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月【yue】--殺人邸で殺しなさい--   作者: 癒原 冷愛
小望月
19/27

XVI.真夜中のアリバイ聴取


 死者が遺した最期の文字は【月】――。

「こ、これってまさか……」

「ダイイングメッセージ?」

 愛帆が粟立ち、門舞は訝しげに永幽女の指先を見つめた。

 画鋲は壁に刺さったまま。壁に掛かっていたカレンダーは犯人と揉み合った際に落ちたのか、永幽女が自ら落としたものなのか、定かではない。

 だが確かに、血の付着した指先が示しているものは【月】。

「〝餡月〟……」

 ずっと沈黙していた姫那子が囁いた。

「朱万里様。貴方のファーストネームは」

 姫那子は抑揚ない声のまま、拙者に一歩近づいた。

 戦々恐々としながらその場に立ち尽くす一同の視線が、一斉に拙者へ集められる。

「名前に〝月〟が入っている人物は拙者だけではない。もうひとりいる」

 今この部屋には主催者と宿泊客伴に、邸に滞在する人物たちが集まっている。ただひとりを除いて。



「な、何だって! 永幽女嬢が……?」

 件の人物、月餅古納言は天使(エンジェル)塔の203号室にいた。緊急事態である、彼を起こして拙者たち一同は母家の食堂に(つど)った。

「永幽女殿の悲鳴が上がったのが深夜0時半を過ぎた頃。おぬしはどこで何をしていた」

 我ながら聞くだけ野暮な質問だとは思った。

「寝ていたに決まってるだろう! 真夜中のアリバイなんて、あるほうがおかしい。キミたちは皆で示し合わせて共謀し、僕を嵌めようとしているのかい」

 悲鳴が聞こえてから永幽女の部屋に駆けつけ、死体を発見するまでの一部始終。その間一度も、唯一姿を見せることがなかった古納言は今や激昂していた。

「落ち着きなさい月餅君。まずはひとりずつ、順番に話して検証してみましょう。今夜、自室に戻ってから今に至るまで、それぞれ何をしていたのか」

 門舞が取り仕切る。彼女は既に泰然と構えていた。

「まずは私から話すわ。今夜は寝つけなくて、タロットカードでひたすら占っていたの。この先の運命を」

 今は館内に通常の電気は流れない時刻である。月光発電(ムーンシステム)の微量な灯りが、天井から垂れ下がるシャンデリアを薄く照らすのみだ。七角形のテーブルの中心に、姫那子の持っていた灯油ランプが置かれる。

「犯人は誰なのか。死者はまだ出るのか、生きて帰れるのか。いつものインスピレーションが働かなくて、タロットが思うように導いてくれない、なかなか先見が定まらなかった」

 彼女は自嘲気味に瞳を閉じた。門舞でもそのようなことがあるのか。

「仕方なく、諦めてシャワーを浴びようとしたの。0時を回る少し前。服を脱いだ時、妹の形見――ペンダントがなくなっていることに気づいた」

 そこから先の経緯は、門舞が先に話していたことに繋がる。

「拙者は遅くまで推理小説を読み耽っていた。読了した時には既に0時を回っていたが、モンゴリア――いや、真相が気になって、続編を借りに母家へ向かったのだ」

「キミは神経がどうかしているんじゃないのかい。そんな下らない理由で、人がふたりも死んだ館を深夜に彷徨(うろつ)いていたと言うのかい」

 いつもの調子を取り戻しつつある古納言が、苦し紛れに悪態を吐いてくる。悪魔(デビル)塔で悲鳴が聞こえた時刻、拙者にアリバイの証人がいることを気に食わないのだろう。

「わ、私は皆様が宿泊部屋に戻られたのを確認してから、悪魔塔の101号室である自室に戻りました。本来なら明朝の食事の仕込みをおこなうのですが、もうその必要はございません。疲れていたのか日付の替わる前に床に着き、熟睡しておりました」

 どんな時でも慇懃な態度を崩さない漆寺は時折、全員の顔色を窺いながら続けた。

「どれくらい経った時分でしょうか、眠りに落ちていた私の耳元に、階上から物音と悲鳴が届きまして。目を覚ましたのでございます。田中様と向井様が屍となっている今、悪魔塔にいる生きた人間は私と佃吾様だけです。そこで直感したのです、佃吾様の身に何かあったのだと。取るものも取らずに押っ取り刀で駆けつければ、案の定202号室は内側から施錠され、扉は開きませんでした。懸命に外側から呼び掛け、頻りにノックを繰り返していたら、朱万里様がお嬢様方を引き連れて駆けつけてこられたのです。体当たりで扉を蹴破れば、あのような惨状に……」

 話し終えた漆寺の顔は憂慮の色で染まっている。薄暗い室内に、彼のロマンスグレーが良く映えた。

「私は皆様が寝静まったあと、母家2階の自室に戻って就寝しました。私も疲れが溜まっていたので、そのままぐっすりでした。だけど僅かに聞こえた悲鳴と物音で目が覚めて、様子を見に行こうと階下に向かったら、朱万里様と栗室様、それに姫……、玄密が揃っていて。4人で一緒に悪魔塔へ向かいました。その()のことは、皆様の話した通りです……」

 次の愛帆は消沈しきった声を出した。3人もの死体が転がり出たことで、当主として相当ダメージを受けているのだろう。その心情は計り知れなかった。

「私は今晩、水晶の浄化をおこなうため、21時から自室の窓辺に立って付きっきりで月光浴をさせていましたョ」

 玲瓏な声で姫那子は淡々と話した。

「切り上げたのは深夜23時27分34秒。月エナジーを浸透させた水晶を枕元に置いて、暫くぼんやりしてから、その後は自室を出ましたョ。邸を廻っていたら、栗室様と出会して……」

 その後の供述は、先刻門舞に聞いた通りの経緯と繋がった。

「姫那子ちゃんはそんな時間、何しに母家に来たんだい」

 当然のことながら古納言が訊ねた。

「ただの散歩、野生の血が騒いだだけですョ。今宵、月【yue】の洋館を徘徊するべし――と」

「はぁ……?」

 意味が解らないといった様相で、間延びした声を出す古納言。

「しかし解せません。ダイイングメッセージが残されていた以上、佃吾様の自殺ではあり得ないというのに、現場は密室だった。犯人は如何にして施錠された部屋に侵入し、逃げ失せたのか――」

 途方に暮れた漆寺がこめかみを押さえた。

「ダ、ダイイングメッセージだって?」

 初耳だった古納言は身を乗り出す。

「……ええ。カレンダーに佃吾様が示しておりました。【月】の文字を――」

 疑惧した漆寺は言いにくそうに告げる。

 ラストネームに『月』の文字を持つ古納言は暫し絶句していたが、

「ふはっ」

やがて開き直ったように乾いた笑い声をあげた。

「それじゃー話は簡単さ。犯人は〝拙者〟君だよ! 僕じゃないんだからね」

「バカな……」

 勝ち誇ったように断言する古納言に、拙者は唇を噛み締めた。悪魔塔から母家本館へ響き渡った悲鳴。その時どこで何をしていたのか、詳細不明なこやつに言われたくはない。何しろ拙者は、悲鳴のあがった瞬間といい、遺体を発見してから古納言の部屋に皆で駆けつけるまで、一度としてこやつの姿を見ていないのだから。

 しかしながら今の状況では決定的な物的証拠もなければ、密室の謎さえ解けていない。事態は暗礁に乗り上げるばかりだ。

 心なしか視線が痛い。生き残りメンバーの、拙者と古納言へ向けられる警戒心と疑いの眼差しが――。

 乱暴な理砂と勝ち気で我が儘な永幽女が立て続けに死んだことで、邸内にこれ以上の諍いは今のところ起こってはいない。

 しかし不信感という名の乳濁液は互いに分散をはじめ、鉛色に淀んだ空気は確実に館全域を覆っていた。 



 *


 1月30日、正午――。

「そっか、見られてたのね。あの時」 

 あっけらかんとしながら門舞は、余裕の笑みで白状した。

 惨劇のあった深夜から丸1日以上経過した(のち)。拙者は門舞の部屋で、またしても彼女と対面していた。

 門舞の首元にはふたたびカメオのペンダントが艶めいている。

「そうよ、初めて永幽女さんの自室に訪ねていったあの日。ペンダントを落としたのは彼女の部屋だったみたい」

 拙者は真夜中に永幽女の遺体を発見した際、現場で門舞がこっそり拾い上げた何かを確かめたかった。

「ナイトテーブルの死角で、鎖がキラッと光るのを見つけて。事件現場に自分の私物が落ちていたら疑われると思って、誰にも見つからないよう咄嗟に隠匿したの」

 やはりそうであったか。あのあと門舞は母家の隅でペンダントを見つけたことにして、姫那子には適当に言い繕ったということだ。

「月餅君のこと疑ってるのね?」

 さりげなく話題を変える門舞に、拙者は床に正座したまま身構えた。

「そういう門舞殿はどう思っておられる」

「今の状況では、第一容疑者として見られても無理はないと思うの」 

 門舞は例の如くベッドに浅く腰掛け、脚を組み、タロットカードをシャッフルしている。

「拙者のことはどう思っておられる。腹蔵ないところを知りたい」

「朱万里さんは犯人じゃないわ。何しろ悲鳴が聞こえた時、貴方のアリバイの証人はこの私なんだし。と言うよりも貴方に人は殺せない。タロットの先見じゃなく、私の本能が告げているの。姫那子さんじゃないけれど、野生の勘ってヤツかしらね」

 門舞の声に外連味は感じられなかった。

「貴方なら、この事件を解明できるような気がするわ。眠っているんでしょう? その中に」

 門舞は自身のこめかみを人差し指で示す。

「〝ポアロの脳みそ〟が」

「〝灰色の脳細胞〟であるか。そんなもの拙者に……」

 22枚の大アルカナで十字を描き、彼女はベッドの上でスプレッドしながら呟きはじめた。

「THE HANGEDMAN――吊るされた男、逆位置は骨折り損のくたびれ儲け。JUDGEMNET――審判、ノアの箱舟。これも逆位置だわ、過去への執着、受けるべく当然の報い。THE MAGICIAN――魔術師、逆位置は偽りと猜疑心。THE HIGH PRIESTESS――女教皇、正位置。精神的な成長の兆し。――ダメね、ちっとも定まらないわ。インスピレーションが低下してる」

 門舞は吐息と伴に、くしゃっとタロットを混ぜ返す。そうして人差し指を唇に咥え、指先をぺろりと舐めた。(カラス)(くちばし)の如く長く黒い付け爪を。

 拙者は腰を上げた。これ以上ここにいては、彼女の集中力を妨げるだけである。

 部屋を出る際、背を向けてドアノブを回した拙者は、背後で門舞が1枚の大アルカナを手に、虚ろな瞳で見つめていることに気づかなかった。まして彼女の放った独り言が耳に届くことも。

「WHEEL OF FORTUNE――運命の輪、逆位置。〝宿命からは逃れられない〟……」



 夕刻の母家では、いつものインスタント食品が支給される。恒例のカップ麺選びで、拙者は油そばと沖縄ソーキそばを手にして天使塔へ戻った。

 卓上のサモワールで湯を沸かし、その間に身を清める。タオルドライしながら手慣れた手つきでカップを開封し、かやくと粉末出汁、調味油を入れて沸騰した湯を注ぐ。幸か不幸かインスタントデビューを遂げてからというもの、すっかり調理手順が身に付いていた。

 とそこで、カップの外側に無数の粒さな穴が空いていることに気づく。『湯切り口』と矢印付きで表示され、穴のひとつひとつに妙な爪が付いている。不審に思い、《明月(みょうげつ)十平(じゅっぺい)ちゃん 屋台の久留米豚骨油そば》と銘打たれたパッケージの能書きに、よくよく目を通せば。最初に湯を注ぎ、麺がほぐれたあとで湯切り口とやらから熱湯を捨て、最後に付属調味料一式を投入せよと書かれているではないか。

 抜かった――! 湯切り式カップ麺は初体験である。既に調味油と出汁を入れてしまっている。今から湯を捨てたら油分も旨味も流れてしまうわけだ。

 諦観した拙者は不承不承、洗面所で湯を捨てると、油も味もない汁なし素拉麺を啜った。せめて無事に作れたソーキそばが救いである。

 習慣、思い込みとは恐ろしい。手順を間違えると、簡単な作業でも思わぬ落とし穴に嵌まるものだ。教訓にするべしべし。

 ――習慣、手順、思い込み……? 

 ふと、あかねが殺された朝餐の風景が蘇った。全員の料理に混ぜられていた毒。あかねが毒殺されたことで食事は中断された。古納言、門舞、拙者、永幽女に理砂。誰が死んでもおかしくはなかったあの状況で、命拾いをした生き残りメンバー。ほんの僅かな時間差で順番を違えていたら――。順。拙者の脳細胞に、あの日の記憶が絡みついて巡り出す。それに伴って、初日からあの朝までの各人の行動が再生される。

 順序だ! やはりあの事件はあかねを狙ったものだったのだ。いや、彼女だけじゃない。優先順位は確かにあかねだろうが、あわよくば次点に、もうひとり狙われていた人物はいる。

 第一の事件の成功。その条件の一部が第二、第三の事件へと繋がっているはずなのだ。2種のカップ麺を平らげて割り箸を置いた拙者は、やおらひとりごちていた。

「マジシャンズ・セレクト……」



                    【つづく】


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