側で持たせていただきます。お客様にご負担いただくのは僅かばかりの宿泊費だけですので、遠方の方も安心してご応募ください。先着順で締め切らせていただきますが、ご応募が殺到した場合、主催者側で選考させていただくこともご承知おきください』

 冒険心も手伝ったが、半ば冷やかしだったと言って良いかもしれない。なにしろ8日間の宿泊で5000円という破格に、毎日3食昼寝付きなのだ。こんな馬鹿げた美味しい話があるものか。素泊まりでさえ、1泊あたり5000円の宿が今時どれくらいあろうか。それが1週間で5000円など、儲け度外視にも程がある。いくらオープニング前のモニター価格とは言え、これでは経営前に赤字化し、初っぱなから破産するのではないかとこっちが心配になるほどだ。

 迷いは一瞬。『お申し込み』をクリックすればすぐさま画面が切り替わり、住所や氏名と言った個人情報の入力を指示された。


 ――しかしながらその1週間後。半信半疑で応募した実験モニターに、いとも簡単に当選してしまうとは。どうせ無駄な抵抗と思いつつ面白半分で申し込んだだけに、いざとなると正直面倒臭い。要するに出不精な拙者は腰が重いのだ。

 気は進まないが、『招待状』と書かれた先の文面に目を通す。

『このたびは当館のオープニング企画に伴うモニター宿泊にご応募くださいまして、誠にありがとうございます。厳正なる抽選の結果……と言いたいところですが、先着7名様枠に予定人数が満たなかった為、あなた様を自動的に選ばせていただきました』

 そこまで読んで拙者は一端、フッとため息を吐いた。何気に失礼な文面に嘲笑も混ざっていたかもしれない。頭数が揃わないから拙者を招くと言うのか。ここは嘘でも『厳選した結果……』と記すべきだろう。何が自動的じゃい。喜んで良いものか判らぬではないか。まさか主催者側までが、拙者を村八分扱いしているわけではあるまい。

 それにしても全国版のインターネットでモニターを募って、定員7人に達しないって……。どれだけ人気がないのだろう。大丈夫なのか? このペンション。よほど胡乱な体験をさせられるのか、何らかの曰く付きなのかもしれない。

 もっとも、悠長に7日間も詳細不明なモニターに付き合えるような暇人は、日本中かき集めても多くは存在しないのだろうが。

 拙者ますます気乗りしないまま、冷めた目で続きの文字を追う。この期に及んでトンヅラした場合、どうなるのだ……? キャンセル料くらいならまだしも、よもや訝しげな罰則(ぺナルティ)まで付いてきたりはしまいか。

『つきましては2018年1月25日(木)、21時15分、半月の晩にお越しください。チェックアウトは同月31日(水)、満月の夜でございます。古びたレストランがペンションに生まれ変わる劇的な瞬間を、あなた様に見届けてほしいのです。五臓六腑に染み渡る洋食と神秘的な弓張り月、フカフカに弾むベッドを用意しております。なお当洋館のメイドは占い師ですので、よろしければあなた様を占ってさしあげます。お楽しみに♡ 最上のおもてなしで、素敵な非日常を存分に味わっていただけますよう、主催者一同、心よりお待ち申し上げておりますわ。2017.11.11(土) ペンション†月【yue】新米当主・生衣原(はいばら)愛帆(あいほ)

 洋食とベッドはともかく、月を用意するというのが妙である。夜になれば放っといても輝くものだろう。分刻みの時間指定に、メイドが占い師……? 何やら突っ込みどころが多々ありそうだ。

 最後まで胡散臭い話だったが、招待状を読み終えれば不思議とワクワクしてきた。

 出発は年明け。まだ2ヵ月半以上も猶予がある。前もって会社に申請しておけば、まとめて有給を取ることも可能かもしれない。

 我ながら単純で安上がりだとは思うが、誰かに必要とされるのは悪い気がしないのだ。久しく味わっていなかった感触に少なからず鼓動が高鳴る。

「行ってみるべきか。〝ペンション†月【yue】〟へ……!」



                    【つづく】



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