孤児院なんて名ばかりだ!
「君はこの孤児院に引き取られたのだよ」
部屋に入ってきた青年は椅子に座り、俺はベッドに腰掛けている。彼から、この場所と今の状況について説明を受けたところだ。
少なくても、ここは俺が知っている世界では無いようだ。ここは『ラーグタウン』と呼ばれる街の中に建つ、孤児院だそうだ。ラーグタウンは『アポデルタン王国』と呼ばれる国の中でも、3番目に大きな都市らしい。
「まあ、孤児は君で一人目だけどね」
目の前の青年は『リブレ・ライナスティ』。この孤児院らしき建物の主人だ。
俺が一人目の孤児という事は、この建物が新しく建てられたもの、もしくは孤児が頻発する環境でないかのどちらかだろう。
「一人目という事は、他に子供はいないの?」
「いや、他に3人いるよ。訳あってここに住んでいるけど、全員両親は健在だ」
俺はこの孤児院に引き取られた孤児という事になっている。
リブレには知り合いがいて、その人が旅の途中の村で俺を匿ったらしい。村が災害に遭う中で唯一助け出されて、親の行方は分からない。壮絶な出来事だったため、俺は記憶喪失や不可解な言動をするかもしれないと言ったそうだ。
「その知り合いが言った事を信じているの?」
「その人とは長い付き合いだ。こういう時は下手な言い訳をするだろうと信じている。ただ、本当の事が分かるまでは、私はそういう事として受け止めておくつもりだ」
俺にはこの世界に来て、少女の姿になった理由を聞く勇気が無い。リブレが俺の素性についてどれだけ知っているかも、どう受け止めるのかも分からない。彼の知り合いに会えば何か分りそうだが、その人の所在も分からないそうだ。
「ところで、君の事は何と呼べばいいのかな」
リブレからの問いかけで、俺は言葉を詰まらせる。
俺が目覚める前、男だった時の名前はこの姿では使えない。何か名前になりそうな物がないか、考えを巡らせる。それは両親の実家についての思い出がほとんどであった。
「……みかん」
ふと、一つの単語が口からこぼれる。
実家からの仕送りの一つに、段ボールいっぱいのミカンがあったのだ。友人にお土産として渡しても余るほどの量であり、好きでもないのに自宅で大量のミカンを頬張っていた思い出は、頭に染みついていた。
「それじゃあミカンちゃん、今日からここが君の部屋だ。起きてすぐ体を動かすのは辛いだろう。今日一日はゆっくり休むといい」
リブレが立ち上がり、右手を差し出す。
俺は右手を出して握手しようとするが、互いの手は通り過ぎる。俺が左手で持っていたボールを手に取り、リブレは軽く笑みをこぼした。そして、リブレは左手を軽く振った。
その指先は青白い光を帯びていて、光の軌跡が室内を描く。左手はそのまま俺の額に添えられる。そこは赤くはれていて痛かった箇所だ。やがて光は消えて、添えられた左手が離される。俺は痛かった箇所を自分の手で押さえるが、もう痛みは消え失せていた。
「今のって魔法だよね!?」
「うむ。詠唱を省略した治癒魔法だ。興味があるなら魔道書を持って来ようか?」
「はい! ぜひお願いします」
リブレの提案に対して、俺は迷わず首を縦に振る。
この世界に魔法が存在する事には驚きだし、自分がそれを唱える事を想像すると期待が高まる。俺が想像を膨らませていると、リブレは背を向けて扉の方へと歩いていた。
「ひとつ、質問していいでしょうか」
リブレには色々な事を教えてくれて感謝している。最後に一つだけ聞きたい事がある。それは俺の今後のために、どうしても必要な事だ。
「女の子が自分の事を『俺』って言うのは変ですよね。『私』とかにした方がいいよね」
リブレは背を向けて、扉の取っ手に手がかかったまま、動きが止まる。しばらくの静寂の時、窓から吹き込む風が私の髪を揺らしていた。
「確かに変わっている。私の知り合いにはいない。……でも、『俺』のままでもいいと思うよ。それは君の事なのだから」
ばたん、と扉が閉まる音がする。
この体とどのように付き合っていけばいいのか不安であった。それは自分のペースで、自分で決めればいいと思えるようになり、俺はほっと胸をなでおろした。
途中で1人称を『私』に変える事ができます。