初期カードは弱いカードというわけではない。
『冒険者ギルドの隣の魔術ギルド』の広場で、俺とカイラは対峙する。ボイルは横で対戦の説明をするそうだ。
いつの間にか、周りには冒険者や魔法使いのような格好の観客がいる。街道を歩いていた子供も広場にやって来たようだ。これではちょっとした見世物のようではないか。
「カイラがうるさかったからな。注目を集めるわけだ」
ボイルが俺の耳元でつぶやいた。俺はカードブックを目の前に出すと横に広がり、カードを置く台になった。
「デッキは40枚! プレイヤーには20点のライフがあって、先に相手のライフを0にした方が勝ちだよ!」
カイラはそれなりに離れた位置に立っているが、それでもはっきりと聞こえる声で説明を始めた。
「まずは手札チェック! 一度だけいらないカードを選んで、他のカードと交換する事ができるよ!」
俺の手元には4枚のカードがあり、大きな数字が書かれている。
ボイルはその数字を指さして、「コストが少ないカードを残しておけ」と助言してくれた。俺は手札チェックを済ませると、空から1枚のカードが手元に降りてきた。
「親方! 空から1枚のカードが!」
「親方じゃねーよ。これは後行に配られる『マナストーン』だ。使うと1マナ増える」
カードに書かれたコスト分のマナを使う事で、カードを使うようだ。マナは0から開始するが、自分のターン開始に最大値が1増えて全回復する。最大値は10が最大で、それ以上増える時は代わりにカードをドローするようだ。
「ところで、いつ先行後行を決めたの?」
「カイラが勝手に先行を取って、俺が許可した。マナストーンについて説明したかったからな」
いつの間にか、ボイルとカイラの間で話があったようだ。ともあれ、これで対戦前にするべき事は終わった。
「それでは、レッツ……」
カイラは3枚の手札を片手に、対戦開始の掛け声をしようと俺を待っている。俺はこれから始まるカードゲームに期待を膨らませつつ身構えた。
「バト「デュエル!」」
俺の掛け声はカイラの声にかき消される。
デビュー戦の開始でいきなり失敗する様は、隣の1人を除いて聞き逃したようだった。
「私のターン! ドロー!
『かわいいわんこ』を出してターンエンドだ!」
『かわいい子犬』
無属性ユニット、1コスト2/2
カイラがカードを使うと、彼女の前に小さな子犬が現れた。そばには2種類の数字が浮いている。それはゲームにおけるステータスの数字に見えた。
「ユニットカードは場に出して戦わせる事ができる。ただし、場に出したターンはすぐに攻撃する事はできない。あれは1コストでパワー2、ライフ2の標準的なユニットだ」
ボイルの説明で、手元のユニットカードについても理解できた。カードに書かれた3つの大きな数字はコスト、パワー、ライフのようだ。
「俺のターン!」
俺はカードを引き、手札に加えて眺める。今は最大マナが1で、コストが2のユニットカードが2枚見えている。
「マナストーンを使って『バイト戦士』を出してターンエンド」
『バイト戦士』
無属性ユニット、2コスト2/3
俺の前に革製の鎧を着た男が立つ。その顔立ちは『普通』としか形容できず、やられ役の雰囲気を匂わせていた。
でもカイラの子犬に勝つ事ができる、2コストで2/3のユニットだ。
「私のターン! ドロー!
私も『バイト戦士』を出して、『かわいい子犬』はミカンちゃんを攻撃!」
カイラは俺と同じカードを使い、子犬は俺の腹目がけて体当たりする。その勢いで息が詰まりそうになるが、予想に反して痛みは全くない。俺のライフを確認すると、18に減っていた。
カイラのターンが終了し、俺はカードをドローする。
「味方ユニットは、敵ユニットか相手プレイヤーに攻撃できる。
ユニット同士の戦闘では、互いにパワー分のダメージを相手に与えて、ライフが0になれば破壊される。ダメージはターンを終了した後も残るから、戦わせ方が大事だ」
ユニットの攻撃についてボイルから説明を受ける。『バイト戦士』で『かわいい子犬』を攻撃すれば、一方的に敵ユニットを破壊できるようだ。
俺は『バイト戦士』に『かわいい子犬』を攻撃させる。子犬はバイト戦士に体当たりを仕掛けるが、それに反撃して撃退する。
俺は手札からもう1枚の『バイト戦士』を出して、ターンを終了する。これで自分の場には2体、カイラの場には1体のバイト戦士が並ぶ事になる。
「私のターン! ドロー!
『バイト戦士』でミカンちゃんを攻撃! そして『門番ソルジャー』を出してターンエンド!」
カイラのバイト戦士が、俺に向かって剣で攻撃してきた。
目の前で男が剣を振り下ろす光景に怖くなり、俺は足が動かなくなる。その斬撃は光と音は発するが、俺に傷をつける事はなかった。しかし、ライフはしっかりと16に減っている。
『門番ソルジャー』
無属性ユニット、3コスト4/3、『守護』
目の前には『門番ソルジャー』と呼ばれた、3コストで4/3のユニットが立つ。その姿はカイラを守っているように見えた。
「あれは『守護』を持つユニットだ。そいつがいると『守護』を持たない他のユニットや、相手プレイヤーを攻撃できない」
ボイルの説明を受けつつ、自分のターン開始でドローする。手元に来たのは3コストの猿だ。枠の色が茶色な事から、地属性のカードだと分かる。
「それは入場時に効果を持つユニットだ。これであの門番に対処できる」
ボイルの助言に従い、俺は猿のカードを出す。
目の前に突然木が生えて、茂みの中から猿が顔を出す。その猿は手に持っていたバナナを俺に投げる。それは俺の手元に着く時にはカードになっていた。
『バナナモンキー』
地属性ユニット、3コスト3/2
入場:『バナナ』1枚を手札に加えて、そのカードのコストを0にする。
『バナナ』
地属性イベント、1コスト
味方ユニット1体に+1/+1する。
イベントカードは場に残らず、すぐに効果が表れるカードだ。
俺は子犬と戦闘した方の『バイト戦士』にバナナを使い、パワーを3にして『門番ソルジャー』と相打ちさせる。もう1体のバイト戦士はカイラを攻撃して、ライフを18に減らしてターン終了だ。
「私のターン! ドロー!
私の『バイト戦士』は『バナナモンキー』と相打ちするよ! そして『雪花の魔法剣士』を出してターンエンド!」
『雪花の魔法剣士』
水属性ユニット、4コスト3/5、『神秘』
自分がイベントを使用するたび、+1/0する。
その魔法剣士は雪のように白い肌を持つ女性で、蒼空を思わせる髪をなびかせている。帽子や鎧には白い花飾りが付けられていて、周囲には雪の結晶が漂っていた。
「さて、今まではカイラは黒枠のカードしか使ってこなかったが、これは水属性のカードで、カードパワーは一回り高い。ここからが本番だ」
ボイルの言葉を受けて、俺は気を引き締める。
ちなみに『神秘』は相手カードの効果の対象にならないそうだ。これは厄介そうだ。
俺の4回目のターンでは『バイト戦士』でカイラに攻撃し、4コスト4/5の『頼れる傭兵』を出してターンを終了した。カイラのライフを俺と同じ16まで減らす事ができたが、カイラの前に立つ魔法剣士はまだダメージを受けていない。
「私のターン! 『読書タイム』で2ドローするよ。その後『氷漬け』で『バイト戦士』を破壊する!」
目の前は大変な事になっていた。
3コストで2ドローする『読書タイム』と、2コストでパワーが3以下の敵ユニット1体を破壊する『氷漬け』は2枚ともイベントカードで、『雪花の魔法剣士』が5/5になってしまった。
そして、魔法剣士は俺の場の『頼れる傭兵』に斬りかかり、一方的に倒してしまった。俺の場にはユニットが残っていない。
俺のターンが来てドローしても、手札にはすぐにあの魔法剣士を対処するカードが無い。5コストで5/3の『ボスのハスキー犬』を出して、ターンを終了する。
このユニットは『退場』、つまり破壊された時に『かわいい子犬』を2体場に出す事ができる。カイラが手札のカードでこのユニットを破壊したとしても、後続の子犬であの魔法剣士と相打ちして対処できる。
「私のターン!『門番ソルジャー』と『蜘蛛糸の魔術師』を出すよ。『蜘蛛糸の魔術師』の登場時効果で『ボスのハスキー犬』を『拘束』する!」
カイラの前に現れた2人のうち、魔法使いのような風貌の女性がハスキー犬を糸でぐるぐる巻きにしてしまう。
『蜘蛛糸の魔術師』は3コスト4/2のユニットで、場に出た時に敵ユニット1体を攻撃できない状態にする。この状態は俺のターン終了まで続くようだ。スタッツが4/3で『守護』を持つ『門番ソルジャー』が横に並び、状況は更に悪くなった。
そして『雪花の魔法剣士』が俺に攻撃してきて、残りライフは11になる。カイラの場には3体のユニットがいて、パワーの合計は13だ。一方、俺の場には蜘蛛糸で身動きができない犬がいる。
このままでは負けてしまう。
「お、俺のターン! ドロー!」
『パチンコボーイ』
無属性ユニット、3コスト2/2
入場:敵ユニット1体に2ダメージ。
ボイルはドローしたカードを横から見て、顔をしかめる。
「このカードの入場効果は敵ユニットを対象に取る。『雪花の魔法剣士』は『神秘』を持つから対象に取れない」
しかし、隣の『蜘蛛糸の魔術師』を倒す事ができる。
俺は『パチンコボーイ』を出し、入場効果の対象に『蜘蛛糸の魔術師』を選ぶ。半袖短パンの少年は手にした木製のパチンコで、魔法使いの帽子にくるみの弾を当てて撃破した。
俺は『守護』を持つ『門番ソルジャー』追加して、ターンを終了する。多少不安があるものの、これで自分のライフを守る体制だ。
「私のターン! まずは『読書タイム』で2ドロー!
そのあと『アルゼア学院の魔法少女』の登場効果で『門番ソルジャー』のパワーを下げる!」
カイラは小さな魔法少女を場に出す。その少女の服装は学校の制服のように見えた。これがアルゼア学院の制服なのだろう。少女は氷の魔法で門番の武器を氷で固めて、パワーを2に減らしてしまう。
「そして『氷漬け』で『門番ソルジャー』を破壊するよ!」
パワーが下がった門番は、パワーが3以下のユニットを破壊するイベントカードの対象になってしまった。俺の場には自分を守れるユニットはいない。
そして、カイラの場にはパワーが4の門番と、2枚のイベントカードでパワーが7まで上昇した魔法剣士!
「いっけーーーー!!」
「う、うわああああ!!」
門番と魔法剣士が俺に襲い掛かってくる。俺は隣のボイルに助けを求めるが、彼の表情にも焦りが浮かんでいる。
「ちょっ!? 俺も巻き込むつもりか!?」
「さっき私をオーバーキルした恨みだーーーー!!」
2体のユニットの武器には魔法がかかっているのか、氷の結晶を帯びている。2本の武器による斬撃の軌跡は、広場に大きな十字を描く。
そして、2人の人影が宙を舞う。
金髪の少女は広場の端にいた観客の一人、孤児院の少年に受け止められる。黒髪の青年は広場を囲む柵で、布団が干されているような状態になっていた。
「あ、ありがとう……」
「この位いいって事よ! 何せ先輩だからな!」
俺を抱きかかえた少年、カストルの白い歯が陽の光で輝いて見えた。やっと、先輩らしい行動ができて満足した様子であった。
途中から、カードバトルは重要な場面だけ抜き出して表現すると思います。