俺のために争わないで
文化祭当日。
例年に比べておとなしい方だと理事長は言っているが、それは本当なのだろうか。
昨日の夕方、最後の作業をしていたのだが、直前になって出店許可証を紛失したとか、体育館で行われる有志のバンドの演奏会の時間を交換してくれとか、正直すべて断りたいぐらいに忙しい。でも、これを世の中の一般的な高校生たちはこなしていると考えると、俺らがそれをしないのは負けた気分にもなる。
よくよく考えると、武芸百家の訓練校がおおもとといえども、武芸科の人間だけしか生徒会長になれないというのはおかしくないかともやっぱり思ってしまうけども、なんだかんだ櫻や茜さん、薔さん、そして理事長としゃべりながら作業していたのは楽しかった。
これが数年後、いやもっと近くかもしれないが、伍赤家の首領としてこの人たちと渡りあわなければならないことを考えると、非常に気が重い。
「で、総花君、着てくれたんだね」
文化祭当日限定でコスプレして登校しても問題ないという伝統だそうで、俺と櫻はそれぞれ茜さんから渡されたあの服を着てきたんだが、にやにやとしながら理事長室に待っていた彼女は開口一番、本当に着てくれてるんだというような口ぶりで言ってきやがった。
茜さんが着ろって言ったから着てるんだけれどなぁ。
「……ええ、着ましたよ」
コスプレ用に作られているものじゃなくて、どこかの家で使われていたといってもいいようなぐらいしっかりとした生地だった。
「総花、かっこいいでしょ、茜さん?」
「ふふふ。そうね。あなたが伍赤の次期首領じゃなければ、皆藤家……いや違うわね、私が直々に雇ってもいいくらいなのにねぇ」
「えぇ……? だったら一松が雇いますので、ご安心を」
茜さんの言葉にムキになる櫻。
落ちつけ、二人とも。俺はよほど伍赤が落ちぶれるようなことがない限り、そして、廃嫡されない限り、路頭に迷うことはないはずだ。だから、二人が今ここで言い争っていても無駄だ。
「三人で楽しそうだな」
そう言いながら理事長室に入ってきたのは、どうやら朝の見回りを終えたらしい薔さんは差し入れをもらったのか、両手にビニール袋をかかえ持ち、ちゃっちい仮面なんかつけている。
俺に対して非常に理不尽な扱いをしてくるが、ほかの生徒たちからはかなり評判はよくて、生徒会室に質問しに来る生徒が多い。ちなみにそれ、俺らが理事長室に避難したという理由の一つでもあるんだよね。
そんな薔さんがまだ文化祭も始まっていないのに差し入れをもらっている光景に少し羨ましくもなるが、なんか大変そうだった。すでに疲れはてた顔をしている。行く先々でもみくちゃにされたのかなぁなんて考えてしまう。
「ちなみにそれはなんのコスプレで……――?」
そんな薔さんの服に俺の意識はいってしまった。緑色のつなぎのような服になんか尻尾までついている。それって動くんだろうか。
「……あ? アニメに出てくるイグアナって言ってたような気が」
「カメレオンよ」
えっと、どうやらこれも茜さんの仕業のようで、間違えないでよぉと頬を膨らませて怒っている。
可愛いな。
「お前、今、可愛いとか思っただろ、それに、お前はなんで執事服なんだよ。次の期末考査では減点するぞ」
なんで、それだけで薔さんに怒られなきゃいけないんだろうか。
というかそれで減点とか、パワハラだろ。ああ、でも、ここは会社や一般社会じゃないから関係ないのか、それは。
チッ。
心の中で舌打ちしたが、敬愛する茜さんにもらった服にご満悦な薔さんはどうやらその服でもいいらしい。この人の扱いもかなりちょろいな。多分、茜さんからというだけでかなり機嫌がよくなるやつだな、こりゃあ。
大丈夫かな、この人の未来。
そんなどうでもいいことを考えていたが、櫻に引き継ぎをしていく薔さん。カメレオン(大)が猫耳メイドに引き継ぐ姿ってどう見ても滑稽だけれど、誰一人としてそれを指摘しないあたり、多分だれもが壊れていると思う。
「とりあえず全体の異常はなかった。スプリンクラーも正常に作動するみたいだから、多少ボヤがあっても問題はないはずだ」
いや、それ問題あるだろ。
薔さんの報告の最初は『どの模擬店も企画も順調に準備進んでいる』とか『体育館でのリハーサルが順調に進んでいる』とかそういうありきたりなもののはずだったのに、なんでよくわけわからない報告が混じってるのかなぁ。
「そうですね。初期消火は大事だといいますし、ボヤが起こっても問題ありませんね」
しかも、櫻までそれにのっている。本気か、お前。ジト目で二人を見たが、どこ吹く風な彼らはそのまま会話を続行している。
まあ、いいや。
二人が引継ぎやっている間に俺はひとつ聞こうと思っていて忘れていたことを聞こうと思って声をかけると、中央のソファで書類仕事をしている茜さんは静かに視線を俺に向ける。
「そういえば今日の行動予定表ですけど」
「うん?」
なにか問題があったのかというような視線で見てくる茜さんに、そういうわけじゃないんですと苦笑いする。
「できれば、ここの見回りをかわってもらえないかと思いまして」
「……――――なるほどね。わかったわ」
俺の言いたいことが察せたようだ。すぐに了解してくれた。
「そのかわり、今日じゃなくてもいいから私にも時間を作ってくれる?」
「わかりました」
しょうがないな。でも、いつもよくしてもらっているお礼だと思えばいいのか。素直に頷いた。
案の定というべきか、当日午前中には多くの相談事が本部である生徒会室に舞いこんできた。
『食材が足りなくなったから、ほかのクラスからわけてもらってもいいですか?』
『音響機材が壊れてしまったから、修理してもらえませんかね?』
『黄色のテーブルクロスがなくなったんですけれど、どこにあるか知りませんかね?』
どれも正直面倒なものだった。
食材については譲渡不可って規約に書いておいたし、音響機材の修繕は生徒会ではなく、放送委員だし、クラスの私有物についてはそれぞれで管理願いたい。
とはいえども無下にあしらうことはできず、ある程度丁寧な対応をした(つもりだ)。
そして昼過ぎ、ようやくひと段落着き、薔さんと茜さんの二人に本部の番を交代してもらって、櫻と二人、文化祭をまわることにした。
「なんか、青春してるみたいだねっ!」
「ああ、そうだな。なんか食いたいもんあるか?」
「うーん……――あそこの綿あめ!」
「そうか、じゃあ、まずはそこに行こっか」
「やったぁ!!」
メイド姿の櫻ははしゃいでいるが、そのスカート、微妙にいつもの制服より丈が短いことに気づいてないよな、絶対。
そっと執事服の上着を着せてやると、うん? と顔を見あげながら傾げる。
「……とりあえず、着ておけ」
「うん」
俺は少し赤くなっている顔をそっと横向けたが、なんだか櫻は嬉しそうな声で頷く。お前、状況把握してねぇだろ。
一般科の綿あめ屋さんでひとつ買うと、なぜかおまけで俺の分までくれた。
「サンキュ」
「どういたしましてぇ」
店番の女子生徒は羨ましそうに櫻を見る。まあここまで猫耳メイド服が似合うのは希少価値が高いよなぁ。
人混みを避け、実習棟の屋上まで来た。
普段から開放されているこの空間は、今日に限って誰もいなかった。俺の右側に櫻が座った。なんだか、かなりくっついているのは気のせいか。
「ねぇ、総花」
「なんだ?」
綿あめを無心に食っていた櫻が声をかけてきた。すると、櫻は無表情で綿あめを地面に置く。
「おい、食べも――」
「うしろに気づいてる?」
「ああ?」
櫻の発言がどういうことかさっぱりわからなくて、振りむく。
黒いショートカットに黒い瞳。
背丈は櫻と同じくらい。
まるで櫻の生き写しだ。
「榎木さん――――」
俺はなぜこの人がここにいるのかわからなかった。いや、わかりたくなった。
「よぅ、久しぶりだな、にいちゃん」
その人物はにやりと笑って櫻を見る。左側がなんだか重いと思って見ると、櫻が俺に隠れるようにしてぶら下がっている。




