自力で強くなれないなら、仲間の力を借りればいいじゃない!
「カイラ、俺たちはチュートリアルで対戦していたつもりだが」
「そ、そうでしたねー……」
『ドリクロ』によるバトルは、俺の黒星で終わった。
チュートリアルで負け戦をするカードゲームがあるらしい。いや、元の世界のデジタルゲームでも、手ごわいチュートリアルがあったような気がする。
魔術ギルドの窓際のソファーで、俺とボイル、カイラ、カストルが机を囲んでいる。リブレは別の用事があるらしく、魔術ギルドの奥へと行ってしまった。
「まあ、『ドリクロ』のルールがある程度分かったから、俺は気にしないよ」
「ミカンちゃん、補佐役が力不足でごめんねー」
「手札は見えないから、こっそり手加減しても良かったじゃね―の?」
「うう……。ごめんひゃい……」
カイラの頬は、ボイルが軽くつまめる程に柔らかいようだ。
対戦の結果について話をする俺たちを見て、カストルは自分のカードブックを取り出した。
「それで、ミカンはもうカードを作ったのか?」
「え? カードって作る物なの?」
戦闘の記憶が強すぎて、リブレの説明を思い出すより早く言葉が出てしまった。
ドリクロではプレイヤーがカードを作る事ができるようだ。そして、カードの名前や効果は作成者の状況や感情が表れる。
「試しに作ってみなよ」
「どうやって作るの?」
「何かこう……、今の気持ちとか思い出を浮かべて、それを手先に集中させて、ぱああああ……って」
カストルの説明がしっくり来ないため、俺はボイルとカイラの方へ振り向く。ボイルは苦虫を噛み潰したような表情だ。ボイルにも説明が難しいらしい。カイラはカストルの説明に納得したようだ。腕を組んで何度か頷いている。
これ以上の説明は得られないようだ。
俺は右手で目の前に出し、静かに目を閉じた。そして、まぶたの裏に元の世界の記憶を描いていく。
……普段の自分の部屋はどんな感じだったかなあ。
パソコンに携帯電話に、ゲーム機器。本棚には漫画が並べられていて、パソコンが置かれた机にも一部が縦積みされている。そして、部屋の端には実家からの仕送りのみかん箱。
……俺は、元の世界に帰りたいのだろうか。
異世界に来て、孤児院の人たちと食卓で話をして、カードゲームで対戦した。それでも、目を閉じて最初に思い描く物は元の世界の光景だ。
元の世界に帰る手段はあるのだろうか。この姿で元の世界は、両親は受け入れてくれるだろうか。思い出の影に不安が潜み、それが膨らんでいくような感覚に襲われる。しかし、思い出が川の流れのようにぐるぐると渦巻いていき、不安は次第に紛れて消えていく。
俺は記憶の流れを小さく丸めて、右手に集中するように意識する。右手の先に集まったそれは、まぶた越しに感じるほどの光を放つ。目を開けると、右手には1枚のカードが握られていた。
『みかんの段ボール箱』
無属性アイテム(道具)、2コスト-/4
消費:自分ターン終了時、自分の最大マナを+1する。相手ターン終了時、相手の最大マナを+1する。
カストルの説明は実は的確だったような気がする。
俺の両隣では3人が、俺が作ったカードをまじまじと見つめている。3人とも、このカードに対する感想はおおよそ一致していた。
「……ごめん。俺はデッキに入れないかも」
「うーん。このカードを使うだけで損しているようなー」
「ミカン。お前にこんなカードを作る余裕は無いはずだが?」
みんなひどいことを言う。とにかく、ボイルにはこのカードの性能と『カードを作る余裕』について説明してほしいものだ。
「アイテムはプレイヤーが装備するカードだ。
プレイヤーが装備して攻撃できる『武器』と、パワーが存在せず攻撃できない『道具』がある。これは後者だな。
道具は『消費』に書かれた効果が発動するとライフが1減り、0になると破壊される。
このカードを普通に使うと自分と相手の最大マナが2増える。両方とも同じだけ得をする。つまり、このカードを出すために使用したカード1枚と2マナ分だけ、自分が損した事になる。
自分が得したいなら、相手ターン中にこの道具を破壊する必要があるな」
「相手ターン中に道具を破壊するにはどうすればいいの?」
「うーむ……。退場時にアイテムを装備するユニットを相手に破壊させて、装備を上書きする、かな。そういうユニットなら誰かが作っていそうだ。
幸い、10を超える最大マナの上昇はドローに置換されるから、コンボを決めるターンに制限が無い」
ボイルはこのカードの使い方について本気で考えてくれていたようだ。カストルは分かっていなかったようで、ボイルの説明を聞いて目を大きくさせていた。
「カードを作れる頻度は、プレイヤーが使用できる属性数と反比例する傾向にある。
全ての属性を使えるミカンは、貴重な機会をこんな使いにくいカードを作るのに使ってしまった訳だ。使えるカードを増やしたいなら、しばらくは他の人が作ったカードをもらうしか無いな」
「そんなー」
「カードをもらうと言っても、使用権を受け取るに近い。自分のカードは無くならないし、一度使用権を受け取ればデッキに入れられる最大数の3枚まで使用できる」
ボイルがカードの使用権を与える方法について教えてくれた。
互いのプレイヤーが、自身が作成したカードを交換するという方法で、使用権の渡し合いがされるようだ。作成者でないとそのカードの許可をあげる事はできないため、俺は『みかんの段ボール箱』の使用権を渡す事になる。
このカードで相手が交換に応じてくれるか、不安になる。
「ほら、俺のカードを使わせてやるから、気を落とすな」
「私だって、ミカンちゃんのために一肌脱いじゃうもんねー!」
「俺もいるぞ!」
ボイルの一言を皮切りに、カイラとカストルがカードブックから1枚のカードを取り出す。
俺はその押しの強さに少し引いたが、3人とも俺を想っての行動だと感じた。そう思うと、なぜか俺の視界はぼやけてしまい、3人の顔を直視する事ができなくなる。背中をさする感覚がして、俺はその方向に体を預けてしまう。頭に当たるのはとても柔らかな膨らみ。体を包む腕の感覚も、覚えのある物であった。
「ほら、私の胸の中で思い切り泣いちゃっていいんだよ」
「ぐぬぬ……」
カイラとカストルの声、そしてボイルのため息を聞き流しながら、俺はしばらくの間、目の前の人の温もりに体を、不安に晒された心をも預けていた。
……そして、俺が落ち着きを取り戻した所で、3人とカード交換を行った。
『輝く狼 ファムディー』
光属性ユニット、5コスト4/6、『守護』
入場:自分のライフが相手より7以上少ない場合、このユニットは『突撃』『吸収』を得る。
※『突撃』を持つユニットは場に出したターンに、敵ユニットを攻撃できる。相手プレイヤーをも攻撃できるのは『速攻』。
※『吸収』を持つユニットが攻撃した時、与えたダメージだけ自分は回復する。
『くらえ水鉄砲!』
水属性イベント、2コスト
敵ユニット1体に-2/0し、ターン終了まで「退場:相手は『くらえ水鉄砲!』1枚を手札に加える」を得る。
『チャレンジャー・アックス』
火属性アイテム(武器)、3コスト4/2
自分は相手とパワーが3以下の敵ユニットを攻撃できない。
※武器は装備したターンに相手や敵ユニットを攻撃できる。敵ユニットを攻撃した場合、自分はユニット同士の戦闘と同様に、敵ユニットからダメージを受ける。
3人から受け取ったカードは、どれも自分のカードより使いやすそうな印象を受けた。使わないと言っていたカードを受け取り、このカードを渡してくれたのだ。
「みんな、ありがとう!」
目の前の3人はそれぞれの笑顔を返す。すると、3人の背後から羽根飾りの青年が歩いてきて、ボイルの肩に手を乗せた。
「『冒険者ギルドの隣の魔術ギルド』でドリクロを始めた時の特典カードを持ってきた」
俺たちの目の前に1枚のカードが置かれる。これは魔術ギルドで作ったカードなのだろう。
どうやら、こういった特典やイベントでカードがもらえる事もあるようだ。
「リブレもありがとう」
「どういたしまして。でも使える属性が3種類以上だから、虹レアカードをもらえる権利は無しだね」
「虹レアカードって?」
どうやら普通のカードとは別に、虹色に輝くレアカードがあるらしい。
それは1種類につき1枚しかデッキに入れる事ができず、とても強力な効果を持つそうだ。そして手札に来ると輝くため、光で相手に虹レアカードの内容がばれてしまうらしい。
「虹レアカードは強力だから、使用権の譲渡が制限されている。カードブックに今受け取れる枚数が書かれているはずだ。大会やイベントに参加すれば、その数字が増えるかもしれないな」
虹レアカードは、いわば伝説のカードという立ち位置なのだろう。
今はカードブックの数字は0が刻まれている。しかしカードゲームで活躍すれば、きっと伝説のカードを手にする事ができるのだろう。
「虹レアカードって、誰が作っているの?」
「普通のプレイヤー、特に使える属性数が少ない人が作っている。ボイルやラガーちゃんもその一人だ」
「先に言っておくが見せねーよ。本気のデッキに入れているからな」
伝説のカードを見たい! と思ってボイルの方に振り向いたが、先手を打たれた。ラガーちゃんは初対面で失敗したから、見せてくれる光景を想像できなかった。実際に虹レアカードを見るのは、もう少し先になりそうだ。
ともあれ、これで俺は『ドリクロ』のプレイヤーになる事ができた。そして、対戦して強くなって伝説のカードを手に入れて、精霊から加護を受けて魔法を使えるようになる事を夢見る。
俺はソファーから勢いよく立ち上がると、急に膝が揺れて視界が横に大きく傾く。倒れた先には白い魚が浮いていて、それに寄りかかる体勢になってしまう。この魚はカイラが連れていた、2体の魚のうちの1体だ。
「今日目覚めたばかりだから、外出はともかく対戦までするのは良くなかったかな」
リブレの言葉で孤児院に帰る空気が漂い始める。ボイルは軽く頷き、俺の手を掴み魚から離す。
「歩けるか?」
「うん、大丈夫」
立ちくらみを起こしただけで、歩いて帰れない程に体調が悪い訳ではない。そこにカストルが机に置かれた特典カードを取り、俺に手渡した。
「それじゃあ、俺たちは帰るよ」
「はーい。ミカンちゃんも、また会いましょうねー」
「はい。今日はありがとうございます。カイラさん」
俺たち4人はカイラと別れの挨拶をして、魔術ギルドを後にした。カストルが先頭を走り、リブレが離れすぎないように制止している。俺とボイルは横に並び、俺の手には特典カードが握られている。
『お隣さん勇者』
無属性ユニット、3コスト3/4
入場:他の味方ユニット1体が持つキーワード能力を全て得る。
「ボイルは特典カードの事を知っていたの?」
「ああ。カードは組み合わせが重要だからな」
孤児院に帰ってからは、俺はすぐに自分の部屋のベッドで横になった。それ以降の1日の出来事はよく覚えていない。自分が思う以上に、疲れがたまっていたようであった。
次話は、貯蓄を増やしてからにします。