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小さいときの刷り込みでなかなか離れてくれない幼馴染から離れようとしたら、余計に迫られてます!?  作者: 鶯埜 餡
刻みはじめた残り時間

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特別でない一日

「茜さん、今日はありがとうございました」


 あのレストランでの食事の後、そのまま高校に戻ってきた俺たちは保健室の前で茜さんと別れた。行きとは違って素直になった櫻はちゃんとお礼を言う。俺にはその成長がほほえましくもあり、少し疑問にも思えたが、ここで(ただ)すことはしない。


「なら、よかった。またときどきこうやって食事にいきましょうね」

「はい」


 じゃあまたねと言って、寮に向かう。




「ねえ」

「なんだ」


 寮までの道すがら、あの茜さんたちに襲われた場所のあたりで櫻がしゃべりかけてきた。


「もうすぐ年末だね」

「ああ」

「もうすぐ年明けだね」

「ああ」


 コイツがなにを言いたいのか少しだけみえた。


「年明けの五位会議、ソウも来るんだよね」

「ああ」


 やっぱりその話題が来たか。


 それにしてもあれに参加しなきゃいけないよなぁ。

 気がむかなくても、年一回、年明けに開催される五位会議に首領・次期首領は必ず参加しなければならない。あの親父もぶつくさ文句言いながら来るんだろうなぁ。

 というか、そうか。

 櫻、いや一松家の場合、現首領は櫻だけれど、未成年の櫻には『首領補佐』として榎木さんがついているから、しばらくの間の一松家は首領候補筆頭(・・)としてよりもそちらの側面での参加になるのか。


「そのあとなんだけれど」

「なんだ」

「できれば、一緒に墓参りに行ってほしいんだ」


 墓参りかぁ。他家の俺が行くこと自体、気は進まないけれど、さんざんお世話になった人たちだからなぁ。それぐらいは榎木さんも紫鞍さんも目を瞑ってくれるよね。


「わかった。行こう」


 ありがとう。俺が頷くと櫻が笑顔になる。

 それだ。久しぶりに見たいと思っていたのは。ついでとばかりに櫻の髪の毛をぐしゃぐしゃとしてしまうが、相変わらずコイツはなにも言わない。多分、本当はそういう部分も直していってもらわないといけないんだけれど、つい俺も甘やかしてしまう。






 榎木さんたちとの《花勝負》のあと、しばらくはなにもない平和な日が続いた。


「これで今年度の業務は終わりだな」

「そうですね」


 生徒会らしく書類整理やら会計業務に追われて、気づいたら終業式の日になっていた。

 生徒会顧問である薔さんに提出書類を渡し、あとは理事長決済だけだったけれど、まあそこは薔さんの腕の見せ所だろう。というか、そもそも生徒がやるもんじゃない。


「では、よいお年を」

「ああ。ところで伍赤」

「なんでしょう」


 一時期よりも俺に対する当たりが少なくなったが、それでも気は抜けない。荷物を持って出ようとするところで呼びとめられ、ぎこちなく振り向くと、なにやら笑顔の薔さんがいる。


 怖い。


「大丈夫だ。柚太殿にまた手合わせお願いしますとだけ伝えておいてもらいたい」

「……なるほど。わかりました」


 なんだ、そんなことか。それだったら請け負える。

 実現するかどうかわからんが、伝えることだけはする。


「では、今度こそ」

「よい年を」




 そう言って生徒会室から出た俺らはそれぞれ荷物を取りに寮に戻る。寮を出ればかれこれ一週間、ここには戻ってこない。

 必要最低限の衣類と御前試合で使う獲物を取りにいかなければならない。


「ソウはどこかに泊まるの?」

「そのつもりだ。皆藤本邸から薄まで半日以上はかかる。ここからでも遠いからな」

「ああ、そっかぁ」


 なにやら残念そうな表情の櫻。


「そういうお前はどうするんだ? 皆藤本邸から夢野(そっち)の本邸までは近いし、通うのか?」

「ううん。本邸じゃなくて別邸の方に泊まると思う」

「別邸?」


 たしか一松の別邸は夢野の端、しかも皆藤本邸がある草蓑(くさみの)と接していない方の端だ。本邸の方が近くないかと尋ねると、ほらあそこはまださと言葉と表情を濁されたが、納得いった。

 まだこいつにとってあの事件は終わっていない。

 というか、俺にとっても終わらせることはできないな。

 だって両親を殺した、手を下した本人はまだ立睿武芸高校(ここ)にいるんだからね。



「できればソウについてきてもらいたいんだけれど……」

「ダメだ」


 きっぱりとした返答にだよねと肩を落とす櫻。俺としてもついていってやりたいが、平時ならまだしも五位会議の最中はピリピリする。こんなところでお前の足をすくわれたくないんだ。


「……――――わかった」


 渋々だったけれど、なんとか理解してもらえたようだ。


「ごめんな」

「ううん」


 謝ると、わがまま言っちゃって私こそごめんと謝られた。でもさと言って、そっと手を握られる。


「これぐらいは大丈夫だよね?」

「えっ?」

「ちょっとぐらいはいいよね?」

「ああ」


 これぐらいだったら大丈夫だろう。そう握り返すと、思ったよりも櫻の手は小さかった。

 こんな手でコイツは戦っているんだ。


 戦わなきゃいけないんだ。


 同情というよりも、ただそう感じてしまった。


 でも、きっと誰かが……――


 今はそれを考えるのをやめよう。


 とはいえ、いつまでも櫻の手を握っているわけにもいかない。

 そっと手を離すときに残念そうな顔をされたが、よい年をと言って、寮に入っていくときに櫻の視線を感じたが、振りきった。

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