道化の役割
立睿にも雪は降る。
伍赤の本拠、薄ほどではないけれど、積もった。
……――外気温は二度とかなり冷えこんでいるはずだ。
けれども、今、自分の体はクソ暑い。
なぜかって?
理由は簡単。
授業後になぜか俺は追いかけまわされている。
しかも、暗器を避けながら。
「だいぶましになってきたジャン」
後ろでそう笑いながら暗器を次々と投げてくる変人はそうのたまいやがる。
やっぱり変人だ。
「……そうですか」
「なんでそんなにやる気がないのかい?」
ここ数日、校内というのにもかかわらず襲撃されていたせいで、主に心が疲弊している。もう相手にされないんだから、いい加減に諦めてほしいんだけれど、どうやらこの変人は諦めてくれなさそうだな。
ところでその暗器、どっから取りだしてるんだろう。
「あなたには関係ないですよね?」
俺のテンションの低さから出る声はとてつもなく低いが、この男は気にする様子もなかった。
「ハッハッハッ!! 愉快だねェ。まさか伍赤君とこうやって雪遊びができるとは思わなかったよ」
「ええ、それはこちらもですよっ!!」
この変人、三苺苺は大爆笑しているが、その声ですら俺にとっては不愉快だ。投げられた暗器をうまいことキャッチして、声のした方へ見ずに投げかえす。
「……――おっと、君、なにかボクに恨みでもあるかい?」
音は立たなかったけれど、どうやら比較的いいところへ投げれたようだ。
こいつには大きな借りがある。
いつか一気に返してもらわないといけないぐらいの、な。
「それを自覚していないっていうのもすごいと思いますよっ、とらっ」
もう一度、キャッチできた暗器を投げかえすと、今度はうまいこと転ばせられたようだ。ドサっという大きな音が立った。
「……で、そもそもボクに用事があったんじゃないのかい?」
「それはあなたの方でしょ」
仕方ないので、転んだヤツのために立ちどまると、苺はそう言いやがった。すかさず言いかえすと、少ししらばっくれたが、自分の方であると思いだしたようだ。
「そうだっけ……――――ああ、そうだ。思いだしたよ」
「なんですか、これ」
言いながらポケットから紙を取りだして、俺に渡してきた。
「見てのとおり、うちへの招待状ダヨ?」
ああ、たしかにそう書いてあるな。でも、陰謀の匂いしかしない。
躊躇わず破る。
「なんで破るんだよ!?」
目の前の男は驚くが、別に驚くようなもんじゃないだろう?
「どういったつもりか知りませんけれど、俺はあなたに協力するつもりもないし、あなたの妹にかかわるつもりもありません」
俺は言いきる。あの時点で俺はこいつらを敵と認定した。それは揺るがない。
「ふぅん、そっかぁ」
なにか試すような口ぶりだけれど、それに惑わされることもない。
「ええ、正直つきまとわれるのは嫌いなんですよ」
「そぉう?」
「……――――」
だんだんと三苺苺に洗脳されそうで、黙るしかなかった。すると、三苺苺はにやりと笑う。
「そうそう、いいこと教えてあげるよ」
「なんですか?」
ヤな予感しかなかった。
「来年度、キミたちは大きく変わるんじゃない?」
キミたち?
俺と……――櫻のことか?
それとも、ほかの別のだれかのことか?
「どういうことですか」
「文字通りの意味しかないよ。キミたちは大きく変わる」
いままでとは違った意味でぞっとするような笑みを浮かべて言う三苺苺。しかし、そこにはなにか大きな確信がありそうだ。
「予言ですか? それともあなたがなにかする予定なんですか?」
「両方さ」
俺の問いかけに道化のように茶化す男。恐怖をあおるためなんだろうし、その効果は絶大だ。俺は今、この男に恐怖しか抱いてない。
「そうですか。わかりました」
「へぇ、大きく変わりたくないんじゃないの? なにか運命とやらに抗うつもりなのかい?」
その恐怖から逃れるために男から離れるために後退ったが、男は槍のような鋭い言葉で核心を突いてくる。
「そうですね。抗うつもりです。少なくともあなたには」
「ふぅん。最後にひとつだけ親切なボクから忠告」
「なんですか?」
どこが親切なんだと言いたくなったが、なにも言うまい。しかし、三苺苺はとびっきりの爆弾を落とした。
「皆藤流氷には気をつけろ」
「奴はナニカを企んでいる。それも一松櫻絡みで」
「……――――はぁ?」
「それも伍赤総花、お前の希望とはまったく違うことをね」
そう言って、三苺苺の方から去っていった。
気ままな奴め。そう心の中で呟いて、俺も今向かうべきところへ向かうことにした。
生徒会室。
しばらくは生徒会主導の大きな行事はないから、まったりしている。
「なんか総花、疲れて帰ってきたね」
「まったくだ」
一旦荷物を置いて出かけてきた俺に対して、櫻が紅茶を淹れてくれた。いつも生徒会室で飲んでいるものの香りじゃなかったから、新しく買ってきたか、理事長室でちゃっかりもらってきたんだろう。
ティーカップを机の上に置いた櫻は、そうそうと言って鞄の中から細長い紙を二枚、取りだした。
「そういえば今度の日曜日、遊園地に行かない?」
「遊園地?」
どうやらそれは立睿の駅と反対側にある遊園地のチケットのようだ。珍しいな、こいつがこんなものを買うなんて。
「うん、こないだファッション雑誌の懸賞でペアチケット当てて」
「へぇ」
どうやら買ったのではなく、懸賞で当てたものだったのか。どちらにしても珍しいことには変わらないけれど。
というかお前、ファッション雑誌なんか読むんだ。
「興味ないの?」
「いや、興味はあるけれど、お前がそんなことをするなんて珍しいなと思っただけだ」
「ふふふ。総花ならそう言ってくれると思った」
どうやら俺の間接的な質問には答えてくれないようだ。
「そうか」
でも、楽しむのにはそんな理由づけなんていらないか。
存分に楽しもうか、櫻。
次回は遊園地デート回です。




