猪突猛攻
「言葉も出ないみたいだな」
理事長はいつものようなからかいを含んだ口調ではなく、真剣そのもので俺に言い放つ。
「そりゃぁ」
それにたった一言しか返せない。あの一件以来、その可能性を十分に考慮しておくべきだった。もちろんないに越したことはないと思っていたので、度肝を抜かれたのは事実だった。
「ところで会議の場所はここで良いのかい?」
あらかじめその予定を考慮していたのだろう。俺と理事長のやり取りを静かに見守っていた小萩さんがそう切りだす。
「もちろんだ」
「会議、ですか?」
事態を飲みこめてないのか、櫻がどういうことだと首を傾げている。
「そうだ。今後のことを話しあうためにな。本来であれば、伍赤家は即刻取りつぶしでも文句は言えないぞ?」
「……――――――」
質問に軽口で返す内容は重い。櫻は嘘でしょという言葉をこっそり呟いていたが、聞きとがめられなかった。そして、俺たちのやり取りの間に師節先輩も用意していたようで、タブレット端末でテレビ電話を立ちあげていた。
「お父様、聞こえてますか」
『聞こえてるよ、桐花たん。流氷殿、どうやら厄介ごとが起こったようだね』
桐花たん……?
男だらけの師節家では、娘の先輩はアイドルもしくはプリンセス的な存在なのだろう。シリアスな場面すぎてだれもツッコまなかったけれど、ほかの場面だったら確実にツッコまれてたよね。
「まったくだ」
理事長が肩をすくめる。なんか心なしか楽しんでいるように見たんだけれど、気のせいじゃ……なさそうだな。
「ということで、私はあくまでメッセンジャーです」
「わかった」
一応タブレットの所有者としてこの場にはいるけれど、口をはさむつもりはありませんという意思表示をした師節先輩。結構律儀なんだろう。
「師節はテレビ電話での参加、紫条は次期首領を派遣しての参加。そして、一松がたまたまいる。そして張本人の息子である伍赤次期首領も出席しておる。すべての要件を満たしているので、今から臨時の五位会議を始める」
ここにいるのは笹木野さん以外、五位会議の面々。紫条家次期首領の小萩さんに一松家首領の櫻、師節家首領も画面越しとはいえ参加。理事長本人に伍赤家は俺が預かっているという形なのだろう。
それにしても偶然なのか必然なのか。
櫻への試練に対して小萩さんが噛んでいたうえ、師節先輩がいた。それに五位会議以外の面子が参戦していないところを見ると……――これは、櫻への試練というものさえ必然なんだろう。
理事長が親父、伍赤柚太を捕縛した経緯について述べていく。
「まず今回、ことが発覚したあらましとして、三月下旬に普段は使用されていないはずの屋根裏に何者かが潜んでいた形跡があったことから、罠を張った。そして五日後の《十鬼》選定会議のときに相手方に見えないように熱源探知を行ったところ、ねずみを捕まえた」
それにだれもなにも言わない。
というか、屋根裏部屋に間者を潜ませるって意外と古風だな。盗聴器じゃなかったんだというどうでもいいことを俺は考えてしまった。
「捕獲したねずみに尋問を行い、雇い主の名前を吐かせたところ、伍赤柚太の名前を出した」
「……――――!!」
なんとなくというか、あの夏の一件のせいでやっぱりかとしか思わなかったが、櫻はかなり驚いている。
「やつは過去にも別邸や理事長室の盗聴を行っていたようで、伍赤別邸の捜索を行うと、そのときのデータとかもわんさか出てきた」
なんか自分が寄りついていなかったせいなのはわかってはいるが、ここまで来ると、狂気しか感じないな、あの親父。
理事長からちょっと顔を背けるが、師節先輩の呆れた眼差しとかちあってしまった。気まずい。
「よって容疑が固まり、あいつをその場で捕縛した」
「やはりあの男を憐憫とかで五位会議に登用するべきではなかったですね」
理事長の冷酷な言葉に、あんたもその一因を担っているんでしょうとにべもなく言う小萩さん。理事長相手でもその強気の姿勢は怖いが、少し羨ましくも感じる。
『紫条殿』
この中では理事長に次いで二番目に経験豊富である師節家首領が小萩さんを窘めるが、ここで引かないのが彼女。容赦なく理事長をおディスリなさる。
「そうではありませんか? いくら皆藤首領殿の同級生だか、幼馴染なのかしりませんけども、あの男はその器ではなかったのです。それをたった一つの同情によって五位会議に登用したのは誤りだったと思いません?」
彼女の猛攻にぐっと黙りこんでしまった師節先輩のパパさん。正論を突かれたようで、ツッコミどころがなかったんだろう。
「そうだな」
それを否定できなかったのか、理事長も少ししゅんとなっている。




