暴く
翌日、少し遅めの朝食をとってすぐに練習を始めた。今日は実戦形式の練習をしていくつもりだった。できることならば、そのときにたしかめよう。
「今日は昨日のおさらいだ」
俺は『金雀枝雀』と名乗った彼女を朝食の時点では『金雀枝雀』として見ていたのだが、やっぱりもし本当に他人ならば違和感しかなかった。
はい。
それでも彼女は『金雀枝雀』という存在でいるようだ。
ならば俺も『彼女』ではなく、『金雀枝雀』として接しよう。
飲みこみが早い彼女は一日も経っていないのに、双刀を構える姿が様になっている。
「思う存分、かかってこい」
俺の掛け声に大きく頷く彼女。勢いよく両方の刀を使って攻めてくる。それを俺は目で追いながら反撃していく。
「まだ!」
彼女の刀のさばき方は良く言えば見栄えのする戦い方。悪く言えば動線が見えるのだ。これでは本当の戦いになったときに不利になる。
「もっと!」
それに彼女の場合、これを『戦い』ではなく、ただの『チャンバラごっこ』と見ている。だから打つ力が弱い。
「空いてるぞ!」
そして、刀を振るうことに夢中になっている。だから、防御という概念がない。文字通り足をすくわれるだろう。
俺は軽く反撃をしながらも、彼女に負けさせることはしなかった。
今回はあくまでも確認だから。
「疲れました」
「だろうな」
さすがの今日は疲れたようで、練習着……と言い張るゴシックロリータ風のワンピースのまま庭に寝そべっていた。
俺も疲れてはいたが、彼女ほど動き回ってはいないから、もう一試合ぐらいはできそうだが、彼女がやる気になりそうで切りだせなかった。
「総花さま、雀さん、お昼の支度が準備できました」
しかし、ちょうどいいタイミングで椿さんが呼びにきた。
どうやら熱中しているあまり、時間が経っていることに気づかなかったようだ。
「そうか、行くぞ」
昨日と同じように彼女を引っ張って立ちあがらせた。
その感触は昨日感じたものと同じだったが、彼女は俺の葛藤に気づいていないようで、ニコニコとしている。
このまま言わないでおくべきか。
そう思ったが、多分、確証さえ持ってしまえば、俺は言わずにはいられないだろう。
昼食が終わってから、少し休憩をはさんで、再び中庭に来ていた。
「昼からもさっきのように試合形式で特訓を行う」
「え? もう教えてくれないんですか?」
やり取りが午前中だけで終わってしまったことに意外そうな顔つきをする彼女。
「ああ、意外と、いややっぱり飲みこみが早いからな」
「?」
おっと。
余計なことをしゃべってしまいそうだ。『彼女』は昔から飲みこみは早い。勉強に関してもその場では飲みこむが、活かせないだけだった。
「――気にするな」
「はぁ」
俺はまだ確証にまでいたってないんだからと内心苦笑して彼女と向きあう。
しかし、俺の口調に不信感を持ったのか、怪訝な顔をしてみてくる彼女。
「俺は片方の刀だけにするから、双刀の利点を生かして打ちこんでこい」
そんなものなんてない。
ただ俺の予想では『彼女』だ。彼女ならば、片方の刀との違いはその手がふさがっていること、それが利点につながるはずだ。そう思って笑うと、彼女は不思議そうな顔をする。
「遠慮はいらん」
「……わかりました」
互いになにも言わなかったけれど、小さな戦いが今、始まった。
試合は最初、俺が有利だった。
そりゃ習って間もない、もしくは今まで苦手としていた女性に負けるのは悔しいから、手加減なんかしていない。それでも彼女は食いついてくる。
多分、彼女は苦手を克服したのだろう。
試合が動いたのは何度目の打ち合いだろうか。
少し日が傾いてきている。
「とらぁ!!」
「甘い」
叫びながらこちらに向かってくる彼女。
相変わらず脇ががら空きだ。彼女の手元を狂わせるためにあえて隙を作る。案の定、その隙を攻めてきたが、戦略上、そして俺の目的上、彼女は致命的なミスを犯した。
「……っ、くわぁ!」
「ぬるい」
彼女は持っていた双刀を両方とも捨て、俺の襟口をつかもうとした。だが、その手が届く前に俺は空いていた彼女の足元を峰で薙ぎ払った。
痛みに悶絶し、蹲る彼女。
かなりしょんぼりしているのがわかる。
「……――負けました」
「いや、お前の勝ちだ」
俺は確信した。
目の前の彼女、『金雀枝雀』は『彼女』であると。
「ふへっ?」
「立て」
俺は強引に彼女を立ちあがらせると、彼女左の袖を捲る。
「……!! なにするんですかぁ!?」
「うん? 身元確認をしているだけだが――――ああ、やっぱりか」
やっぱりあった。
七年前、俺がつけた傷。傷そのものはないが、傷跡がかすかに残っている。
「もう逃げるな、一松櫻」
俺が名前を言い当てたことに彼女、いや、櫻は驚いているようだ。それが『答え』だった。
「場所を変えようか」
「……はい、お願いします」
「車で出かけるから、着替えておいで」
「はい……そうします」
ここだと椿さんがいる。櫻を嫌っている彼女の近くでは話せない。コイツもそれは同じ考えだったようで、そうお願いされた。
悪くない……いや、好きだ。
俺もさすがに汗でべたべただったから、着替えた。
ここまで汗をかいたのは新年の御前試合でもない。でも、不思議と気持ち悪くない。
「ちょっと今から金雀枝さんを連れて本邸の方に行ってくる」
「ええっ? あそこは伍赤家の方以外立ち入り厳禁ですよね」
着替えた櫻を見て目を丸くしている椿さん。
そりゃそうだろう。
今でもコイツが櫻だということは分かるまい。
……双刀の扱いを学ぶという名目がある以上、激しい動きもすることを前提だったわけなのだが、半年も前から皆藤家でそのための練習を行っていたらしい。
なんと大掛かりなものだと呆れを通り越して感心してしまった。
「そうだが、コイツは例外だ」
そうだろうな。明文化はされていないし、あくまでも暗黙のルールというぐらいのものだが、伍赤の名を持つ人間以外の立ち入りを禁止している。だから椿さんも本邸には行ったことがない。
いいなぁという視線を櫻に向けていたが、櫻は今度はそれに動じなかった。
「はぁ、そうですかぁ。あっという間に仲がよろしくなられたようで」
「……――まあ、そういうことにしておいてくれ」
そういうわけではないし、まあ『金雀枝雀』の正体は彼女が嫌っている一松櫻だからなぁ……正しいことは言えなかったが、あながちそれが間違っているともいいにくい。
明日の朝には戻る。
「行くぞ」
そう伝えて、俺は櫻を連れだした。




