親友と憎しみ、そのはざまにあるもの
比較的生々しい表現がありますのでお気をつけください。
顔合わせは単純。俺がまず名乗り皆藤家の元でしっかり働くことを宣言する。そして、皆藤家を含む各家から異議が出なければそれで正式に新しい首領であることが認められる。もちろん現在は原則的に皆藤家の内諾を得てから顔合わせするから、ほとんど異議が出ることはないのだが。
緊張した時間があっという間に終わる。そのときの感覚は呆気なさが勝っていた。たとえは変だが、体調不良のとき、病院で精密検査とかをして、長時間待たされたあと、出てきた結果がただの風邪だったときと同じくらいあっけなかった。
しかし、これで俺は五位会議、しかも首領という立場。
現首領と新首領が退出する時間は違うから櫻と会話する時間なんてなかったけれど、彼女はどうやって俺のことを見ていたんだろうと気になってしまった。
そのあと、新首領就任後に行われる恒例の流氷さんとの会食が待っていた。どちらかといえばそちらの方が気が重い。
この前、茜さんに俺と櫻が連れてきてもらったレストランで流氷さんと落ちあう。俺も今は私服に着替え、流氷さんもカジュアルなスーツになっている。
席に座り、水だけサーブしてもらうと、ウェイターさんが奥に入ってしまい、この空間には流氷さんと俺しかいなかった。
「新首領、就任おめでとう」
「流氷さん……」
ありがとうございますと素直に言えなかった。
「あなたと親父が仕組んだことだと聞きました」
言い草はひどいかもしれないが、流氷さんたちが結託して嵌めたのをすでにこの人以外全員認めている。そんな人に素直にお礼を言えるわけはない。
「仕組んだとは外聞の悪いな」
「でも事実ですよね」
「まあな」
しらばっくれようとするが、追及に観念した流氷さん。
すぅと息を整えてから、そういえばと話しはじめる。
「少し昔話をしようか」
はぁと思わず言ってしまった。どこまでの昔話をされるんやら。何百年前から延々となんて無理だ。
「俺と柚太、山吹そして笹木野は同級生なのは知っているよな」
よかった。たかだか何十年、二、三十年程度前の話だった。
「小さいころから俺ら四人は親父や親戚が集まる会合では暇だったから、一緒に遊んだ」
それは……俺と櫻のようなもんか。どこの時代にもいわゆる『ご学友』に近い存在はいたんだな。
「そのとき、俺の妹の一人とも一緒で、そいつが俺らからはアイドルのような存在だったが、彼女、すぐ下の妹は明らかに柚太に好意を寄せていたし、柚太も妹と仲が良くて」
ほほう。
一瞬妹というのは彼女のことかと思ったが、どうやら違うな。年齢的に釣り合わない。『すぐ下の妹』ということはもう一人いるのだろう。
「高校は全員、立睿高校で寝食をともにした。四人、ときどき五人であの中庭でキャンプもどきをして先生に怒られたこともあった。そのあと山吹と俺は内部進学したが、武芸百家とは関係のないまったく別の学部にだ。柚太は県内の体育大学、笹木野は警察学校へ進学した」
なるほど。たしかここに来たとき、シェフさんからそう聞いたような気もするが、本当だったんだ。
しかし、笹木野さんの情報収集能力に納得した。そりゃ、かなりの腕前だ。
「そこで計算が狂いはじめた」
『計算』かぁ。
なんだろうか。流氷さんも親父も後を継ぐべき立場の人で、山吹さんは親父たちと仲が良かったということは一松の跡継ぎ候補と目されていたのだろう。
唯一、笹木野さんはほとんど相続には関係ない人だが、それでも皆藤家の、武芸百家の暗部を担う人なので、この中にいてもおかしくないのだけれど。
なにがあったのかと思ってじっと聞いていると、流氷さんは水を一口含んで重々しく口を開く。
「もともと妹は柚太と仲良かったんだが、いざ自分が大学へ進学すると柚太がいない。しかもそれをだましていたのは山吹で、妹は最初おかしいと気づきつつもそれをあえて気づかないふりをした。そのあと、あいつは自分のモノにした」
はぁ?
一瞬、流氷さんの言っている意味が理解できなかったが、理解した瞬間、俺はその場にいない人を叩きたくなった。いくらなんでもそんな横暴が許されるのか。
「当然、許されることではない。当時、俺の親父もかんかんに怒った。だが、時すでに遅しというやつだ。やつがモノにしてしまったのならばしょうがないと諦め、妹を一松家へ嫁がすことになった」
いや、それで落ちつくわけないでしょう。
「それで収まりがつかないのは柚太だ」
「そりゃあ……――――」
「ああ、当然だ。だからこそ俺はあいつに頭を下げ続けなければならないし、柚太は俺や山吹のことを憎んでも当然だ」
だから、順繰りに上がっていくはずの五位会議への横紙破りな推挙もしたし、今回のあいつの目論見も手助けした。
『俺』なりの贖罪。
流氷さんの懺悔に納得がいくと同時に、櫻の父親への憎しみも募る。
しかし、それだとしたら、俺が夢野で遊ばせてもらえたのはなんでだろうか。親父はよく夢野で遊ぶことを許してくれたもんだな。
「ちなみに多分、あいつは一松櫻のことをフィルターなしでは見れないだけで、その本心はそこまで気にしていなかったと思うぞ」
「えっ?」
俺の心を読んだかのように流氷さんはそう言う。
「多分、お前さんに跡を継がせようとこの計画を思いついたのは、お前がどう考えるのか、どう動くのか見たかっただけだろうな。だから、もしお前が養兄制度を使おうとしたのならばそれでも良かったと思うぞ」
「え……――」
「まあ、とはいえ継いでしまったものは仕方あるまい。職務を全うするのみだ」
そういうことは先に、学園から出る前というかあの理事長室でのやり取りで言ってほしかったなぁ。
「……はい」
まあなってしまったものは仕方あるまいと諦めはすでについていはいる。
ただ未練が残っているだけで。
「ああ、それと、これはあまり一松櫻にも言ってほしくないのだが」
「はぁ」
次々と明かされる事実にそろそろ脳が追いつかなくなっている。
「彼女を、自分の娘を首領につけようとしたのは彼女の母であり、私の妹だ。それだけ忘れるな」
流氷さんの爆弾発言に脳みそがショートするところだった。
「えっ……じゃあ、彼女の父親が殺されたのは」
それほどまでにとんでもない、重大なことだった。
「あの男が死んだのは、半分は、とばっちりというところだ。彼女が一松家に嫁がなければ、こんなことは起こらなかったと言ってもいい。それは断言できる」
流氷さんはなにか考えているようだが、それは俺にも読めない。
あの雪の日、三苺苺に言われたことを思いだす。
『皆藤流氷は一松櫻について、なにかを企んでいる』
それが読めない。
俺の気持ちを知らずに流氷さんはパンパンと手を叩く。どうやらシェフを呼ぶ合図だったようで、奥から水の入ったピッチャーを持ってくる。
「さて、あまりこんな話を長々していてもつまらないだろう。もう一人の妹についてはまた機会があれば話そう」
それぞれのグラスに注ぎ終わったシェフに済まなかったなと謝る。
「すまなかった。こんな場所でこんな生々しい話を聞かせて」
シェフは長年の友人のようで、流氷さんや武芸諸派の人たちのことをよく知っているのだろう。
「いいえ。わかってて場所を提供しているんだから気にすんな」
それは一人のシェフではなく、一人の友人の言葉だった。




