いじわる
それから一か月。
一学期期末考査の前後にあったような不審な動きも襲撃もなく、はじめての体育祭も乗りきった俺たちは、普段通りの生活を送っていた。
いや、正確に言うと生徒会室よりも理事長室に集まる機会が多くなっていた。
理由は単純。理事長室の方がなにかとほかの生徒たちから追われることもないし、なにより揚げたこ屋の面子で話しあうのに楽だからだ。
「だからさぁ、このクラス、衛生的にダメって言ってるのに、なんでそこまでロールケーキにこだわるんだろう?」
ある赤ペンだらけの企画提案書を見ながら。櫻が面倒そうに唸る。
机一面に広げられたそれらの一枚一枚、確認している姿は本物の生徒会長だった。とはいえども、最終的な交渉事はすべて俺に投げてくるもんだから、やってられない。
「多分、屋内で喫茶スタイルだからいいんだと思ってるんじゃねぇのか?」
「そういうことかぁ……――」
「ところで、櫻」
「うん?」
俺は一枚の企画提案書を櫻の目の前にかざす。
「……――――え、ええ? えええ?? なんで、こんなにうまく計画を立てられるの!?」
だろうな。
正直、俺が主催者だったらたしかにこちらを選ぶ。櫻の悲鳴になにごとかと来た薔さんもそれをみて納得した。
「ああ、料理研究部はかなりの腕前だな。もしこれが勝負ならば、お前たちが太刀打ちできる相手ではない」
その辛辣な意見に卒倒しかける櫻。
まさかかぶるとは思わなかったんだろうなぁ。
「……じゃあ、やめといたほうがいいかな?」
揚げたこ屋を断念させられそうになり、しょぼんとなっている櫻。
「そうだな」
「……だな」
薔さんも俺も櫻の夢をとん挫させたかったわけじゃないが、こればかりは仕方がない。
「しょうがないが、見回りに徹する、というのも手だぞ」
「……なにかメリットでもあるんですか?」
その提案に首を傾げる俺たち。薔さんは気づいてないのか? と真剣な眼差しでこちらを見てくる。
「前にも言ったかもしれんが、文化祭は下手すると乱闘騒ぎになる。だから、見回りを強化して、それを事前に防いだ方がなにかと好都合だ」
なるほど。たしかに前に言っていたことだな。
櫻もそれにしぶしぶではあるものの頷いていた。どうやら完全に諦めたようだった。
気持ちを切りかえたらしい櫻は企画提案書に目を通して、中間考査も無事に終わり、本格的に文化祭に向けて動きだした。寮生活だからいいのだけれど、夜遅く九時ごろまで理事長室にこもっているのは、青春だなと感じるのを通りこして、ある意味新鮮さを覚えた。
ここ最近、寝不足気味だけど、少しくらいは慣れておいてもいいのかもしれない。櫻も一生懸命に巡回したり、頭をフル回転させて、予算を考えながら備品の注文をこなしたりしている。一応役職を持っている俺もアイツに従っていろいろ動いていて、ほぼ毎日のように部活動やクラスの代表者、有志グループの人たちと話しあって、当日、円滑に動けるように『舞台』を整える作業に勤しんでいた。
「総花君、ちょっと保健室に来てもらえるかな?」
白衣姿の茜さんに呼ばれたのはそれからまもなくのこと。文化部の人たちと体育館の利用について打ち合わせから帰ってきた直後で、ひと息入れたかったけども、そんな余裕が吹きとんだ。
なんだろうと思って保健室に行くと、棚のうしろからガサゴソとなにかを探しだしている茜さん。だれかがいるのか、ベッドひとつ分がカーテンで覆われている。
「これどぉう?」
そう言ってなにかを茜さんは取りだした。俺はそのブツを凝視してしまった。
「えっと、これは……――」
「うん、燕尾服」
にこやかな笑顔で言われたその言葉に、すごく嫌な予感がよぎる。一応、ボツになったとはいえども、まさか――――
「当日、着てくれない?」
「嫌です」
やっぱりか。
なんかもう恒例のやりとりだからか慣れてきたぞ、この人の扱いかた。
「ちなみに櫻ちゃんは快くメイド服を着てくれるよ?」
「は?」
茜さんの言葉に唖然とする俺。まさか、櫻が快く頷くとは思えなかった。
「なにか交換条件出しませんでした?」
「ううん」
「それ、嘘ですよね?」
「本当だよ?」
わざとらしく首を傾げる茜さん。ちょうどそのとき、閉まっていたカーテンが開かれ、中にいた人物が出てくる。
「どうかな、ソウ?」
ちょうど話題に上がっていた櫻だった。可愛らしいフリルがついたワンピースに白いエプロン。頭には猫耳のカチューシャをつけていて、いつもの猫っぽさがより強調されていた。
「どうだい、総花君? これでも、君は執事服を着てくれないの?」
「えっ? 着てくれないの?」
悪魔のような微笑みを浮かべながら尋ねる茜さんに、純粋に着てくれないのかと尋ねる櫻。
ハイハイ、わかりましたよ。
この二人に見つめられたら敵わないな。
「着替えてきますが、当日の楽しみっていうことで、いいですよね?」
それでも最後の悪あがきをさせてもらおう。




