最後の人
総花が襲撃されてから一週間。
流氷の判断により新たに忍び集としてお抱えになった娑原は文字通りぼろ雑巾になるまで働かされており、薔や夕顔から足蹴にされることもしばしばあったが、なんとかこの一週間である程度の信用を得ることができていた。
そして、櫻はやはりストレスが大きかったこともあり、しばらく皆藤本邸近くのホテルで静養していた。
そして伍赤との《花勝負》の本番当日。
彼女は榎木が持ってきた留袖を自力で着付け、皆藤邸に向かうと、すでに伍赤家は首領以外そろっていた。
一松家も五人そろったのを見計らい、最初に流氷が条件の再確認を行う。
「では、一松榎木の求めるとおり、最終戦とその直前の勝負は首領及び次期首領が戦うということでいいな」
「はい」
「ええ」
両家の代表が頷く。
「そのほかの条件はいつも通り。どちらかが倒れこんだ時点で勝負はつくものとする」
榎木は参加メンバー以外、制約をつけなかった。
それがどう転ぶのかは点のみぞ知るというところであった。
初戦は交流戦でも顔を合わせたことのある二人だったが、さすがはプロ。
顔なじみとかそういった親しみを見受けられなかった。
「では、一松梨香と伍赤楓。構え」
今回の《花勝負》は流氷が直々に審判をするようで、道場の中央で二人を見据えている。
「はじめ!」
脇、伍赤家サイドでは茅と葵の二人が梨香と楓の勝負を実況していた。
「早いな」
「ええ、楓さんも頑張ってくれてます」
伍赤楓は葵の妹弟子で、自分がぽっちゃり体質だったからと少し舐めた態度をするところはいただけないが、それ以外は可愛い後輩だった。
自然と彼女を応援するのに力が入ってしまう。
試合開始からずっと相手の腕の運び方、足の運び方を観察する楓は、一瞬の隙を突いて、相手の懐へ飛んでいく。双刀のうまく使って足払いをかけた後、とどめを刺す形をとる楓。
見込み通りの勝負のつけ方に思わず拍手してしまった葵。
「よくやった」
「ありがとうございます」
陣地から戻ってきた楓は、兄弟子からの誉め言葉に思わず顔をほころばせる。
「次戦、一松胡桃と伍赤紅葉。位置につけ」
次は櫻と榎木に次ぐ実力を持っていると言われながらも、ほとんど《花勝負》に出たことのない、出たとしても本来の実力を出せてないと言われる胡桃と《花勝負》初体験の紅葉の戦いだった。
紅葉もまた、楓と同じく葵の妹弟子だが、楓の方が型の綺麗さでは上だ。
とはいえ、楓とほぼ互角ぐらいの試合運びをする。そんな彼女がどう試合を持っていくのかが楽しみだった。
「はじめ!」
流氷の合図で二人が飛び出す。先ほどの楓と違って頭で考えるよりも実際に動くのが好きな紅葉。典型的な武芸百家の人間だが、それがうまくいくこともあるし、行かないこともある。
「なかなか手ごわいですね」
今回は後者のようで、相手の胡桃という女子は紅葉の上手を取る。
一気に襟元をつかまれ、仰向けにひっくり返される紅葉。
「ああ。紅葉は……あと少しだったのに」
やり方によってはもぐりこんでからの方が有利だ。
それを活かせなかったのは残念だが、彼女にとってもいい経験だっただろう。
「そうだな。しかし、十分といえば十分だな」
「ええ。あの体勢から一本取るのは私でも難しいでしょう」
じゃあそろそろ行くか。
この体形になってから初めての実戦だな。
そう笑う茅はどこか吹っきれた様子だった。
「おや? お前さんが戦うのか」
「そうです。最終戦の前の試合が次期首領、首領補佐と定めているだけでほかは決めてませんから」
三戦目は茅と榎木だった。
お前は次戦で戦わなくてもいいのかという問いかけに、涼しげに次戦も戦いますよと告げる榎木。
「なるほどな」
若いのはいいなあと羨ましがる振りをする茅。
しかし、それに惑わさない榎木。目の前の男は、榎木にとって忘れたくても忘れることのできない師匠だったのだ。
「お手柔らかに」
「それはこちらのセリフだ」
師匠と弟子。
試合前に握手をするが、どちらも全力だ。
「はじめ!」
流氷の合図に勢いよく出ていく茅。それを榎木は一瞬だけニヤリと笑い、手刀で柄から双刀を弾き飛ばす。
この人の癖を知りつくしている。
そう言わんばかりの勝ち方だった。
「勝負あり!」
流氷はやや遅れて反応したが、どちらに勝負がついたのかは明らかだった。
「なかなか成長したんじゃねぇか、ノキ」
「おじさまこそ、相変わらず力がありあまってるようで。というか、あのころの体形であの力だとしたら……――」
「おっと、その先は言うんじゃない。だが、そりゃそうさ」
茅は榎木が言いたいことに気づいたが、最後まで言わせなかった。その代わりに、それをきちんと肯定しておいた。
榎木はその事実を知ったことで、少し悔しかったが、それでも次にやることは変わらないと気持ちを切り替えて、次の試合相手を待った。
「ではよろしくです」
「こちらこそ」
葵と試合するのは何年ぶりだろうかと榎木は思った。
たしか小さいとき、二回ほど戦った記憶はあるが、多分それきりだったのではないか。しかし、茅の息子と名乗った少年はこんな体形ではなかった。
「はじめ!」
榎木の葛藤に気づかい流氷は試合開始を告げた。
最初は榎木の方が有利だった。右手で葵の双刀の片方を落とし、もう片方の刀を奪おうとしたが……――
「勝負あり!」
前に総花と紫鞍の試合を見たときと同じ状態だった。
そのときとは違って暗器を使っていないものの、片方に集中させておいて、もう片方の刀を拾い、相手を弾き飛ばす。
「強いですね」
そのときと同じ負け方をした。
「それはこちらのセリフだ、ハハハ!」
そう笑う葵にご謙遜をと苦笑いする。
「葵さんも体形があんなんだったとは思えないぐらい俊敏ですね」
「ふふっ。失礼な……と言いたいが、事実その通りだ」
これで二勝二敗。
最後はもう決まっているよな。そう思って一松家サイドに戻る。
一応形だけ櫻が中央に進み出て、審判の宣告を受ける。
「では、首領戦は一松家の――――」
一松家、伍赤家のどちらも、だれもが納得した形。
それで終わると思っていたが、突然審判の声が途切れた。
何者かが入ってくる音に気づいたものは全員、そちらの方を見る。
「待ってください!」
「お? 茜、どうした……――って、お前!?」
理事長でさえ驚くのも無理はない。
なぜなら白衣姿の皆藤茜と彼女に連れられた茶髪の少年がいたから。
「事情は聞きました。どうせだったらついでですし戦わせてください」
少年は残念そうに笑いながらそう乞う。本当は私は反対なんだけれどと隣の女性は不満を言うが、少年はあえて無視した。
予想していなかった展開に櫻も、榎木も、茅も息をのむ。
「総花、お前なに言ってるんだ……――」
「伍赤、それは正気か」
葵と理事長だけは言葉を発することができたが、それでも驚きを隠せていない。
残念そうな笑みのまま、総花ははいと頷く。
「あはは。心配してくださってありがとうございます。ですが、体の方なら大丈夫です。そうですよね、茜さん?」
「え?……――ええ、そうね」
総花君がそこまで言うならと諦めたように肩を竦める茜。
彼は茜の手を振りほどき、中央に進みでてきた。
「では、最終戦。伍赤総花対、一松櫻。構え」
決して起こり得るはずがなかった戦いが始まる。全員の視線が注目する中、流氷の静かな声が室内に響き渡る。
* * * * * * *
これで三人称終わりです




