離れられない理由
「よくやった、櫻」
櫻の近くまで行き、髪の毛をくしゃくしゃっとすると、いつもは嫌がるのに今日はなぜかすり寄ってくる。
「なにがあったんだ」
多分あいつ、三苺苺のせいだとは思ったが、確認するとやっぱりやつのせいらしい。見たくもないらしく、俺の胸にすりすりと頭を押しつける櫻。
しばらくの間、頭を擦りつけていた櫻だったが、そういえばと顔をあげる。
「ねぇ。ソウは誰か好きな人はいるの?」
「……――は?」
突拍子もないことを聞かれ、答えるのに困った。
いや、好きな人はいるが、答えてもいいものなんだろうか。一応ここは皆藤家の敷地内だしなぁ。
「ううん。いないならいい」
「はぁ」
この言葉にはどんな意味が含まれているのだろうか。さっぱり意味が分からなかったが、こいつがいいと言うなら、まあいいや。
「さて、三苺苺君、これでキミは気が済んだかい?」
理事長が近くまで来ていた。
「ええ、十分です。ボクの気持ちをしっかりと彼女に伝えられましたので、これ以上、彼女の邪魔になることはいたしませんよ」
飄々と答える苺だけど、その言葉の裏にはなにかほの暗い感情が蠢いているような気がした。理事長はその感情を読みとったか、読みとれなかったのかわからないが、少しだけ目を細めて苺たちの方を見る。
「そうか。生徒会長選には落ちたことだが、生徒会には入るかい?」
「いえ」
苺の答えに俺は拍子抜けした。ここまで櫻にこだわったんだから、こいつが生徒会に入るのだろうと思っていたのだが。そう考えていると、のんきな苺の声が聞こえてくる。
「まあ、せっかくですし、立睿高校に転入させていただきますけど、組織はどうも苦手で。そうですね。せいぜい地下組織ぐらいの役目の方が僕にはふさわしいでしょう」
地下組織?
なにに対する地下組織なんだろうか。
しかし、茜さんも薔さんも、そして理事長もまったくその意味に気づいていないようだ。
「ねぇ、総花」
先ほど離れたはずの櫻がまた近くに寄ってきた。
「なんだ?」
「私、あの女の子、見た覚えがないんだけれど」
「どういうことだ?」
野苺の方を指さす櫻。
「あの男は会ったことある。それは覚えている。でも、あの女の子は……」
「ああ、そういうことか」
俺は頷く。
「おそらく会ったことない女だ」
「えっ……――」
ちなみに俺も彼女、野苺に会ったことはないと思われる。多分、すべて彼女の妄想だろう。俺と会ったことも俺のことが好きなことも。
多分、彼女の兄、三苺苺の刷り込みによって。
「でも、それを裏付けられるような証拠は今はない。だから、黙っておこう」
「だね」
なんのために彼女まで巻きこんだのか理解できないが、いずれ種明かしができる日が近くなるだろう。だから、それまではこの平和な生活を乱されたくないものだ。
「ねぇ、総花」
「なんだ?」
そう言って顔をギュッと近づけてくる櫻。可愛いな。こういうところがお前から離れられない理由なんだよ。
「夢野に帰ったら、ニコラスおじさんのアイスクレープおごってくれる?」
「ああ、いいよ」
いつ帰れるかはわからないが、もちろんだと笑う。それくらいのことをしたって罰は当たらないよね?
突然の決闘に疲れはてた俺たちは、理事長に一言告げて先ほど荷物を置いた建物に戻った。
「さっきさ、さっさとこんな場所なんか捨てて、あの人にボクのところに来ないかって言われた」
「そうか」
ボソリと呟かれた俺は落ちついてその言葉を聞くことができた。多分、あいつらがいたら、落ちついてなんていられなかっただろう。
やっぱり面倒くさいやつらだなぁ、あいつらは。櫻にこんな置き土産なんかしやがって。
「でも、私には総花がいる。総花のおかげでいろいろ乗り越えられた。多分、ううん、絶対に総花がそばにいてくれないと私は生活できない」
「……――そうか」
そういえばどうやらすでに伍赤総花という呪いにかかっているみてぇだな、コイツは。
「お前の両親のこと」
「うん? ああ。私は大丈夫」
どうやらあの男、三苺苺はどでかい爆弾を落としていったのにもかかわらず、今はシャキッとしてる櫻。ますます目を離せない。
これだからコイツから離れられねぇんだよ。
だれか、コイツに寄りそえる人を早く見つけねぇとな。




