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第八章:師の見送り

 ベレンゲラはうつ伏せで事切れているコステロ伯爵を仰向けにした。


 コステロ伯爵の眼は生気が無く、脈拍も停止していたから完全に死んでいる。


 しかし表情は満足そうだった。


 自分が死に追いやってしまった生徒達の後を追えたからだろう。


 そして・・・・・・・・


 「私に切り札を使わせたから・・・・でしょうね」


 ベレンゲラは自分の右手に持った短剣を見た。


 短剣は真新しい血を吸い妖しい光を増しているが更に求めるような気は発していない。


 ただの鉄の塊だから当たり前と知らぬ者は言うだろうがベレンゲラは違う。


 確かに鋼鉄で出来た短剣ではある。


 魔法剣ではないが、長い年月を経た刀剣を始めとした物には自我を持つ。

  

 この短剣も先祖が代々に渡り使ってきたから相当な年月を経ているから自我を持っていてもおかしくない。


 そういう物ほど妖剣、魔剣の類になり易いが・・・・この短剣は違う。


 ただ自分の使命を全うしたとばかりに輝いているに過ぎないのだが・・・・・・・・


 「あなたも・・・・この剣士を葬るのが悲しかったのね」


 ベレンゲラは短剣に語りつつコステロ伯爵の両手を組み、その上に愛剣を置いた。


 「コステロ伯爵・・・・ご立派な最期でした。その御姿、このベレンゲラ・・・・終生忘れたりはしません」


 貴方が手塩に掛けて育てた生徒達も・・・・・・・・


 事切れるコステロ伯爵に告げたベレンゲラは短剣と大刀を鞘に納めた。

  

 そして愛馬の手綱を掴んで現れたアンドーラ宰相の放った見届け人に仕事の終えたと伝える。

  

 「我が主には直ぐ報告しますので御安心ください。後は私が処理を行うので貴女様は船出の準備をして下さい」


 「その前に質問です。コステロ伯爵達の亡骸はどうするのですか?」


 「我が主の言葉はこうでした」


 『コステロ伯爵を始めとした者達の亡骸・・・・遺髪は遺族に届け、胴体は武人共同墓地に埋葬せよ』


 「この件は最初から“無かった”という事に我が主はするつもりです。ただ、それでは遺族に説明できないので・・・・・・・・」


 「・・・・第3王子の遊猟に付き合った際に魔物から王子を護る為に戦死・・・・という扱いかしら?」


 アンドーラ宰相の部下にベレンゲラは皮肉気に尋ねた。


 「左様です・・・・・・・・」


 対してアンドーラ宰相の部下は甘んじてベレンゲラの問いに頷いた。


 それを見てベレンゲラは無言となり続きを促した。

  

 目の前の男は「胴体」を武人共同墓地に埋葬せよと言ったが・・・・首に関しては言ってないからだ。


 「首は・・・・こう命じられました」

 

 『此度の件は隠密に済ませる。だが・・・・今件の発端の人物には少しばかり“釘”を打たなくてはならない。これは皇帝陛下も承知している』


 「・・・・その釘が打ち終わったら遺族に返すようにとも命じられましたので御安心ください」


 「なら良いです。では、後は頼みます」


 ベレンゲラはアンドーラ宰相の寄こした処理係の人間に目礼すると愛馬の手綱を受け取り静かに街道宿を後にした。

  

 しかし、その背後では早くも首を切断する音が聞こえてきた。


 ただベレンゲラは振り返ろうとはしなかった。


 「倒した敵を思い出すのは戦う最中だけで良い・・・・その通りです」


 辺境男爵が自分に言った台詞をベレンゲラは口ずさみ肯定した。


 それは鬼人の長を倒した際に言った台詞だったが・・・・剣士として生き続けてきたベレンゲラには酷く胸に響いた。


 そう・・・・今の時点で・・・・・・・・

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 行く時と同じ方法でベレンゲラは館に帰ったが休む暇もなく愛馬と共に然る場所へ向かう。


 その然る場所とは館の背後に在る海岸である。


 海岸に行くと喫水が深く「ずんぐり」した船体と、やや小ぶりな船首楼と船尾楼を取り付け1本の四角帆を備えた船があった。

 

 この船は亡き辺境男爵が密かに領民達に命じて造らせた船の「コグ船」である。


 亡き辺境男爵の領土は海岸沿いだから船を持つのは必然的とも言えた。


 だが、この海岸を祖国の人間が使った話は今まで唯の一度も出ていない事をベレンゲラは知っていた。


 何せ南北大陸を併合する際に海を渡ったコスキタンドール達も「ガレー船」で航海したのだが、わざわざ遠回りする形で反対側から船出したのだからな。


 しかし、明確な理由は王室以外は知らないのが現状である。


 ただベレンゲラ自身には関係がない事柄だったが・・・・・・・・


 この船に乗って辺境男爵はオリエンス大陸に行きたがっていたのではないかと思う時はある。 


 それは辺境男爵夫人の話や領民達の話を聞いたからだが・・・・・・・・


 「結局は・・・・遠き先祖同様に行けず仕舞い・・・・ですね」


 赤の他人が乗る事になるなんて憐れな船とベレンゲラは珍しく感傷に浸りたくなった。


 しかし、そこへ古参の従者たるアルベルトが来た事で中断する。

 

 「準備できております」


 ベレンゲラが乗る愛馬の手綱を握ってからアルベルトは口を開いた。

  

 「残る者達は納得しましたか?」


 あの見習い従者が駄々を捏ねると想像していたベレンゲラはアルベルトにそれとなく尋ねた。


 「フェルナンド副団長の説明に納得しました。もっとも多少の抗議はありましたが、ね」


 「・・・・若さ故に恐い物知らずなのも問題ですね」


 「仕方ない事ですよ。しかし帰国したら沿岸部や河川で航海の練習をさせるのが宜しいのでは?」


 自分達も先代騎士団長の下で訓練したから航海が出来るとアルベルトが言い、ベレンゲラは納得したように頷いた。


 「それが望ましいですね。それでは・・・・行きましょう」


 時間は待ってくれないとベレンゲラが言うとアルベルトは手綱を引いてコグ船の方へ歩いた。


 コグ船に行くとフェルナンドが選んだ騎士と従者がコグ船の側に居た。


 風向きも微風と評判の「オエステ・マール」にしては強めの風だった。


 しかも船出を促進させるような風向きだった。


 『私達に・・・・代わって行けと仰るのですか?』


 ベレンゲラは亡き辺境男爵が言っているように捉えたが直ぐに部下達を見た。


 「フェルナンド副団長から事前に説明されていると思いますが、これより私達はオリエンス大陸の大カザン山脈へ向かいます」


 そしてコスキタンドール達を見つけて倒す。


 「奴等は第3王子の回し者です。そ奴等を見つけて倒すまで祖国には帰れないと考えて下さい」


 『御意に』


 騎士と従者達はベレンゲラの説明に何ら拒否しなかった。


 ただ騎士団長であるベレンゲラの言葉を淡々と受け止めるだけだった。


 しかし表情を見れば未だに行った事のない大陸に行ける好奇心が見え隠れしている。


 「では直ぐに出発します。各自、船に乗りなさい」


 ベレンゲラの命令に騎士と従者達は直ぐ動き、ベレンゲラも愛馬から降りて自分が乗るコグ船へ向かった。


 全員が乗ると帆が張られたコグ船は風の力で岸から独りでに離れて・・・・そのままオエステ・マールに足を踏み入れた。


 前に備え付けられた船首楼に乗ったベレンゲラは見る見る離れる海岸を見た。


 しかし海岸沿いにある丘を見てハッとする。


 「・・・・・・・・」


 丘の上に立っていた人物を見てベレンゲラは思わず名を口にしたが・・・・それは幻だった。


 ただ、見送るように手を振ったようにベレンゲラには見えた。


 「・・・・行って参ります。我が師アラトリステ辺境男爵様」

 

 ベレンゲラは幻想だろうと自分の眼に見えた師に対して静かに頭を下げた。


 対して丘の上に立った辺境男爵は答えないが・・・・それで良かった。


 辺境男爵は寡黙な性格だったが、だからこそ自らの体で語ったからである。


 それを弟子と自負するベレンゲラには自然と受け止められたが果たして・・・・・・・・

 

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