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幻影

幻影:C男

作者: 希志魁星

俺はポツンと独りぼっち。

ふと気付いたら、仕事も、家族も、友人も、彼女も、すべてを失っていた。




元々の俺は公私ともに充実していた。

仕事は順風満帆、プライベートでは家族仲が良過ぎて、実家暮らし継続中。友人関係も良好。


今思えば、きっかけは、彼女と出会った事だ。


それは合コン。

幹事は、男子側は友人、女子側はヤツの職場の同僚。

5対5の、ちょっとにぎやかな席になった。会場はこじんまりとした大衆居酒屋。

当初、彼女は不在。女子の幹事が言うには、仕事で遅れるらしい。

話の通り、30分ほどで到着した。

見た目は特に派手でも地味でもなく、目立った特徴も無く、いたって平凡。

職場から直行したんだなぁって感じ。服もメイクも、お仕事モードにちょっとオシャレさをプラスしてる。


「みんなゴメンね。幹事には伝えておいたんだけど。今日のノルマが定時で終わらなくってさぁ。終わって会社を飛び出したら、今度は電車が人身事故で止まってたのよぉ。でもさぁ、今日に限ってさぁ、こんなことって、ある?あっていいの?ってか、アリエナイでしょ!」

到着早々、しょっぱなから彼女節炸裂。

ちょっとトボケたところもあるのだけど、それが絶妙なボケになる。

ボケが彼女一人、対するツッコミは残り9人の、お笑いグループ爆誕。

ドッカンドッカン、ウケにウケ、テンションは爆上がり。っていうか、気付いたら他の席のお客が、文字通り観客になって、一緒に盛り上がった。店内はさながらお笑いライブ。

終わってみれば、笑い死んだ死屍累々。翌日、腹筋の筋肉痛に襲われる。そこまで笑った。

その日は、誰一人として彼女と連絡先を交換「できない」。彼女が「乱入」する前に、残り9人の間では交換済みで、彼女とは交換するヒマすらなかった。


翌日、女子の幹事から連絡あって、彼女の意思で参加者全員に伝えてほしい、ってことで、連絡先ゲット。早速連絡してみた。

彼女的には、俺は好感触だった。

合コンでの、リアクションと言うかウケてる姿が、一番ツボだったらしい。

「アナタのお腹がよじれる程、また笑かしてやる!」と、ゴキゲンの様子。

その後、仕事帰りに逢うようになり、食事、お酒、週末デート、と急速に親密になっていった。

彼女と一緒に住んだら、毎日が楽しいだろうなぁ、って思うようになった。

彼女も同棲には乗り気で、早速アパートを借りて引っ越した。


彼女との同棲は、楽しい。

というか、楽しかった。


初めは合コンの時のように、アパートの部屋は笑いに包まれていたが、

徐々に、彼女が変わっていった。

俺は笑い転げてばかりで、ツッコミ役としては力不足だった。

彼女の天然系ネタは、不発で終わることが増えてきた。

それと共に、彼女は不満が募ったらしい。


次第に、彼女はわがままを言い始めた。

夜中にアイス食べたいだの、真冬にメロン食べたいだの、中華料理店でメニューを見ながらイタリアンを注文するだの。俺はマジメに対応したけど、彼女はツッコんで欲しかったらしい。

そのうち、友人と飲みに行くことに制限を始めた。エスカレートしていき、メシを食べに行くことも止められた。「アタシと友達と、どっちが大事なの?」「友達って言うけど、浮気してんじゃないの?」

彼女だって友達は居るし、食事や飲みにだって、行くじゃないか。

俺は渋々、友人との付き合いを減らしていき、1ヵ月を過ぎる頃には誘いに乗らなくなった。

付き合いが悪くなったせいで、友人は徐々に離れていった。


それが過ぎると、今度は出社することにまでケチをつける。「アタシと仕事と、どっちが大事なの?」「仕事っていうけど、会社に新しい彼女でもできたの?」ん?どっかで聞いたような。。。

彼女だって会社員だし、平日は仕事してるじゃないか。

残業を断ることが増え、遂には残業をすべて断ることになった。

それなのに、彼女は週1ぐらいで残業する。特に曜日は決まっていないみたい。


しまいには、「会社に行かないで、浮気を辞めて。」俺は困り果てた。

彼女の信頼を勝ち取るために、と、俺は有給休暇を使いまくった。

その有休も残り1日となった時の事だった。




その日は週末の土曜日。

家族は別居する俺を抜きにして、ドライブがてら買い物に出かけた。大型ショッピングセンターで1週間分の食料品と、他に目ぼしいものを探すというのだ。


夕方、警察署から電話。

家族が転落事故で入院しているという話。

慌てて病院へ向かった。


時すでに遅く、全員息を引き取っていた。父と母はほぼ即死、3歳年下の妹は意識不明だったが、俺の到着を待たずに亡くなった。突然家族を全員失ってしまった。

道路に残ったタイヤ痕から判断するに、山道を走っていた一家は、対向車がはみ出したのを避けて、がけ下に転落したらしい。肝心の対向車は、とうとう発見されなかった。


彼女は最後の牙を剥いた。


「事故の被害者なのに、おカネも取れないの?!」

「最低ね。お金のないあなたなんで、生きている価値ゼロ。」

「アナタなんて何のオモシロみも無くなったくせに、良く生きていられるわね。」

精神的DVだ。


徐々に、彼女がアパートへ帰ることが減った。


忌引き休暇はもらえたが、家族の死後の対応で、忌引き休暇どころか有給休暇を充てても足りない。

事ここに至って、俺は痛恨の一撃を喰らう。

これまでの勤務態度、特に彼女と付き合い始めてからの最近が「評価」され、休職の申請は却下され会社を辞めることになった。


身辺整理をしている最中、彼女はアパートに帰らない。

「アナタが辛気臭いから、友達の所に行ってるね。」

身辺整理が終わっても、彼女は戻ってこない。

終わったことを伝えるにも、電話は出ない。SMSやSNSは既読無視。

数日後、ひょっこり現れた彼女は、とんでもない爆弾発言をする。

「アナタより好きな人が出来たの。別れましょう。荷物を取りに来たわ。」

新カレを伴っている。

友達の所っていうのはウソ。新カレの所で同棲していたのだ。




後で知ったのだが、彼女の残業はウソ。

新カレとは、残業が増えた頃に付き合いが始まった。

合コンに参加したり、そこでお気に入りを見つけては、キープする目的でたまに会っているのだ。

新カレは、そのキープ君の一人。俺に愛想が尽きた彼女は、あっさりとキープ君へ乗り換えたのだ。

彼女の天然っぷりもウソ。抜群に斬れる頭で演じぬいた、別のキャラ。

お笑いのセンス、俺へのアプローチも、その後のフェードアウトも、斬れる頭で考えた末。

合コンの事だって、遅刻から身なりまで、すべてが計算尽くし。人身事故は偶然だが、それすらもネタに取り込んだ。

あまりにも自然だったので、まんまと騙された。


彼女と知り合った合コンの、男幹事から、すべてを聞いた。俺が徐々に仲間から離れていくことに責任を感じ、事あるごとに彼女の周辺をさりげなく探っていた。俺へのけじめと餞別として、この話を伝えた後、元幹事は俺の前から消えた。電話もSNSも繋がらない。




俺はポツンと独りぼっち。

ふと気付いたら、仕事も、家族も、友人も、彼女も、すべてを失っていた。




俺はアパートにひとり残された。

解約して、実家へ戻った。


しばらくは遺品を整理しながら、のんびり暮らそう。

と言っても、貯金はほとんどない。

彼女のわがままに付き合わされたせいだ。

ひと月もすれば、実家にも住めなくなる。

ここも引き払って、田舎に住む遠縁の親戚を頼ることにした。


そこで再起を図るのだ。


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