5 胃・食・ジュウウ~
俺をがっしりとホールドしたジャバリザードのグラディオは、その大きな口を開く。
「ありがとう!助かった!お前は命の恩人だ。」
なんだ、感激のハグか。てっきり襲われるんかと思って冷や冷やしたぜ。
「こいつは信用できる(キリッ!)」なんて言った後に食われましたーじゃ格好悪すぎるからな。
ひときしりお礼を言われ、俺たちは巣穴の外に出る。
明るいところで改めて見たグラディオの姿は中々のものだった。
全体的な見た目はリザードマンのように、人型のトカゲという感じだ。
だがリザードマンよりも高い身長に、スマートな体躯。顔もドラゴンに近い。
全身に美しい紫の鱗を纏っており、日差しにキラキラと反射している。
魔物のくせに右肩と腰回りだけ軽鎧をつけている。本当に人間みたいなやつだな。
リザードマンの感性は分からないが、もし人間だったら大層ないい男だろう。
「外に出るのは何か月ぶりか・・・本当に助かった。我は長い間リザードマン共に幽閉されていてな・・・お?」
ドサッと音を立ててグラディオが尻もちをつく。
どうしたんだ?久しぶりでうまく歩けないのか?
と心配していると、グラディオの腹から「ぐううううぅぅぅ~」と音がする。
「す、すまない。助け出してもらった挙句、こんなことを言うのは図々しいのだが、何か食べ物を恵んではもらえないだろうか?」
なんだ腹が減ってただけか。リザードマンからは食事も与えられなかったみたいだな。
しょうがないねえ、肉も手に入ったことだし、このリュウちゃんが手によりをかけて作ってやろうじゃないか。
◇
「な、なんだこれは!」
よだれをダラダラと垂らすグラディオの目の前にあるのは、鍋でジュウジュウと焼かれた特大リザードマンステーキだ。
肉の周りにはペッパの実やトロキノコがあり、香ばしい匂いが漂っている。
「たしか聞いたことがある・・・“料理”だったか?人間族はこういったことをする習性があると。しかしなぜドラゴンのお前が・・・」
習性って・・・まあ魔物は料理なんてしないよね。
グラディオも今まで生肉なんかを食べていたんだろう。俺の知り合いの古竜なんかも火を通すくらいはしてたけど、料理といえる料理はしてなかったな。
「は、早く食べさせてくれ!腹が減りすぎてどうにかなりそうだ!」
さっきまで図々しいだのなんだの言ってたくせに、俺の肩をブンブン揺らしながら急かしている。自分の紫の尻尾もブンブン揺らしてるし晩御飯の前の子供みたいだなオイ。
「ガウッガウッガウ(チッチッチ)」
「な、なんだ?」
肉はもう焼けた、だがここからが本番なのだよグラディオ君。
俺はマジックバッグから壺を取り出す
「それは、さっき集めていたやつか?」
この壺の中には特製ダレが入っているのだ!
リザードマンの巣穴にあった果実や野菜などを集めて絞って作ったものだ。
よくわからなくて適当に混ぜただけなのだが、偶然うまくゆき、甘じょっぱい美味しいタレになった。
さて、こいつを熱々の肉と野菜の上にかけていく。
ジュワアアアアア~!!
と音を立て、黄金に輝く肉汁を散らしながらタレは染み込んでいく。
甘じょっぱい香りがペッパの実のピリ辛な香りと混ざり、嗅覚に直接訴えかけてくる。
「はわわわ!なんということだ!これが“料理”か!素晴らしい!何でもする
!早く食べさせてくれ!」
乙女みたいな声を上げるんじゃあない。
オスのリザードマンモドキなんぞにくっつかれても気持ち悪いだけだ!
放っておくと全部食べられそうな勢いなので、俺は爪で肉を半分に分ける。
それでも片方5kgはあるだろう。鍋が巨大でよかった。
「ガウガウ!」
「む、こちらを我にくれるということだな、恩に着る。では早速!」
グラディオは大口を開けて肉にかぶりつくと、カッ!と目を見開く。
「ぬおおおおお!美味い!美味すぎる!こんな美味いものは生まれて初めて食べた!」
おいおい、涙流しながら笑顔で食ってるぞ。
でもまぁ、こんなに美味いと褒められたら悪い気はしないな。
何か月も食料を口にしていないって言ってたし、相当お腹が減っていたから余計美味く感じるということもあるのだろう。
俺も噛り付いてみる。
「ガウウウ!(美味い!)」
うまい!この特製ダレは素晴らしいな!
リザードマンの肉はちょっと筋っぽいけど、鶏肉に似た風味で悪くない。
トロキノコも肉汁と合わさって、本当に肉のような味がする。
俺とグラディオは夢中になって食べ、あっという間に平らげた。
◇
「ふはっ、美味かった・・・。こんな美味いものを魔物が生み出せるとは・・・。」
肉を食べきった俺達は、カロットというオレンジ色の野菜を、残った肉汁とタレにつけながら齧っていた。
俺はその辺に捨てようとしていたのだが、それを見たグラディオが「それを捨てるなんてとんでもない!」なんて言うので、再利用してるわけだ。
たしかに捨てなくてよかった。これはこれでイケるな。
満足したグラディオはこちらを向いて頭を下げる。
「改めて礼を言う。俺の名前はグラディア。この見た目からわかるかもしれないが、少し特殊でな、それであんなところに閉じ込められていたのだ。」
そこからグラディオの身の上話が始まる。
卵から孵った時にはすでに自我があり、なぜか《竜言語》も扱えたらしい。
両親や兄弟の姿はなく、一人孤独に旅をしていたようだ。
この辺は少し俺に似てるな。
いろいろな地域を転々と周り、この森に入った。
自分とよく似た姿のリザードマンの集落を発見し、接触してみたものの、言葉が通じず訳も分からぬまま取り押さえられてしまったらしい。
「あいつら、特にボスらしき青い鱗のリザードマンに毎日いたぶられ、食料も与えられず、苦しい日々だったな。愛槍も奪われてしまった。」
今思い出してもイライラする、といった様子でグラディオは話す。
リザードマンはほぼ全滅させたことをジェスチャーで伝えると、少し留飲が下がったようだ。
ん?槍を奪われた?
もしかしてハイリザードマンの持っていたジャバランスのことかな。
そう思ってマジックバッグからジャバランスを取り出す。
「おおお!それは我が愛槍ジャバランス!まさか奪い返してくれたのか!」
たまたま拾っただけなんだけどね。
俺は槍を使うつもりはないし返してやるか。
俺が槍を手渡すと、グラディオは嬉しそうにジャバランスを抱える。
「何から何まで、こんな大恩をどうやって返せばいいのやら・・・」
グラディオは真剣な顔で考え込む。
別に何となく助けただけだから気にしなくていいんだけどなー。
「ときに・・・」
ん?
「お前は、いつもあのように美味な食事をとっているのか?」
唐突な質問に俺は頷く。
鍋を手に入れたのはつい昨日だったけど、これから毎日料理するつもりだし。
「そうか、では決めた!」
グラディオはバッと立ち上がり、尻尾をピンと伸ばす。
「我はお前の配下になろう!お前の槍となり、立ちふさがる敵を倒して見せよう!」
なに!?
こいつ美味い飯につられやがったな!
その証拠にさっき食べたばかりなのに涎を垂らしている。
「ガ、ガウ・・・(いや、でも・・・)」
「そうか!ありがとう!ではこれからお供させてもらう!」
「ガウガウ!(いや違くて!)」
「む?ああ心配しなくてもいい!自分で言うのも何だが、我は腕が立つし、自分の分の食料は自分で確保する。」
こ、こいつ・・・なんてポジティブな野郎だ。
その後、俺が何を言っても言葉が通じないフリをして都合のいい意味に捉えられてしまった。
「はっはっは!ではこれからよろしく頼む!」
はあ、変な仲間ができてしまった。