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月【yue】--殺人邸で殺しなさい--   作者: 癒原 冷愛
満月✨
24/27

XX.不完全なQ.E.D.

 黙ったままの愛帆。



「――名探偵気取りも大概にしたほうが良い、肝心なことが抜けているじゃないか〝拙者〟君」

 誰が導いたわけでもなく、ふたたび母家の1階へと降りて食堂に戻ってきた拙者たち。タイミングを窺っていたように古納言が誹った。

「今キミが言ったトリックは、永幽女嬢が202号室に泊まらなければ実行できなかったことじゃないか。忘れたのかい、初日の夜、僕らの部屋割りはくじ引きで決まったんだ」

「そ、そうでございますよ朱万里様。あの部屋割りは、お嬢様が決めたわけではありません」

 頓には信じられないのか、漆寺が古納言の意見に賛同する。藁にもすがりたいのだろう、その顔には悲壮感が滲み出ていた。

 1月23日、夕食後。食堂にて。まずはじめに愛帆の指示で、姫那子がポケットから2枚の紙切れを取りだして七角形のテーブル上に置く。2枚のうち1枚を選んで引き寄せたのはあかねである。理砂とふたりで楽しげに阿弥陀を選び――。

「そうさ! あの時、永幽女嬢は最後に残ったもので良いと言っていた」

 古納言はテーブルに手のひらを叩きつけて主張した。

 用紙には3本の縦線と無数の横棒、その下に『201』、『202』、『203』と部屋番号が記載されていた。

「あのくじはイカサマだったとでも言うのかい」

「いいや。何の変哲もないただの阿弥陀くじである」

 拙者は力なく首を振る。

「だったら!」

 だがそれさえも愛帆の描いた青写真だったとしたら。

「誰でも良かったのである。要は殺したい標的の3人を、纏めて悪魔(デビル)塔へ宛がうことができれば。思い出してほしいあの晩のことを」

 愛帆の指示で、宿泊者メンバーはふたつのチームに別れて阿弥陀くじを引くことになった。チーム分けをしたのは愛帆である。まずは友人同士の理砂とあかねを組ませる。当然、異を唱える者などいない。そこに飛び入り客の永幽女を加えることで、ごく自然に然り気なく3人を纏めることに成功したのだ。必然的に、残った拙者と門舞、古納言がもうひと組になる。

「あの用紙には阿弥陀と部屋番号しか書かれていなかった。当主である愛帆殿の采配で、天使(エンジェル)塔と悪魔塔に、拙者たちは何の違和感もなく導かれていた」

「フハッ、所詮そこまでかい〝拙者〟君! これではまだ1/3の確率だよ。母家の物置小屋から、キミが言った架け橋(ルート)で通じるのは悪魔塔の真ん中の部屋、つまり202号室だけだろう? 僕が聞きたいのはどうやって永幽女嬢を――」

「誰でも良かったと言ったであろう」

 詰め寄る古納言を制して拙者はこたえた。もしもくじ引きの結果、202号室に決まったのが理砂かあかねであったとすれば、同じ方法で殺害したまでなのだ。

「たまたま件の部屋が永幽女殿に宛がわれただけのこと。愛帆殿が前以て腹案を練っていたであろう、3人ぶんの殺害トリック。誰をどの方法で殺すかは、あとから決まることだったのだから」

「……田中あかねの低能&淫乱ぶりっこ芋娘が死んだ朝、全員ぶんの朝食に毒が含まれていたのは何故」

 姫那子が口を挟んだ。声のトーンは不変なまま、徐々に毒舌っぷりが顕わになっていく。瞳の色に同化するように水晶は青白く揺らめいた。

「く、玄密の申す通りでございます。どう考えても無差別殺人ですよ、あれは……! 田中様が死んだのは、月【yue】の亡霊による怨念としか」

 漆寺が形振り構わずに訴えてくる。

「最後の朝餐は、あくまで田中あかねを始末するために用意されたものである」

「し、しかし」

「憶えておられるだろう。あかねはいつも真っ先に、料理よりもデザートから食べはじめていたのを」

「で、ですが同時に、他の人間が毒入りの料理に口をつけてしまうことも」

「ゆえに犯人はひとりずつ、それぞれ異なる食材に毒を入れていったのだ」

 拙者の言わんとすることがまだ解っていないのか、一行は目をしばたかせている。

「弱味を握られるのは不本意極まりないが、拙者は甲殻アレルギーである。既に古納言殿によって看破されてしまった事実であるから、皆知っているだろう」

 蟹コロッケと、オマール海老のサンドイッチに手をつけられなかった拙者。さらに夕飯のビッフェではシュリンプフライを避けたこともある。事件当日、拙者の料理に毒が盛られていたのはエビのチリソースだった。

「次に揚げピロシキから毒が検出された門舞殿。ダイエット中だと宣言していた門舞殿は常に揚げ物を敬遠し、あまつさえあの朝は胃の不調を訴えていた。そんな彼女が油まみれのピロシキを食すとは考えにくい。同様に猫舌を強調する古納言殿には熱々のポタージュ、歯の治療中で固いものを拒んでいた永幽女殿にはハードタイブのカンパーニュ。各自が抵抗を持つ料理を狙い、意図的に毒は仕込まれていたのである」

 呆気にとられた彼らは、息を殺したまま拙者を見つめる。

「マジシャンズ・セレクトが使われていたというわけね」 

 門舞は得心がいったように頷いた。薄々勘づいてはいたのだろう、極めて冷静さを保っている。

「だが、どれも100パーセントとは言えまい。毒殺は時間との勝負である。即効性の高い青酸カリを用いたのは、一刻も早く犠牲者を出したかったからであろう。うかうかしていたら、猫舌の古納言殿が、そろそろ冷めた頃だとスープに口をつけてしまうやもしれない。食事中に誰かひとりが倒れれば、その時点で食事は中断され、さらに毒殺だと判れば、必然的にそのあとで料理に手をつける人間などいなくなる。そういう意味では、根っからの甘党で真っ先に好物から頬張る癖を持っていたあかねは、犯人にとって格好の餌食だったと推量できる。初日の夜からあかねが毒殺される前日まで、オードブルやビッフェ、バイキング形式が続いたのは、個々の嗜好や

食習慣、体質的要因を含めた苦手な食材を見極めるためだったに違いない」

 自由に料理を選べる場では、身に付いた食生活が自然と反映されるものだ。 

 調理するのはシェフである漆寺だが、献立を決めて食材を発注し、提供スタイルまでを彼に指示するのは当主の愛帆だっただろう。

「サラダのゼリー固めに毒を盛られていた理砂は、あかねの次に狙われていたと推測できる。と言っても、高確率で仕留められるターゲットはあかねである。無論、あわよくば仕組んだ(ワナ)に理砂も掛かれば、それに越したことはないだろうが。あの時点では死んでも死ななくても、どちらでも良かったはずだ。最低でもあかねひとりを殺害できる勝算はあったのだから、充分に作戦は成功したことになる」

 比較的、偏食の少ない理砂には際立って特徴的な食事の癖は見当たらなかった。

「もし仮にあかね、理砂、永幽女――にはカンパーニュ以外の料理に毒を仕込めば、毒殺できる成功率は高まる――の3人の朝食にだけ毒を入れたとしよう。3人ほぼ同時のタイミングで死んでくれれば良いが、誰かひとりが倒れた時点で残りのふたりは殺せなくなる。毒の有無を確かめるべく、全員ぶんの料理を検証しようなどということになった場合、厄介なのだ。愛帆殿の目論み通りにあかねが絶命しても、理砂と永幽女が生き残ってしまったら。確実に自分らだけが狙われていると判れば、ふたりは逆上し、警戒もするだろう。後々殺しにくくなってしまうのだ」

 無論、図書室の奥で飼育していた熱帯魚で、全員の料理を調べようと誰かが言い出すのを予測してのことだ。現に古納言の提案で、愛帆の思惑通り実行されている。

「けれど、だったらどうして愛帆さんは全員のぶんに毒を入れたのかしら。それに彼女なら、停電など起こさなくても厨房で毒を仕込むことが――」

 そこまで言って、ハッとしたように門舞が口をつぐむ。

「左様。電気がショートするように仕向けたのは、犯行可能な容疑者を増やすためだった。犯人が主催者側にいるとバレバレにならないように。しかしやはり毒は、既に厨房で仕込まれていたと考えられる」

 あの日の朝、給仕に食堂へ現れたのは漆寺、愛帆の順である。彼の目を盗んで愛帆が毒を仕込むことは充分に可能だったはずだ。姫那子が体調不良に見舞われたのは想定外だっただろうが、なおさら愛帆には好都合だったと思われる。現に愛帆は当主という立場上、然り気なく姫那子を自室に戻るよう促している。

「南瓜のポタージュだけは漆寺殿が鍋ごと運んできて、食堂で皿によそってひとりずつに配膳していたので、愛帆殿が停電時にやるべきなのは、古納言殿のポタージュに毒を混入させることだけで良かった。あの時、室内は真っ暗だった。暗闇に目が慣れていない限り、食材を間違わずに、各人の料理に僅かな時間で正確に毒を仕込んでいくのは無理があろう。個人差はあるが、暗順応には凡そ30分はかかると云われている。ゆえに毒は停電前に盛られていたと考えるほうが自然である。とは云え、もし仮にあかねの朝食にだけ毒を入れれば、同じく脛に傷持つ理砂としてはやはり警戒するであろう。理砂は門舞殿を集中攻撃してはいたが、個人を狙った毒殺ともな

れば、主催者側が怪しいと結論付けられるのは時間の問題だ。全員のぶんに毒を入れることによって無差別殺人を思わせ、宿泊客側に犯人がいる可能性を示唆し、ミッシング・リンクをカモフラージュさせる効果もあった。無差別殺人以外で、まさか犯人が無関係な人間の食事に毒を盛るなど、誰も思わないだろうから。最終的なダメ押しに、月【yue】の邸に伝わる一家滅亡の忌まわしい神話を匂わせれば、亡霊の呪いを彷彿とさせることもできる」

 確かにこの手段と選択には、利点もあるがリスクをも伴う。両刃の剣だ。

「それにしても不可解ですョ。性悪で目付きも悪く、女王気取りの小賢しい高飛車な傲慢チキ永幽女に、何故お嬢様は、あの女の嫌がるハードカンパーニュを選んだのでしょう。どうせなら他の料理に毒を入れたほうがベターですョ……」

 ふたたび姫那子が疑問を呈した。馬脚が現れ過ぎではないか。感情の通わない声には、そこはかとないものを感じる。

「既に阿弥陀くじによって、永幽女殿の殺害方法が決まっていたからである。もしも万一、あかねより先に永幽女殿が毒入り料理を口にして倒れてしまえば、その時点であかねを殺せなくなる」

 殺害方法は限られている。誰をどのトリックで殺すのかが決定した以上、順序を踏まなければ心算が狂ってしまうのだ。ゆえにあの日の朝、あかねや理砂よりも先に永幽女がくたばることだけは、回避しなければならなかった。

「仮に永幽女殿だけが死んでしまえば、せっかくの密室トリックが使用できなくなる。件の202号室へ、生き残りのターゲットに部屋移動を頼むなどできるはずもない」

 何らかの手段で、理砂なりあかねの宿泊部屋を使用できなくするのは困難極まりない上、死んだ人間の部屋を使うなど彼女たちのどちらも了承するはずがない。

「ハハハッ! そういうのを机上の空論と言うのだよ。何もかも状況証拠じゃないか〝拙者〟君。永幽女嬢が指していた【月】だって、本当に『月』を表していたのかもしれないだろう。死人に口なしさ。すべてがキミの犯行で、愛帆ちゃんに濡れ衣を着せようとしているとも考えられる。そこまで言うのだったら証明してみろよ。理砂っぺだけが階段から落ちる羽目になったというカラクリを」

 苦し紛れであろうか、しぶとい古納言が詭弁を弄す。

「おぬしの言う通り。証明すれば良いのであるな……」



                   【つづく】



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