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小さいときの刷り込みでなかなか離れてくれない幼馴染から離れようとしたら、余計に迫られてます!?  作者: 鶯埜 餡
(番外編)過去と今と未来と

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ハレの日に

[注意]

大筋としてはハッピーエンドというか、ほのぼのストーリーですが、取りようによってはビターな内容なので、苦手な方は読まないことをおすすめします。

「なにかあったんですね」


 ツーブロック姿の青年、伍赤葵は行きつけのバーに入ると、カウンターには知り合いの男が突っ伏していた。わずかに横向いている顔は嬉しそうである。その男の隣に座り、注文と同時にマスターに声をかける。二人の親ぐらいの世代のマスターはカクテルを作り、葵に差しだしながらええ、嬉しいことがあったみたいですよと笑う。

 あと二日で正月。

 一応店内は暖房が効いていたが、念のために葵が上着をかけておく。起きる気配がなかったのでしばらく葵が一人でちびちびとお酒を飲んでいると、寝ていた男がむにゃと言いながら体を起こした。

 何年か前までは、男が首領を継ぐまでは、従妹の少女と見間違えしまう容姿を本人の希望もあってしていたが、今では完全に見分けがつくようにと髪には緩やかなウェーブがかけられている。


「榎木さん、とっても嬉しそうでしたね」


 彼が起きたことに気づいたマスターは一杯の水を差しだすと、一気にそれを呷る。

 その間も葵とは一切喋らなかったが、コップを置いたあと嬉しそうにぼんやりとしていた彼にそう尋ねるとああ、嬉しいと返ってきた。


「なにがあったのか教えてもらえませんか?」


 普段の彼はあまりこういった感情を表に出さないので、理由が気になった葵は尋ねてみた。

 二人がそれぞれ首領を継ぐ前から知り合いだったが、葵にとって榎木は気難しいという印象しかない。とくにこういった対外交渉の場では。

 その彼が"嬉しい"という感情を出す理由。

 おそらく彼自身のことではないだろう。可能性としては彼の妻子か、彼の弟子か、それとも……ーー


「もちろんだ」


 お前も関係あるしなと彼の従妹と同じような柔らかな笑みを浮かべた榎木は、ポツリと話しはじめた。




*   *   *   *   *   *



 その日の昼だった。


 従妹であり、母方の実家である皆藤家に引き取られ、首領を継いでいた櫻に榎木は呼び出されていた。

 それ自体は特別なものではなく代々伝わる儀式の話であり、榎木の子どもである棗にかかわるもの。

 すったもんだあって二回目の首領である彼女はさすがにしっかりとしていて、儀礼的なやりとりは安心できるものだった。


「あいつはいないのか?」


 一連のやりとりが終わると、皆藤の側仕えたちが従兄である榎木に気を利かせて部屋から退出した。昔ならばすぐに彼に抱きついていた彼女だが、今はそんなことはしない。

 そのかわりに縁側に並んで座るように指示された。

 榎木は差しだされた茶菓子を食べ終わると、気になっていたことを尋ねる。

 いるわけないじゃんとあっけらかんとした返事が返ってくる。


「そもそもここには寄りつかないし、今朝から用事で和国に行ってるよ」


"あいつ"というのがだれなのか、すぐに察した彼女はふふと笑う。

 榎木は笑っている彼女がずいぶんと柔らかくなったなという印象を抱く。幸せそうなのは六年前からだが、それでもそのときとはなにか違っていた。


「寂しくないのか?」

「ううん。あのときに比べたら全然」


 なんだよ、その貫禄。

 というか、相変わらずだな。ラブラブっぷりを見せつけてきやがるのは。

 心の中ではそうボヤく榎木だが、彼女の気持ちもわからなくない。


「しかし、資格はあるにもかかわらず十鬼にも入らず、この家にも近寄らないなんてあいつらしいな」

「まったくだよ。でも、それを選ぶことはわかりきっていたし、ソウの考えもわかる。だから私は落ち着いていられる」


 一応公表はしてないものの、皆藤家の婿という扱いであり、現《十鬼》と遜色ない強さを持つ男は頑として《十鬼》入りを拒否した。

 昔ならばなんとしてでも入らせた櫻だが、今では物わかりがよくなりすぎている。無理してないかと心配になったが、そうでもないようだ。

 そんな関係性に榎木はおもわずチッと舌打ちする。決して二人に嫉妬しているわけではないはずだ。

 多少は自分よりも後に出会った男に彼女を取られたという複雑な気分ではあるのだろうが。


 そのとき中庭の向こうから子どもが走ってくる音、そしてそれを止めようとする声が聞こえた。

 走ってきた少女は従妹に思いきりタックルを決める。

 少しだけボーイッシュな彼女はそもそも小柄な従妹を子どもの力とはいえ抱きついてきた勢いで押し倒してしまっているが、それを退けようとしない従妹。


「お話合い終わった?」


 少女の問いかけにどうしようか迷った櫻だが、押し倒されたままでは格好つかないと思ったのか、うまいこと起きあがって少女を抱きあげる。


「はいはい。もう少ししたら遊ぼうね」


 慣れた手つきで頭をよしよしとする櫻。

 その光景に榎木は悟った。


「お前……まさか……」

「うん。バレちゃったね」


 あっけらかんと笑う彼女の雰囲気が変わった理由。

 彼女と少女の関係性。

 ここにはもう一人、いるべき人がいないだろうと思ったが、それを指摘するかわりに別のことを尋ねてしまった。


「当たり前のこと聞くが、アイツが父親……?」

「当たり前でしょ。見てごらんよ?」


 ジト目で返答されたた挙句、ちゃんと見てから言ってよねとひょいと少女を渡され、慌てて受け取る榎木。頭のてっぺんから足の先までしっかりと見た彼はすまんと謝る。


「二人にそっくりだ」

「おじさん、だぁれ?」


 目を細めてそう呟いた彼に不思議そうな目を向ける少女。


「ああ……すまない。俺は……お前の親戚のおじさんだ。一松榎木という」

「そうなんですね。はじめまして、私は皆藤淡雪、三歳です」

「そうか……ふふ」


 淡雪。

 春先のうっすらと積もって消えていきやすい雪。


 二人(・・)の関係からすると、一番適している名前だろう。

 ちょっとだけ感慨深くなった榎木は少女の頭を撫でる。ちょうどそのとき、彼女がここに来るのを止めようとしていた女性が入ってきた。


「さ、淡雪。もうちょっとこのおじさんと話したいことがあるから、(にれ)さんのところで待ってて頂戴」


 榎木の腕の中から楡に渡された淡雪はうん、わかったと素直に頷き、ばいばいと手を振りながら去っていった。

 二人が去っていったあと、榎木はおもむろに櫻の頭をなでる。


「なに?」


 少し緊張していたのか、ツンとした反応をしてきた。


「いや、あの泣き虫がもうお母さんなんてな。幸せそうでなによりだ」

「……幸せでいいのかな?」


 からかい気味にそう言うと、ポツリとこぼした櫻。その言葉に榎木はマジかよと手を止めてしまった。さっきまではどう見ても幸せそうだったのに、なにがあったんだと真顔になる。


「もしかして離婚の危機なのか」

「ううん。そうじゃないの……そうじゃないの。本当に私が幸せになっていいのかな?」

「どういうことだ?」


 斜め上の想像してしまった榎木だが、そうではなかったようだ。

 一拍おいてから、ポツリと語りだす櫻。



「私ね、あの子を身ごもったときに、お医者さんに言われたの。『もう二度と妊娠する可能性はないだろう』ってね。『治療をすれば妊娠するかもしれないけれど、それでも可能性は限りなく低い』とも言われたの」



 櫻の告白にな!?と驚いてしまった榎木。


「まったくだよね。いくら遺伝のせいとはいえ、せっかくずっと好きな人の隣にいる権利を得たのに、その人との子供をたくさん産めないなんて……ソウは」



 これだから櫻は。

 そう榎木はため息をついてしまった。


 昔からずっとそう。

 ソウと一緒に高校通ってもいいかなとか、これからもソウと同じ関係性でいられるかなとか、ソウのずっと隣にいてもいいかなと尋ねられた。

 自分のことなんて、男性としては一切見てないからこそ尋ねていたと榎木は理解している。そして、その彼女が好きな男のことも彼女と同じくらい理解しているつもりだ。

 だから彼女がこれ以上、マイナス思考に陥らないように先に結論(こたえ)を言った。



「あいつはお前を、皆藤櫻を愛することを選んだんだろう?」



 榎木が櫻を抱きしめることはしない。それは違う人の役割だから。

 それでもきちんとかけられる言葉はある。

 どうやらおんなじことをやっぱり(おっと)に言われていたようだ。櫻は目をパチクリさせている。


「あいつの性格なら俺も知ってるからな。絶対にお前が痛くて辛い、そして賭けのような思いをしてまで子供なんて望まない。それにたとえ俺があいつの立場であっても同じ選択をする」


 言い終わって櫻を見ると蒼い瞳から涙がこぼれ落ちていた。

 それでも、彼女には一切触れない榎木。

 きっと彼女はきちんと自分の中で消化するし、もしできなくてもきちんと話す人がいる。


「だから、あいつに愛されることだけを考えろ」

「いいのかな?」

「そんなこと聞かなくてもわかってるだろう」


 ようやく落ちついたようだった。

 その時点でもしこの部分をあいつが見ていたらどう思うだろうかと焦ったが、まああいつのことだから大丈夫だろうと少しだけ役得な気分になる。


「しかし、そんなにも……ああ、だからか。三年前の新年会、すごくダルそうだったし、模擬戦を体調不良で休んだのは」

「うん。淡雪ちゃんを産んだ直後だったから、どちらからも許可下りなかった」

「そうだったのか」


 新年会では毎年、皆藤家を含む五位会議の首領と次期首領、《十鬼》による模擬戦がある。三年前の一度だけ見学しているのを思いだした榎木に櫻はコクリと頷く。

 淡雪のはしゃぐ声が遠く聞こえる。


「そういえば彼女にあいつのことは?」

「本当のことは話してないよ。"逃げた"とだけ」

「はあ!? あいつはそれで」


 近くにいるのに名乗らない理由。

 それを決めたのはだれなんだろうかと問い詰めようとしたが、先に櫻が続きを言う。


「それが一番の最善でしょ? それに、それはソウが提案したの。『一番その理由がだれにとっても(・・・・・・・)安心して過ごせる方法だ』って」


 榎木はそれを聞いて納得、理解した。

 さっき俺自身が言ったことだなと。

 彼は皆藤家という扱いをされたくないのだ、と。


「ったく、あいつは」

「だからいつかは話すかもしれないけれど、そのときまでは、ね」


 苦笑いをした彼に櫻はそうなのと頷く。

 しばらくだれもいない彼女のそばにいてもいいが、多分だれもそれを望まない(・・・・)

 立ち上がって帰ろうとした榎木はふと立ち止まって櫻に声をかける。


「櫻」

「なに?」

「いつか、この生活が辛くなったらいつでもこの家を出ろ。俺らは、少なくとも五位会議はお前らを全力で守る。お前たちにすべてを背負わせたわけだから、それぐらいなんてことない」

「……うん、ありがとう」


 もう彼女たちには必要ないだろう。彼女たちは逃げるという意思はないし、もし逃げるのならば彼らが手助けする領分ではないだろう。

 榎木も理解しているが、それでも言っておきたかった。

 櫻も彼の気づかいを知りながらも素直に頭を下げる。

 じゃ、また明後日な。

 そう言って、榎木は皆藤家を後にした。



*   *   *   *   *   *


「『遺伝のせい』ですか……」

「多分皆藤家の呪い、じゃないだろうか」

「ええ……そうですね」


 皆藤家の呪い。

 榎木も葵も噂には聞いたことがあったが、実情は知らない。ただなんとなく脈々と受け継がれているから、そういうものだと認識しているだけだ。

 しかし、考えてみるとそうだろうと言える。

 というのも、彼女の母親も彼女一人しか産んでいない。すでに調べられないとはいえ、彼女が一松家に嫁いでからのことを考えると十分あり得る話だ。


「櫻のことを考えたら素直にめでたいとは言えないけど、俺としてはめでたいと思いたい」

「そうだねぇ。僕もそう思うかな。ついこないだ総花と食事したけど、そんな雰囲気をみじんも見せてくれなかったよ」


 注文したカクテルを飲みながら、述懐する榎木と葵。だましやがってと榎木はぼやくが、その顔は嬉しそうだった。


「でも、仕方ありませんよね。彼らにとって、僕たちは信用できても信頼に足る存在ではありませんから」


 葵は単語の一つ一つを考えながら出す。

 信用できても信頼できないとはどういうことだと榎木はむっとした口調になるが、ちゃんと説明しますからと葵に窘められてしまった。


「僕たちが知ったら、当然ほかの人たちにも伝わると彼らは考えたのでしょう。それを恐れて、でしょうね。僕たちのように彼らを祝福できるものばかりではないですから」


 またもや考えながら吐き出された言葉に、榎木の頭も冷やされる。

 たしかに櫻は戸籍上は結婚したし、かかわりのある家は彼らの真実を知っている。しかし、対外的には未婚という状態であるので、もし子供のことを公表した場合、父親はだれになるのかという話になる。


「それをネタに面倒なことが起きるのは、榎木さんならわかりますよね?」


 一松家のお家騒動。もとはといえば榎木の伯父にあたる人物――櫻の父親が起こした問題によるものだが、それのせいで櫻の両親が死んでいる。それ以外にもこの世界では大なり小なり、常々お家騒動が起きている。それを収めるのに各家首領が苦慮しているのは榎木自身、その立場であるのでわかっている。

 そしてそれを痛感している――一番の被害に遭ったと断言できるあの二人にとってはそれだけはなんとか避けたいものだろう。

 だから彼らはすべてを偽ってでも、実の娘にさえ偽ってでも互いに互いを守る決意をしたのだろう。

 相変わらずだなと罵倒したいが、罵倒できない。

 それぐらい彼らの意志は正しいものだから。


「彼らの気持ちがわかります」

「まったくだな。私もそう思うが……しかし、あいつらがそういう状態だったとはな。なんか気づいてやれなくて悔しいというか……結婚して三年しか経ってないくせに、おしどり夫婦になりやがって」


 突然割って入った声に驚くが、彼女も五位会議の一人。彼女――紫条家首領の小萩も榎木や葵ほどではないが、彼らの実情を知っているから聞かれて困ることはない。


「まあ距離をおいていた六年はあったにせよ、出会ってからは二十年超えてるしな」

「よう。だが、今まで隠していた罪は重いな」


 彼らをおしどり夫婦と評価したのは間違っていないだろうと頷く男二人に、微妙に拗ねている小萩。

 どうやら実情を知っている人間に対してだけでも、かたく口止めさせたうえで教えてくれればいいのにと思ったようだ。

 榎木がまったく本当だと同調すると、じゃあ、なにかあいつらにロクでもないもの送ってやろうじゃないかと提案する小萩。

 もちろんきちんとしたものを送るだろうが、彼女らしいユーモアだろう。


「そうしようか。葵はどうするか」

「もちろん、僕も乗らせていただきますよ。僕たちにさえ黙っていた罪は重いですからね」


 それに乗らない葵ではない。

 四歳下の従弟になにを送ろうかと、スマホで早速調べはじめる。

 マスターまで加わり、店のタブレット端末で三人顔を突き合わせてワイワイと朝まで選んでいた。


 そこには彼らへの保護者のような温かい感情だけがあった。





 そして後日、三人分とは思えない大量の祝い品が総花のマンションに届き、それをどうやって皆藤家に届けるのか迷ったのはまた別の話。

解説は2021年3月22日活動報告に書かせていただきます。

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