だますことへの心苦しさ
作戦を開始してから三日経ち、今はある噂を武芸科三年生に流しているところだ。そこから二年生まで伝わる速度はそんなにかからないはずだけれど、俺は無性にこれがうまくいくのか少し心配になっていた。
「これってはたしてうまくいくんでしょうかねぇ」
昼食後、すっかり今回の仕掛けのアジトとなっている理事長室に俺と師節先輩がいる。そのボヤキに師節先輩は思いきり俺の背中を叩く。
「うまくいかなければそれでいい。だって、そういうものでしょ?」
そりゃそうだ。
今回の仕掛けは櫻が武芸百家第二位、一松家の若き首領であるゆえの訓練。それに長けていれば引っかからないものだし、長けていなければ引っかかる。
あくまでも彼女の一松家首領として生きていくための試練なだけ。
「まあ、そうなんですけれど」
そうはいってもやっぱりどこか引っかかるものがある。
「総花君は彼女が純粋なままがいいのか、それともある程度、人を疑ってもらうべきかどっちがいいの?」
俺の迷いに気づいたのか、いつもはふんわりとした師節先輩が刃のように鋭い視線を向けてくる。
「それは個人的な気持ちですか?」
「いいえ、伍赤家次期首領としてよ。個人的な気持ちはここでは無用のものよ」
俺の甘ったれた言葉を一刀両断する先輩。
次期首領として生きることを定められた俺よりもずっと首領に向いているじゃねぇかよ、この人は。
「……だったら、決まっているじゃないですか。ある程度、人を疑うことが必要になってくると思います」
「でしょ?」
「だからといって、彼女をだましているというのはやっぱり心苦しいものがありますね」
「あら、だったら参加しなくてもよかったのに」
俺の冗談交じりの言葉にそう返す先輩。
いや、あんたは最初っから俺を取りこもうとしていたよなぁ。
ツッコミどころ満載だったけれど、いちいち反論するのも面倒だった。
まあ、いいや。
しばらくして、理事長室に理事長とともに小萩さんがやってきた。
「どうだい、櫻嬢の様子は」
「上々よ。でも、ここに一人、彼女をだますのに心苦しさを覚えてる子がいるわ」
ほんわかとした雰囲気に戻った師節先輩がニコニコと笑いながらそう言う。小萩さんは俺の頭をぐりぐりと拳でしつつ、軽快なノリで貶してくる。
「それはとんでもな犬だな」
「犬で申し訳ありませんねぇ。なにせ俺は幼いころからの友人なもんで」
別に犬と表現されたことに不快感はない。ある意味であっているからね。
でも、そうか。だから伍赤と紫条は仲が悪いのか。
この人たちは昔から、気づかない間に人を貶すことが好きなのだ。
正確に言うと、自分たちよりも優れているものかつ、パッと出の奴らが嫌いだから、そういった連中についうっかり口が出てしまうのか。
「それが苦手だよ。キミのその悟りきったような開き直り。なぁ、桐花、こいつをなんとかしてくれないか」
どうやら小萩さんは俺の半分自虐的な言葉を苦手としてくれているのか、また丸投げしようとしたが、すぐに師節先輩に断られる。
「無理です。小萩さんが無理だったものを私が治せるわけないじゃないですか」
「ちぇーっ」
二人のやり取りはせわしないものだけれど、嫌いではない。落ちつかないものでもない。
午後の授業が始まるギリギリまでそこに居座っていた。
午後の授業も終わり、いつも通り生徒会室に行くと、いつもは一番に来ているはずの野苺が来ていなく、櫻と二人、書類の整理をしていた。
「最近、なにかおかしくない、総花?」
「どういう意味だ?」
整理中、ぽつりとつぶやいた彼女に俺は一瞬ぎくりとするが、平静を保って聞き返す。
「なんていうか。こうツーンとするんだよね、首の後ろが」
「へぇ。それって物理的なものか?」
「ううん、精神的なものだよ」
精神的なものだと気づいていながらも、あえてすっとぼけた俺に気づいているのか気づいていないのか。むしろ俺の方が試されているじゃねぇかよ。
けれども、ここでネタばらしをするわけにはいかない。再びすっとぼけてみることにした。
「気のせいじゃないのか?」
「そうかなぁ。だれかに見られているっていうか、見張られている気がするんだよねぇ」
「……そうか。それはいただけないなぁ」
多分、それは正しいと思うぞ。
寝ているとき以外は小萩さんと師節先輩が交代しながら見張っているからな。あの二人の執念はすごいと思う。
「私の思い過ごしならいいんだけれど」
「そうだといいな」
櫻の言葉に申し訳なさを思ったけれど、黙っておくことにした。
しばらく黙って整理をしていると、いきなり上から声をかけられた。
「ちょうどいいところにいた、二人とも。ちょっと理事長室に来てくれるか?」
薔さんが焦ったように見せかけつつ、そう言う。
さて、第二フェーズ行きますか。




