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月【yue】--殺人邸で殺しなさい--   作者: 癒原 冷愛
十三夜月
18/27

XV.血文字の謎



 ――ガターン……


「……いやぁぁっ……!」


 衝突音と悲鳴は遠隔地から届いた。音源は母家(ここ)ではない。悪魔(デビル)塔からだ! 瞬時、拙者は直感的に悟った。しかもあの声は――。

 遊戯室へ続く階段に足を踏み入れようとしていた拙者は、身を翻して悪魔塔へ向かおうとした。

 その時、階上から灯りが蠢き、軋み音と伴に近づいてきた。

 反射的にビクッと身構える。

「しゅ、朱万里さん……?」

 突如、暗がりに現れたのは懐中電灯を手にした門舞だった。

「門舞殿。何故ここに」

 予想もしえぬ鉢合わせに、暫し互いに固まった。

 その時、西浄の方向から新たな光と足音が近づいてきた。ランタンを手にした姫那子だった。

「何故、玄密殿まで」

「こちらの台詞ですョ」

「私はペンダントを探しにきたの。昼間、母家のどこかで落としたみたいで」

 門舞が言った。夜間にシャワーを浴びようと脱衣した時、胸元にあるはずのカメオがなくなっていることに気づいたそうだ。

「蘭舞と私は一心同体。あの子がいないと眠れないから」

 午前0時を回る頃だったが天使(エンジェル)塔を抜け出し、母家へ探しに行く決心をしたそうだ。

「電灯を借りたくて、姫那子さんの部屋に立ち寄って声をかけたのだけど」

 103号室の扉をノックするも、応答はなかったそうだ。

「就寝しているのだとしたら、起こすのは悪いと思って」

 隣室の空き部屋を家捜しすると、予備の懐中電灯を見つけたそうだ。

「それを拝借して母家に辿り着けば、姫那子さんとばったり会ったの」

「玄密殿は何故こんな夜更けに」

 拙者が問えば、

「……ただの巡回ですョ。なんとなく。野生の勘がしたので」

「野生の勘?」

 違和感を覚えて拙者は反芻する。水晶のお告げではないのか。

 当直勤務のナース宜しくランタンを下げて姫那子が徘徊していると、門舞がやってきたらしい。

「事情を話して、彼女と手分けして探すことになったの。私は昼間、月餅君とチェスをした時の遊戯室と食堂を。姫那子さんは廊下とトイレのほうを見てきてくれることになって」

「ところで朱万里様は何故」

 姫那子は抑揚なく問いかける。

「拙者はただモンゴリアンを殺めた罪人が気にな……」

 っと、こんなところで悠長に二元中継をしている場合ではない。こうしている間にも悪魔塔では――。

「とにかく急いで向かいましょう、あの声は悪魔塔から聞こえたわ」

 我に返った門舞が促し、拙者たち3人は現場へ急行することにした。

「そうだわ、愛帆さんを起こしたほうが良いんじゃないかしら。当主ですもの、一緒に――」

 廊下の突き当たりまで来て引き返そうとしたその時、2階からパタパタと足音がして愛帆が姿を現した。

「今さっき悪魔塔のほうから声が……」

 愛帆はいつものメイド服とエプロン姿ではなく、黒のセーラーワンピースを纏っていた。就寝着(ネグレジェ)であろうか。これは萌える。

「では皆で悪魔塔へ!」

 互いに頷きあう。

 闇に暗順応した拙者が韋駄天走りで先頭を切り、ランタンを手にした姫那子、門舞、愛帆が続く。



 廊下を左に折れ、鋼製の扉を放った。

『←Exit. and entrance⇒ $Σ Ω Ⅲ+Ⅶ≒ω Ⅹ $』

 天使塔の扉同様、英字のスペルと謎の方程式がここにも刻印されている。ギィと不気味ないつもの摩擦音が、断末魔の魔女の悲鳴に聞こえた。

 母家と悪魔塔(はなれ)を繋ぐ連絡通路に4つの足音が切迫して響く。重心が4倍になって震動し、電流の如く足裏から伝導する。

『←Exit. and entrance⇔ $Σ Ω Ⅲ+Ⅶ≒ω Ⅹ $』

 ふたたび突き当たった重いドアノブを廻して扉の向こうへ。

 悪魔塔の領域へ入れば、すぐ目の前に2階へ続く階段がある。拙者は邪魔な浴衣の裾を手繰りよせて踏み板を上っていく。間取りは天使塔の造りとほぼ等しい。さらに白昼、門舞と伴に永幽女の自室へ訪れた際に道順は把握している。

 先刻の野太い悲鳴は間違いなく永幽女のものだった。一刻も早く、202号室へ――!

 


 2階に上り詰めれば、反射的に真ん中の扉を視界に捉える。視線の先にあったのは漆寺の後ろ姿だった。

「佃吾様! 佃伍様?」

 202号室の前で彼は懸命にノックをして呼びかけている。

「漆寺殿!」

 駆けつけて呼び止めれば、振り向いた漆寺の表情には明らかに動揺が走っていた。

「み、皆様方どうしてここへ」

「永幽女殿は」

 詳細な経緯は後回しだ。拙者はすぐさまドアノブに手をかけて廻すが、当然の如く施錠されている。

「漆寺殿、館のマスターキーは」

「ございません、初日に皆様へお渡しした純正キー1本のみです」

 漆寺は緊迫した様相で首を振る。

 そうであった、姫那子も言っていた。つまり今、この部屋を開ける唯一の鍵は、中にいるであろう永幽女が持っていることになる。

「漆寺殿、扉を蹴破るのに助太刀願えるか」

 老いているとは言え、彼は男である。力の強さは愛帆たちの比ではないはずだ。

「は、はい……」

 逡巡しかけた漆寺だったが、やがて覚悟を決めたようにラマーズ呼吸を繰り返す。さながら産気づいた妊婦のようだ。

「門舞殿、玄密殿、愛帆殿は下がって」

 拙者は彼女たちを遠ざけた。


 ドン ドン ドンッ


 拙者と漆寺で扉に体当たりする。テコの原理を利用して全体重をかけるが、扉が頑丈に出来ているのか拙者たちの力が弱いのか、なかなかに手強い。互いに呼吸が乱れ、次第にペースが落ちてくる。深夜の冷え込みにも関わらず、浴衣はじっとり汗ばんでいた。

 3人の美女が見守る中、

「し、漆寺殿、今一度……」

片目を瞑りながら顎に滴る汗を手の甲で拭う。

「どいて」

 静かに前へ出たのは門舞だった。拙者と漆寺を左右に押し退け、助走をつけるためか2、3歩後退して深呼吸をすると、


 ドガンッ!


瞬間、門舞の長くて細い足が木の扉にめり込んだ。みしっと傾いた内開きの扉は、やおら音をたてて部屋の中へ倒れていく。漆寺と拙者が何度も体当たりを繰り返し、ガタが来ていたのだろう、門舞の可憐に決めた一撃が見事にトドメとなった。

 とは言え、拙者たちの健闘を差し引いても怪力である。恐ろしや。

 室内に入って、壁に取り付けられた電気のスイッチを押す。目に飛び込んできたものは、床に倒れている永幽女だった。腹部に包丁が突き刺さったまま横向きに伏している。濃紺のゴスロリ服が鮮血に染まり、半開きの唇から血の飛沫が散っていて吐血の跡が見られた。

 部屋に侵入した何者かと揉み合いでもしたのか、ベッド脇の電気スタンドは灯りが点いたまま倒れ、サモワールは床に転がり、窓際にあった平机の位置が大幅に擦れている。

 さらに壁掛けカレンダーが床にずり落ちていた。壁には画鋲が刺さったまま。永幽女の人差し指がカレンダーの、ある部分で止まっている。これはもしや……。

「きゃああぁ……っ」

 愛帆が掠れた悲鳴を上げ、門舞は息を呑んだまま絶句した。

 姫那子は静かに惨状を見下ろしているだけである。その冷淡な水色の瞳からは、何を思っているのかは一切読めない。

「こ、これは……!」

 恐怖に慄く漆寺。暫し震撼すると、やがて意を決したようにゆっくりと永幽女に近づき、だらりと伸びた左手をとって脈を計る。

「……残念ながら」

 年長者としての役目を全うする眉雪の表情は、悲壮感に包まれていた。

 ナイトテーブルの上には、202と札の付いた純正キーが置かれてある。

 窓にはクレセント錠が掛かったままだ。拙者は窓辺に立つと、しっかりと施錠されているのを確認してからクレセント錠を下ろした。指先に伝わったのは柔らかい感触だった。

 2階のガラス窓は、食堂に施された嵌め殺し窓のような複層ガラスの類いではない。厚みは2mmほどの薄いフロートガラスで作られている。

 開け放てば、窓の外には1メートルほど先に柱が立っているのが見えた。下辺の窓枠(サッシュ)に相当するくらいの微妙な長さの、あの柱だ。身を乗り出して手を伸ばしてみたが、やはり届かない。

 3メートルほど先に、対面する母家本館の部屋が見える。初日の夜、愛帆に導かれて入ったあの物置部屋である。あの夜に見えたのは此処――202号室、永幽女の部屋だったのだ。窓の大きさも柱の位置と長さも、左右対称(シンメトリー)と言って良い。

 違っている点と言えば。この部屋のクレセント錠は、窓に対して垂直にレバーを上げ下げするものではなく、窓に平行して横向きに取り付けられているタイプであること。さらに悪魔塔側の柱は、天辺(てっぺん)の中心部に長方形の窪みが見受けられたことである。

 ふと僅かに物音と気配を感じて視線を動かすと、門舞がナイトテーブル下に屈んで何かを掴み、手のひらに隠し持ったところだった。2、3秒の早業である。

「こ、これはまさか」

 状況を察したのか、拙者の背後にいた漆寺が狼狽しながら窓辺に身を乗り出してきた。地上を見下ろし、窓に手をかけ、今一度現状を確かめると、

「密室――!」

老君は武者震いをしながら結論を下す。

「それじゃあ、もしかして自殺を……?」

 憮然たる面持ちの愛帆が口元を手で覆う。

「待って。これは何かしら……?」

 両腕を胸の前でクロスし、肘を抱えていた門舞が恐る恐る死体のそばを指差した。床にずり落ちたカレンダー。


《2018年1月》*睦月*

 迎春 ㍻三十年 干支[戊戌]


【日】【月】【火】【水】【木】【金】【土】

 Sun Mon Tue Wed Thu  Fri Sat


 死者が残した最期の文字。血に染まった永幽女の指先が指し示していたのは、【月】……だった。



                    【つづく】



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