向かいの飲食店「ぎぃゃぁああああ!!!!」
「魔術ギルドに行ってみたい!」
「うむ。体の方が問題ないなら、一緒に行きましょう」
昼食を終えてボイルとカストルが魔術ギルドに行く事を聞いて、俺も便乗しようとした。動機は「魔法について知りたい!」という単純なものだ。今日1日は休むように言っていたリブレは、同行する事を条件にそれを許してくれた。
魔術ギルドへは俺とリブレ、ボイルとカストルの4人で行く事になる。目的地までの道のりは徒歩であり、それほど時間はかからなかった。
到着した時には、目の前に木造で二階建ての大きな建物が広がっていた。敷地内には広場があり、そこで数人が怪しげな道具を囲んでいた。話し声に耳を傾けると、道具の試運転をしているようだった。
また、敷地は隣の建物のものと繋がっていて、間には大きな掲示板が立っていた。5色の奇妙な5人組が掲示板を眺めている。その集団はそれぞれ武器を携えていて、冒険者のように見えた。
「説明しよう!」
突然、リブレが俺たちの前で腕組みをした。
リブレの言動に混乱して俺は左右を見回すが、ボイルは呆れた表情をしていた。カストルの姿は既に俺の隣には無く、目の前の建物の中へと消えていた。
「ここが『冒険者ギルドの隣の魔術ギルド』で、隣に見えるのが『魔術ギルドの隣の冒険所ギルド』だ。『冒険者ギルドの隣の魔術ギルド』はラーグタウン内で唯一の魔術ギルドであり、『魔術ギルドの隣の冒険所ギルド』と連携する事で有益な効果をもたらしている。
具体的には、距離が近い事で『冒険者ギルドの隣の魔術ギルド』から『魔術ギルドの隣の冒険所ギルド』へと材料調達の依頼をする事が容易になる。消耗品の調達のために『魔術ギルドの隣の冒険所ギルド』から『冒険者ギルドの隣の魔術ギルド』へ買い物に行く事も同様だ。
また、『冒険者ギルドの隣の魔術ギルド』で作られた道具を『魔術ギルドの隣の冒険所ギルド』で利用する事で、利用者の生の意見を聞いて道具を改良する事ができる。『冒険者ギルドの隣の魔術ギルド』で行う研究の題材が『魔術ギルドの隣の冒険所ギルド』で生まれる事もある、といったものだ。
ちなみに、魔術ギルドと冒険者ギルドは他国にも点在する国際的な組織であり、建物の名前は『魔術ギルド・グルジア支部』『魔術ギルド・ハイレスト支部』といった、国名や都市名が後に付く事が多い。
しかし、ラーグタウンの建物の名前は『冒険者ギルドの隣の魔術ギルド』と『魔術ギルドの隣の冒険所ギルド』と呼び、街の外で『冒険者ギルドの隣の魔術ギルド』と『魔術ギルドの隣の冒険所ギルド』について呼ぶ際には、『ラーグタウンの、冒険者ギルドの隣の魔術ギルド』『ラーグタウンの、魔術ギルドの隣の冒険所ギルド』と、頭に街の名前を付けて呼ぶ事が多い。ラーグタウン以外にも『冒険者ギルドの隣の魔術ギルド』や『魔術ギルドの隣の冒険所ギルド』が存在するという事だな」
どさりっ
リブレの話の途中で俺の視界が歪み、立っていられなくなる。この音は隣のボイルが、倒れそうな俺の体を受け止めた音のようだ。
そして、視界の歪みはまぶたの陰に隠れていき、俺の意識は闇の中へと吸い込まれていった。
「俺のターン! ドロー!」
視界に光が戻ってから初めて聞いた声は、異世界で聞くとは思わなかった単語が並んでいた。声がする方に顔を向けると、広場で二人が対峙している光景が見える。
俺はリブレの説明で倒れてから、目の前にあった建物の、エントランスの端にあるソファーで寝かされていたようで、窓越しに広場を眺めるという状態だ。
広場の二人のうち、片方はボイルのようだ。
彼の右手には長剣を持っていて、前方には横長の台が浮いている。台の上には四角い札が並べられていて、ボイルの左手にも同じような札が見られる。台より更に前方では騎士や魔法使いのような格好の人が立っていて、もう一方の女性に向けて身構えていた。その女性の方にも同様の台と札あり、見上げるほどに巨大で青い蛇のような生き物が威圧感を放っていた。
これはカードゲームのように見える。
ボイルと女性が対戦していて、間に立つ騎士や蛇はカードによって生み出されたものなのだろう。騎士が大蛇に斬りかかり、相打ちして双方の姿が光に消える光景が、俺の予想を裏付けている。
ボイルが右手の剣を空高く突き立てる。その黄金の輝きは光の粉をまとい、青い蛇をも超える高さの柱を形作る。
「これで終わりだ。Xリカバー!!!」
「リカバー!?」
ボイルが剣を振り下ろすと、光の大波が相手の女性を包み込む。女性の影はすぐに見えなくなり、光は敷地を超えて街道を貫いた。向かいの建物の中に光が流れ込んだらしく、窓という窓から光を噴き出している。
光が収まった時には剣と魔法使いの姿は消え失せて、仰向けで空を眺める女性が残されていた。不思議な事に、女性や向かいの建物には傷一つ存在しなかった。
「『ドリクロ』が気になるのかい?」
突然後ろから声をかけられて体が跳ね上がる。
振り向くと、リブレが向かいのソファーで書類を書いていた。俺が横になっていたソファーは二列に並んでいて、間には書類と判子が置かれた机がある。
「ドリクロって一体何なの? 俺にはカードゲームに見えたけど」
「説明しよう!」
「ひぃっ!」
リブレは俺の質問に対して、急に腕組みを始めて部屋に響くような声を上げた。それは建物前で気を失った事を連想させてしまい、俺の体は拒絶反応を起こす。
それを見たリブレは僅かなためらいを見せるが、腕組みと説明を続けた。しかし、その体はソファーの背もたれに預けていて、声は普段のものであった。
「『ドリクロ』は魔術ギルドで開発された、対戦型のカードゲームだ。
これは娯楽だけでなく、魔法の基本属性となる6属性の勢力争いと、個人の魔力強化に使われている。
ある属性のプレイヤーがカードゲームで強くなれば、その属性の勢力も強くなる。各属性の精霊は強いプレイヤーに加護を与えて、その者の魔力を底上げする。また、魔力を強化する手段として自分のカードを他者に使ってもらう事も含まれている」
「リブレ先生! 質問がいくつかあります」
「うむ。質問を受け付けよう」
俺はリブレを先生と見立てて、質問の連打を始める。
「『ドリクロ』って何かの略称なの?」
「『ドリクロ』の正式名称は『ドリクロ』だ」
「魔法の基本属性はどんな物なの?」
「火、水、風、地、光、闇の6属性だ。組み合わせによって他の名前の属性が現れる」
「プレイヤーには属性があるの?」
「人によって属性の適性があり、使用できる魔法に制限がある。ドリクロでも同様で、所属できる陣営と使用できるカードの属性に制限がかかる」
「自分のカードを他者に使ってもらうって、どういう事なの?」
「カードはプレイヤーが創造する物だ。その者の状況や感情をカードとして具現化する。国やギルドといった組織がカードを作る場合もある。カードの利用者が増える事で組織が得られる加護は、……宣伝とか繁栄かな」
「最後にひとつ。俺もプレイヤーになれますか?」
「うむ。プレイヤーの必需品である『カードブック』を得るには身分証明が必要となる。例えば、子供が勉強のために魔術ギルドの設備を利用するための『こども会員』だ」
リブレは机の上の書類、『こども会員』の登録申込書を指し示す。
そこには俺の名前が書かれていて、保護者の欄にはリブレの名が書かれていた。
「早い! リブレは未来を予知できるの?」
「そのような能力は持っていない。君がギルドの図書室を利用するために書いていた。そこには魔道書があるし、借りて持ち出す事もできる」
「持ち出せるのは市販の物だけだがな」
横からボイルが話に割り込んできた。後には対戦相手の女性もいる。
リブレは書き終えた書類をボイルに手渡すと、ボイルはそれを女性に渡す。女性は書類の内容に目を通した後でボイルに返し、ボイルは書類をリブレに返す。リブレは手元に戻った書類を手に二人を見つめるが、やがて立ち上がり部屋の奥へと消えていった。
「今のやり取りは一体何だったの?」
「俺らは申込書を出すのが嫌だっただけだ」
それでリブレが折れて、自分で出しに行ったという事か。
気が付くと、対戦相手の女性が俺の隣に座っていた。
ボイルと同じぐらいの年齢に見えて、髪は紅葉を思わせる色合いをしている。年頃の少女を思わせるような服装で、正面から見ても分かるほどに胸元の膨らみがある。特徴的なのが彼女の周囲を泳いでいる2匹の魚、――魚顔のイルカのような生き物だ。それは雲のような白、――僅かに青空が透けるような白色であり、その質感は鱗というよりプラスチックに近そうだ。そんな謎の生き物が翼を持たず、水中ではなく空中を泳いでいる。
「やっほ! 君がミカンちゃんだね!
私はカイラ・フェルミルって言うんだ! よろしくねー」
近い! うるさい! 息苦しい!
彼女はいきなり俺の頭を抱きしめてきた。俺は顔を彼女の胸にうずめるような形になってしまい、鼻と口が塞がれる。そして彼女は俺の耳元で、部屋全体に響きそうな大きさで話を続けた。
「リブレの家の新しいお仲間さんだってー! かわいい子だねほんとにー!
どうしてリブレは私じゃなくてボイルをお目付け役にしちゃうのさー!」
「腕を放せカイラ」
「ミカンちゃんだって、きっと嫌味吐きまくるボイルより私の方が良いと思ってるよー! 私ならミカンちゃんを思いっきり可愛がってあげれるのにー! 私を差し置いてボイルが選ばれる理由ってどこなのさ!」
「お前は致命的に配慮が足りていない。いいから腕を放せカイラ!」
「私だって気遣いぐらいできるよー! リブレの家で家事の手伝いができるし、傷薬を作る手伝いだってできる。完璧じゃないか! その証拠に、今のミカンちゃんの気持ちだって分かるよ! 手でソファーを叩いている仕草は、『もっと抱いて』だね!」
「『ギブアップ』だゴルァーーー!!!」
「がああああ!!!」
カイラの拘束が一瞬で解かれて、俺の体は数十秒ぶりの空気にすがりつく。
顔を上げると、ボイルがカイラの腕の関節を極めていた。その顔からは怒り、苛立ちの色が見える。
「そ、それ以上いけない」
酸欠で鈍った思考、ボイルからの怒りの圧、今にも関節を砕かれそうな腕。
俺はただ、ボイルを止めようとする文章を口からこぼす事しかできなかった。
回復ギミックでゴリラする聖剣。