遅れてきた男
少し休憩をいれたけど、車でずっと本を読みっぱなしだったからか、非常に肩が凝っている。
「よし、せっかく練習場もあるんだし、ちょいと運動してくるか」
「そうだね」
荷物を割りあてられた部屋に入れ、双刀をいれた袋を肩に担いで居間に戻ってくると、櫻も行くという。長時間動けなかったせいでか、もうすでに戦闘態勢になっている。
早いな。
「二人ともなんでこういうときは息があってるのよ」
呆れたように言う茜さん。
「いや、癖?」
「そうだね」
今日の朝は早かったので、出かける前の朝練もしてないし、昨晩も自主練習をしていない。なんとなく歯磨きするようにいつも体を動かしていないとなんだか気持ち悪いのだ。多分、これは理解してもらえないだろうかなと思ったら、櫻も同意してくれた。
「夢野の里だと普通に野宿とかしてたから、あまりいつ身体を動かすというのは決まってなかったけど、なんだか動かしてないと不安になるんだよねぇ」
「そうなんですよ」
櫻が言ったことにも同意する。今でこそ規則正しい生活をしているが、入学する前はひたすら打ちあっていたときもあったからなぁ。だからか、しばらく測ってないけれど、少し体重が増えたような気がする。
「ありえない」
茜さんの言葉に首を傾げる俺たち。皆藤家もそんなもんじゃないのか? そもそも、武芸百家だったらそんなに異常じゃないような気がするんだが……――
「い じょ う よ」
茜さんが悲鳴に似た声を上げる。
「あなたたちは訓練のしすぎよ。それじゃあ、だれだって勝てやしない」
いや、あなた勝ったじゃん。
「茜さん、勝ちましたよね?」
俺の心の中を代弁するように櫻がツッコむ。珍しいな、櫻がツッコむなんて。
「……だって、あれは反則ありきの試合だったもの。多分、体術と双刀術だけの比較ならあなたたちに劣るわ」
「そうだな」
今まで置物のよう黙っていた薔さんも同意する。
「ねえ、せっかくだし一度戦ってみない?」
多分負けるけど。
茜さんは悔しそうに俺らに試合を挑む。
「いいですよ。ただし、僕たちが勝っても負けても、なにもサービスできませんからね?」
先に条件を付けくわえておく。先に言っておかないと、あとからが怖い。
「わかったわよ」
どうやらあの手この手でサービスをつけたかった模様の茜さん。先にくぎを刺されたことがすごく悔しそうだ。薔さんはいいだろうとすんなりと頷いてくれた。
茜さんと俺、櫻と薔さんの組みあわせで勝負する。きちんと監視、公平になるように一対一を二回すること、そして俺と櫻で先に練習場になにもしかけられてないことを確認する。
「じゃあ、はじめましょう」
上機嫌の茜さん。伍赤家では女性用として使われる短めの双刀を一組、それぞれ構える。
茜さんの構えは両手とも中段。うーん、たしかにあまり慣れてない人の構え方に近いが、それ以上にゆれるアレが邪……考えるのをやめよう。
俺は左手を上段、右手を中段に構える。あまりなれないものだが、少し試してみたいことがあった。
「はじめ」
静かに薔さんが合図をだす。茜さんの刃先の動く方向が見える。それだけ動きが鈍く、フェイントをかけられやすいということはわかった。
「おっと」
負けるかもと言っていたわりには強い。
茜さんの両方の刃でちょっとこちらの左手側が持っていかれそうになった。なるほど。そんな使いかたもあるのかと考えながら余っていた右手で下から突きあげ、茜さんの体を勢いよく突きはなしながら、左をするりと抜きさる。
抜きさった左側は一瞬だけ離して逆手に持ちかえ、容赦なく上に振りかざす。
先ほど突き放したときに重たくばさりという音がしていたから、茜さんが倒れたのだろうという予測をしていた。案の定、彼女は倒れこみ、自分の体の上に双刀で十字をつくってこちらに向けていたが、すでにこちらのもの。左の刀をのど元すれすれのところへかざす。
「勝負あり」
脇で見ていた薔さんが声をかける。俺はその声で張りつめていた息を吐きながらのど元にかざした刀をしまう。
「さすがだわね。本格的に双刀術を習いにいこうかしら」
「勘弁してくださいよ」
茜さんは少し悔しそうだったが、表情は晴れ晴れとしている。
「じゃあ次は櫻ちゃんと薔ね」
近くに置いておいたタオルで汗を拭きながら茜さんが位置についてねと二人に声をかける。しかし、練習場と館の出入り口の方から待てという声が聞こえた。その場にいたほかの三人も予期していないものだったようで、声の主を一斉に見る。
出入り口からこちらに向かっているのは三人。
理事長と背の高い男と小柄な少女。どこかで見たことのあるような感じだったが、知りあいではないだろう。だんだんと近づいてきて、ようやくその正体に気づく。
『私はただの通りすがりの一般素人ですぅ』
片方はあのとき練習場にいた少女。そして……――
『さぁね、一松のねーちゃん?』
「襲撃魔……――!!」
櫻も茜さんも薔さんもその姿に驚きを隠せなかったようだ。でも、なんでこいつらが?
「一松櫻、お前との真剣勝負を俺は希望する」
そう言って、櫻の方をしっかりと見る男。その視線の先には茜さんはいない。
うん、いろいろ作者の雰囲気ぶち壊していてごめんなさい。