《アーメン終止》君がいるから……
2018年3月吉日。正午。乳葉県七神奈村――。待ち合わせはペンション✞月【yue】の正門前だった。拙者が辿り着いた時、既にそこには見知った人物たちの姿があった。
「遅いじゃないかい〝拙者〟君。1分11秒の遅刻だよ」
某有名ブランドの腕時計をひけらかすように、キザなナルシスト男が詰った。
「2ヶ月ぶりね、このメンバーが揃うのは」
黒衣のワンピースを纏った艶めかしい美女は、ふわりと微笑む。
「すまない。道中、少々手間取った」
「では行きましょうか」
拙者が素直に詫びれば、彼らは揃って歩き出した。
――あの忌まわしい事件から幾日も経って。一通の手紙が拙者の元に舞い込んだ。差出人は漆寺福重。拙者の前を歩く彼らも同様の封書を受け取ったらしい。
「ペンション、続けるんですってね。漆寺さんが新当主になって――」
カーテンの掛けられた嵌め殺しの窓――鬼の口を横目に見ながら、拙者たちは洋館の敷地を抜けていく。
手紙に同封されていた地図を片手に、先頭を切るのは月餅古納言。次いで斜め横に栗室門舞が寄り添う。
○◯のいる収容所は、この先延々と歩いて2時間の距離にあるということだった。栄えた通りに出れば途中でタクシーを拾うこともできるが、望み薄である。
「人数制限がなければ合流できたのにな。漆寺ぃと姫那子ちゃん、先に面会しているんだろう?」
「えぇ、今日も。規定回数の許す限り、経営の傍ら足繁げく通っているそうよ」
漆寺福重と玄密姫那子。彼らは崇拝する◯○の意志を受け継ぐべく、ペンションを閉鎖することはしなかった。姫那子に至っては、今春から入学が決まっていたという呪術科女学院の推薦を蹴って、料理と経営学を本格的に学びはじめたらしい。将来性はあれど下積みのない彼女に、漆寺は昔取った杵柄の全幅を掲げているそうだ。
「もうアルバイトではなく、ゆくゆくはペンションを担っていくのね、姫那子さん」
今は未成年の彼女だが、いずれ漆寺亡きあとは。
「◯○さん、立ち直ってくれると良いけれど」
案じた門舞が歩幅を緩めた。
「大丈夫さ、漆寺ぃたちが付いてる。彼らは決して見捨てやしないさ。それに、僕らだって」
「あの時彼女言ってたわね、自己の身体への復讐だと――」
「嗚呼。◯○ちゃんが一番殺してしまいたかったのは、誰あろう自分自身だったに相違ない」
「哀しすぎるわね。女の子だもの、大切にしてほしいわ。もっと自分を……」
辛酸を舐めてきた門舞の言葉には、実感が籠められていた。
「人間の運命ってのは不公平なものだよな。病気にさえならなければ◯○ちゃんだって――」
言葉を詰まらせた古納言に、門舞は俯いただけだった。
「ふはぁ、〝いつも月夜に米の飯〟ってなーー」
古納言は伸びをして、抜けるような納戸色の空を仰ぐ。
蒼穹に透けて消え入りそうな月は、今夜ふたたびその姿をくっきりと現すのだろう。
「そう言えばさ、彼女が肖っていたマザーグースの一節には続きがあるんだろう?」
「〝この世のすべての病気には、治療法があるかないかのどちらかです〟って云うやつね。〝もしあるなら、それを見つけるようにしなさい。もしないなら――〟」
「どうするんだい?」
「〝気にしないことです〟よ」
門舞は吹っ切れたように笑ってみせた。
「なんだい、フザけた名言だな。そんな結論で良いのかい?」
肩透かしを食らったように落胆する古納言。
同感だが、格言の類いとは得てして無責任なものである。
「私は好きだけど。マザーグースの云うことはもっともだと思うわ」
並んで歩く彼らの背に続きながら、拙者はふたりの会話をぼんやり聞いていた。
残酷だが、与えられた宿命は本人が自力で乗り越えていくしかない。誰も身代わりになることなどできないのだ。
門舞と古納言の後ろで、一定の間隔を保ちながら拙者はひとり歩を進める。
生きるとは時に、死ぬよりも遥かに苦しいことである。無意識に袴の胸元をまさぐっていた。
「だけど今回のことで、だいぶん対人恐怖症を克服できたみたいね、朱万里さん?」
振り返った門舞が急に話題を振ってくる。
「……別に拙者は対人恐怖症などではない。ただ人間が嫌いなだけだ」
負け惜しみとも捉えかねない口答えか。
「ところで〝拙者〟君」
古納言がぴたりと立ち止まる。振り向き様に一呼吸置いた彼は、
「そろそろ腹割って聞かせてもらおうか。キミの本当の〝性別〟を――」
ゆっくりと迫ってきた。馴れ馴れしく拙者の肩に手を回すと、真剣な面持ちで顔を覗き込んでくる。そうして意味深に口許を歪め、不適に笑んだ。憤ろしいことに背丈を合わせられている。
近い、近い、近い。『壁ドン』されたあの日よりもずっと。
サイドに回った門舞が、然り気なく拙者の逃げ場を塞いだ。
もはや雪隠詰めである。
「拙者の性別。それは」
「それは……?」
彼らは揃って身構えた。手に汗握っているであろう。ゴクリと固唾を飲む音が聞こえる。
ならば拙者も、いよいよ眦を決して深く息を吸い込んだ。
「――オカマである!」
颯爽と言い放った数秒後。目を点にして固まっていた門舞と古納言は、同時にズッこけた。
【The moon sets✨】
*イメージ声優(敬省略)
◇朱万里餡月……久川綾
◇栗室門舞……松谷彼哉
◇月餅古納言……古谷徹
◇玄密姫那子……林原めぐみ
◇漆寺福重……松尾銀蔵
◇生衣原愛帆……菊地祥子
*名付け由来
◆朱万里餡月……朱鞠小豆
◆栗室門舞
……マロンクリーム モンブラン
◇栗室蘭舞
◆月餅古納言……月餅 大納言小豆
◆佃吾永幽女……でん(佃)わ(吾) au
◆玄密姫那子……黒蜜きな粉
◆漆寺福重……執事 服従 羽二重大福
◆生衣原愛帆……灰原哀




