兄ぃの頼み事
「ザキ、お前に頼みたいことがあんねん────」
米良の兄ぃに呼ばれた俺は兄ぃの行きつけの店の個室で酒を飲んでいた。
俺の名前は山崎 薫。所謂ヤクザ。関西で最大の暴力団、間同一家の二次団体の珠文組に所属しとる。
とはいえ大したシノギも持ってへんから、日々小銭を稼ぐチンピラ同然。
こうして舎弟頭で兄貴分の米良の兄ぃにご馳走になったり、小遣いを貰って日々を暮らしとる。
そんな兄ぃが俺に頼み事?
嫌な予感しかせぇへんけど世話になっとる分、断るわけにもいかん。
「はい。なんでしょう兄ぃ。」
「お前───────、もっと上行きたないか?」
「そりゃ自分もこの世界で生きてくつもりやさかい、もっともっと上に上り詰めたいとは思ってます。」
「せやなぁ。せやろなぁ。でもお前ロクなシノギも持ってへんやろ?」
「はぁ…。」
なんやいきなり。もしかして俺にシノギの1つ任せてくれるんか?
「せやからな、頼み聞いてくれんか?悪いようにはせぇへん。」
そうやった。頼み事言うてたな。なんなんやろ。
「もし───────、組長が引退したとして、もしやで?跡目は誰になると思う?」
「えぇ?そりゃ若頭の井尾の兄貴ちゃいます?」
「まぁ当然やな。ほんならその若頭の席には誰が座ると思う?」
「えっと…順当に行けば兄ぃか……冷土の兄貴ちゃいます?」
冷土は兄ぃの兄弟分。昔から仲が良くないのは知っとったし、冷土の兄さんの方が若頭には気に入られとった。
「そやな───────、そうやなぁ。」
「邪魔やと思わんか───────?」
え、ええ?もしかして俺に冷土の兄さんのタマ取ってこいって??勘弁してや───────
「せやからな、お前、若頭やってまえ。」
は?
は?
はぁ??
何言うてんねんこの人!若頭言うた?若頭言うたで??
正気やないで??
アカンやつやん!絶対やったらアカンやつやん!!
「いっ…いや、でも若頭いなくなっても…冷土の兄さんおったら結局んわからんのちゃいます?」
「そうやなぁ。だからな、冷土は俺がやる。」
「いやいや、いくら兄ぃでも同門やったらタダですまへんでしょ?」
「ちゃうわ。俺はな?井尾の若頭のタマ取った冷土のタマ取って、若頭の仇とんねん」
ん?どういうことや?
「わからんか───────?」
「筋書きはこうや───────」
「冷土は次期若頭を狙っとる。せやからまず、若頭をやってまうねん。しかし現場にうっかり拳銃を忘れてしまいよんねん。」
「殺された若頭、残されたのは冷土の拳銃。組総出で冷土を探すやろな。」
「そこで若頭を慕っとって、怒りに狂った俺が冷土のタマ取って仇を打つ。若頭も冷土も居なくなった組、次の若頭は…って事や。」
「せやからまず先にコレ渡しとこか。」
そういって兄ぃは新聞紙に包まれた「拳銃」を机に置いた。
「コレは…」
「冷土のベレッタや。あいつが大事そうに手入れしとるの見たことあるやろ?」
「それをなんで兄ぃが?」
「冷土のアホは月に1回コイツを手入れする───────が、それ以外はある場所に隠しとるんや。そいつを持ってきた。ルートは内緒や」
「なるほど…」
「弾もある、使い方はわかるな?」
「はい…一応…」
「ほんならチャンスは明日やな。」
「明日、組長は若頭と本家に顔を出す。上納金納めにな───────。その帰り、若頭は組長と別れたあといつも同じ店で飲む。その時は基本的に若頭1人や。」
えぇ───────。
めっちゃ巧妙やん。
めっちゃ計画立てとるやん。思いつきちゃうやん。
しかもこれ聞いてしまった以上絶対断れんやつやん。俺が?え?ホンマに言うとるん?ほんまやんな?冗談言う人ちゃうもんな。
「ほんで、その後が大事やな。俺が他のもん集めて飲んどるからお前もその店に来い。拳銃は現場に置いてこいよ?ええな?」
「はぁ…」
「そんで、若頭やけどな、閉店時間になったらいつも馬樹が迎えに行くみたいや。せやから最初に発見するんは馬樹になる。こっからやな。」
馬樹…俺よりも前に組に入った若衆やが、どうやら若頭の口利きで組に入ったらしく、若頭の付き人をしているいけ好かんやつや。
「俺は閉店時間の少し後、まぁ12時に閉店しよるからその5分後くらいでええか。若頭の携帯に電話をかける。要件はなんでもええ。死んどるんやからな。恐らく若頭の死体発見した馬樹は若頭の携帯が鳴ればそれに出るやろ。」
「馬樹は俺に言うやろな、若頭が死んどると。それ聞いた俺は、言うわけや」
「あぁ!?何カマシこいとんねん!!んなわけあるかい!!」
「そしたら馬樹は「ホンマです!ホンマに死んどるんです!!」って言うやろな」
「ほんなら俺は、周りに誰かおらんのか、どこにおるんか、細かく聞くわけや」
「ほんなら馬樹は電話の途中見つけるやろな、お前が置いてった拳銃を。」
「馬樹も冷土のベレッタ見たことあるやろうから、すぐに気づいて俺に言うやろ」
「冷土のベレッタがここにある、ってなぁ。」
なるほど。大体わかった。
兄ぃは冷土をカタに嵌めるつもりや。
「でも兄ぃ…」
「わかっとる。」
米良は薄ら笑いを浮かべた。
「冷土にアリバイがあったら元も子もない。やろ?」
「大丈夫やで…ククッ…」
「冷土な、もうガラ攫ってもうたから」
はぁあああああ!?!?
何してんねん!この人アホか!?もう全部俺が協力する前提で事進めてるやんけ!!
なんなん!?どこまで勝手なん!?なんで俺この人と盃交わしたん!?えぇええええ!?
「ガラ…攫ったって…ホンマでっか?」
「あぁ。たまには2人で飲もうや言うてな、俺が経営しとる店連れてってな、トイレ行く言うて席立って後ろからビビビや…笑ったわァ」
ビビビってアレか、スタンガンか。
何がおもろいねん。笑うポイント1個もあれへんやん。
「今はその店ン地下に監禁しとる。携帯の電源も切っとるから、誰にも連絡できひん。」
「飲みに行くのも、あいつが一人でいるとこ見計らって誘ったわけやから誰にも見られとらん」
「あいつはそもそも自分の女ァ若頭に寝取られとるからな、動機も十分や。」
「せやから誰も疑わんねん。冷土が若頭のタマ取ってガラ交わしたとしても、誰も不思議に思わん。」
怖いわ。俺ヤクザなってから初めてこの人の事ここまで恐ろしいと思ったわ。
映画やん。映画の話やんコレ。
断ってええの?あかんよな?もう監禁してんねんもん。俺それ聞いてんねんもん。
断ったら俺が大阪湾沈められるパターンやん。
道頓堀ダイブちゃう。大阪湾や。底に沈んで翌年にはシャコがよう捕れますね、ってやかましいわ!!
「おい。」
「はっ、はいっ。」
「なんやお前さっきから黙りこくって。イモ引いてんちゃうんかコラ」
「いやいやまさか…」
「ほんなら、やってくれるな?お前にしか頼めへん事や。」
「わかりました。自分も兄ぃに上行ってもらいたいさかい、やりましょう。」
「よう言うてくれた。コレで俺が若頭なった暁にはお前が舎弟頭、ゆくゆくは───────な?」
「シノギも若頭のと冷土のがコッチに回ってくるやろ。まずそれをいくつかお前にやる」
シノギが回ってくる…。
要はこれさえこなせば俺も幹部。シノギも増えて金にも困らんし組に収める金も増える───────。
悪い話やない。
悪い話やない。
若頭にはなんの恨みもあらへんけど、命とシノギには変えられへん…。
「ほなまた明日電話するさかいに。」
「まぁゆっくり飲んでけや」
そういって兄ぃは会計を置いて出て行った。
俺は飲みかけの、ぬるくなったビールを飲み干したが、なんの味もせぇへんかった。