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小さいときの刷り込みでなかなか離れてくれない幼馴染から離れようとしたら、余計に迫られてます!?  作者: 鶯埜 餡
遠い未来、遠い今、遠い過去

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未来へ

 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


「ソウ、起きて」

「……もう時間か」


 ()は声をかけられたので、目を渋々開ける。


 重厚な調度品に質の良いソファ。


 視界に入ったそれらを眺め、そういえばここが立睿高校の理事長室だったということを思いだした。


「うん、とっても気持ちよさそうだった」

「ああ」


 この部屋の主は無邪気に笑って俺を撫でる。

 おいおい、それ立場が逆じゃないか?


「ねぇ、ソウは後悔してない?」

「後悔?」

「うん。皆藤家でもないし、伍赤でもない。五位会議だって参加できない中途半端な立場。ここだって、私の夫として認めてもらえない」


 彼女の心配になんだそんなことかと苦笑する。

 そんなこと……ーー気にしてないのに。俺は彼女をしっかりと抱きしめる。気持ちよさそうにじっとしている彼女。


「今日は遅くなりそうか」


 俺は書類を持って部屋を出る前に、彼女に尋ねる。


「ううん」


 そうか。

 まあ今は六月だから、そこまで急ぎの業務はないか。とはいえ、彼女の業務は高校(ここ)だけではない。大学とかもあるから、そちらの方で忙しいときもあるから、互いの忙しくないときというのは貴重だった。


「じゃあ、こっち(・・・)が終わったら迎えにくる」

「ありがと」


 最近はむしろこちらが忙しくて彼女の相手ができなかったから、久しぶりに外食でもするか。彼女の好きなカフェ・ド・グリューでもいいかもな。

 また後で。

 俺は彼女の頬に軽くキスをして、部屋を出た。







 目的の部屋に行く前に保健室に立ちよる。

 どうやら部屋の主は不在だったから、勝手にお邪魔し、彼女の机の上に置いてあった書類を数枚とって、ベッドの上で読んでいた。

 なるほど。

 食中毒の季節だから、その予防のためのマニュアルか。


「あら、来ていたのね」


 時間はそんなに経っていないはずだが、横からひょいと読んでいた書類をとられる。

 お邪魔していますと笑うと相変わらずいけない子ねぇと呆れられるが、俺は知ったことではない。

 もう一人の生徒ではないのだ。


「こちらでもこれを買おうと思ってたんですが、よければシェアしません?」

「いいわよ。ちょっと量が多くて困っていたのよ」

「こちらもそうだったんです」


 ちょうど消毒用品を買おうと思っていたのだが、業務用だと若干(・・)こちらが欲しい量よりも多いのだ。

 こちらの計画書を見せると彼女、胸の大きい養護教諭が笑顔でひったくって読みこみ、苦笑する。


「それはそうと今年度(・・・)のお嬢さんは元気そうね」

「まったくです。櫻のような感じかと思ったのですが」


 紅茶を淹れてくれたので、ありがたくいただく。


「首領は特別よ?」

「そうですね」


 そりゃそうだろ。


 櫻は特別だ。


 でも、ちょっと今年のお嬢ちゃんはやらかしてくれたから、もう一度(・・・・)命の危機にさらされるところだったと言ってもいい。


「正直あなたたちの二の舞にならなくて、よかった」

「…………」


 まったくだ。

 二度と俺らのような存在は生まれてほしくない。


「三年前、総花君があの燃えてる建物から出てきた瞬間に、中でなにかが爆発した。とっさの行動みたいだったのね。あなたは近くにあった水がめ(・・・)の中に飛びこんだ。そこから見つかったとき、櫻ちゃんがまた発狂しそうになってたんだから」

「でしょうね」


 そうだったらしいということを、櫻自身からも聞いている。

 起きた瞬間に櫻に抱きつかれ、それでもう一度意識を失いそうになったというオチ付きで。


「もうだれも自分自身を犠牲にしてほしくない」


 茜さんの言葉にこの三年という月日がどれだけ平和だったか、思い知らされた。


 俺は今、『陸亀総花』として生きている。

 炎の中から一応、生還したわけだから、一身上の都合での首領返還も認められ、葵さんにすべてを託した。

 その人間が『伍赤』を名乗り続けるわけにはいかない。

 自分から出ていった人間が、まだ居座っているのかという誤解を招く可能性があるからだ。

 そのあと『陸亀』の首領に頼みこんで(・・・・・)、その家の養子として迎えてもらった。もちろんなんにも関係ない人間なので首領を継ぐことはない。ただの書類上の話だ。

 だから、再び隠居生活している親父や葵さんや茅さん、榎木さんや小萩さんとも仲はいい。


「たしかにそんなこともありましたが、今はとっても幸せですよ」


 それに公にはしていない……――――いや、できないのだが、あの半年後、俺と櫻は結婚した。


「惚気ないで」


 お互い名字を変えず、本当にごく親しく、身近な人しか呼ばない結婚式しかあげることができなかった。

 人目を避けてのデートしかできていない。

 この職場でも『すでに結婚している』としか言えない。

 五位会議、武芸百家の中でも暗黙の了解、公然の秘密となっている。


「でも、そうね。物語の終わりは大団円(ハッピー・エンド)でないと」


 そうだな。

 それでもあのときに比べたら幸せだ。

 だって、あと少ししたら、子供だって生まれるんだし。


 それは俺だけの幸せな結末(ハッピー・エンド)ではない。


「そういう茜さんも」

「……うっ。旦那の話はやめて」


 俺たちから遅れること数か月後、茜さんは薔さんと結婚したのだ。

 いや、驚くことはなかったんだよ。だって、薔さんはずっと茜さんにアピールしていたからね。

 そうなって当然の帰結だけども、そこからが意外だった。

 結婚後すぐに薔さんが学園を去って茜さんが残るという選択を取ったのだ。今は一児のパパとして家で子供の面倒を見ている。


 武芸百家の人たちだけではない。

 三苺野苺や翼洋娑原も皆藤家の暗部として、背中を預け合っているらしい。


「だから、俺たちはこれでいいんです」


 俺たちだけのハッピーエンドではない。

 榎木さんも葵さんも小萩さんもそれぞれの人生、納得いく人生を歩きはじめている。


 俺は結局、大学院に進まずに、櫻の傍で働くことを選んだ。そのほうが今まで以上に櫻と過ごせる時間が長いから。

 そして薔さんの後を継いで、生徒会の顧問をしている。


「では、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 俺は淹れてもらった紅茶を飲み干して保健室を出た。


 今日もいい日だな。


Fin.

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