一時の激情、永遠の○○
まさか高校卒業までにここに戻ってくるとは思わなかったので、少しだけ別邸に入るのをためらってしまった。
「これは伍赤様。流氷様からお話は聞いておられますよね?」
「ええ、もちろん」
「左様ですか。ならば構いません。お入りくださいませ」
屋敷の前には皆藤家の《十鬼》とは別の精鋭部隊だろう人たちがいて、声をかけられた。顔を見たことはないが、皆藤家の紋入りの羽織を着用していることから間違いない。ここに捜査が入り、親父の容疑が固まった後、自殺したり逃げだしたりしないように見張り番を立てているようだ。
屋敷の中に入るとあのときと同じ感じだった。
「ただいま戻りました」
人はいるのに人の気配が一切ない感覚。うすら寒さを感じながら、書斎へ向かう。
「失礼します」
「戻りおおったか」
書斎へノックなしに入ると、親父がこちらを向いていた。まるで俺が今この瞬間、来ると信じていたように。ニヤリと笑う姿に後悔や反省の色は見えない。
「なにやってくれたんですか、あなたは!?」
挨拶もなしに怒鳴ってしまった。
それぐらいこの人は身勝手で、好き勝手なことをしてくれた。
「なにやってくれたとは意外だな、総花。たかが私一人がしでかしたこと。それに流氷は私を厳しく処罰することはできん。これくらいのことは見通せない愚か者ではないぞ?」
しかし、目の前の人は宇宙人のようで、自分ことについて滔々と語る。ふざけるな。
あんたのせいで、あんたのせいでこっちは迷惑をこうむっているんだよ。
「そういう問題じゃない!! あんたはおふくろが死んでから、ずっと、ずっとなにしていたんですか? そのせいで、俺は継ぎたくもない首領を継がなきゃいけなくなったんですよ!!」
俺は溢れでる激情に任せて言いたいことをぶつける。すると、面白い玩具を見つけた猫のように興味津々な親父。
「……継ぎたくなかった、だと。それは一松の小娘のせいか?」
「それは違う。櫻は関係ない。あんたという重しがどうしても邪魔だったんです!! ほんの少しでも可能であるのならば、この時点で継ぎたくなんてなかったんですよ」
櫻は関係ない。
アイツに出会う前から、俺は俺は俺は俺は俺は……――――!!
この家なんか継ぎたくなんてなかった。
ほぅ。
すべて言いきった後、親父を見ると目を細めていた。俺はその不気味にたじろいでしまった。
「しかし、お前はその継ぎたくなかった首領の座を引き継ぐために戻ってきた。そうだよな?」
「そりゃあ、あんたがやってくれたからな。指名されたんだから、引き継ぐしかないでしょ!?」
親父の言葉に当たり前だろうと返す。だけれど、これはただの義務だ。善意でもなんでもない。しかし、親父はその答えが気に食わなかったようで不気味に嘲笑う。
「……――これは奇なり」
その意味がわからなかった。
「はぁ?」
「引き継ぎたくなければ、引き継がなければよかったまでのこと。茅なり葵なりを養兄に迎えるということだってできたはずだ。それをしなかったことはお前の責だぞ」
「……――――!!」
そっか。
ようやくそこで親父が不気味に笑った理由がわかった。そして、親父が盗聴しているのを早々にバレるように仕向けた理由がわかった。
俺に継がせたかったんだ、この人は。
皆藤家に挑んできた馬鹿者という汚名を背負ってまでこの人は俺に首領の座を譲りたかったんだ。おふくろ、伍赤あんずという妻が死んだことによって、この人は首領としての責務を投げだしたかったんだ。
そして、俺に考えさせる時間をなくすためにこんな汚いやり方をしたんだ。
「とはいえ、継ぐと言ってしまったのだがら致し方あるまい。お前が継ぐのみだ」
しかし、あくまでも俺が悪者のように言う。いや、仕方ないな。
これは他人を疑わなかった俺の負けだ。
親父は再び不気味な笑みを浮かべ、だがと続ける。
「私が認めるかどうかで言えば別だ」
「どういうことですか?」
親父の言っている意味がまるでわからない。
あんたは最初から俺に継がせるつもりだったんだろう?
「ただ指名されたから引き継ぐ、お前はそう言った。私にはそれを認めることはできん」
きっちり腕を見せてみよ。
そう言った親父の目にはあのとき、あのときにはじめて親父とおふくろと手合わしたときの純粋に楽しみたいという笑みが浮かんでいた。
きりがいいので本日20時にもう一話更新します。
おじの名前
正月編では「杏」としていましたが、母親の名前とかぶってしまうので、「茅」に変更しました。




