第七章:魔剣王の切り札
外に出たベレンゲラは最後の一人となった士官学校の生徒をジッと見ていた。
その生徒はショートソードとラウンドシールドを持ちベレンゲラを見ていた。
しかし事切れた仲間達を見て憤怒の眼差しをベレンゲラに送る。
「・・・・怨むなら怨みなさい」
ベレンゲラは最後の生徒に対し突き放すように言葉を投げた。
「えぇ、怨みますよ・・・・それだけの剣技を持ちながら我が国を正常にしようとしない貴女を!!」
「・・・・・・・・」
生徒の怒声をベレンゲラは甘んじて受け止めた。
それは生徒の怒声が正しいからではない。
自分とコステロ伯爵達は政治的思想は違うし、仕える主人も違うから相容れない。
そして剣の腕が強くても財政界でも無敵とは限らないからと知っている。
しかし生徒の仲間達を殺したのは他でもなく自分だ。
だから生徒の恨み節を殺す側の立場で受け止めたに過ぎなかったが・・・・・・・・
目の前の生徒は知らない。
ただベレンゲラに一太刀でも浴びせようという気概に溢れている。
ベレンゲラは静かに大刀を両手で握ると屋根の構えを取った。
それに対して生徒はラウンドシールドを前へ突き出し左右に振り始めた。
ラウンドシールドは赤く塗られており揺れる度に赤い点が左右に浮かぶ形になった。
しかしベレンゲラはジッと生徒を見るだけで動かない。
これに生徒は圧倒的な差を見せ付けられたと捉えたのか?
ラウンドシールドを揺らしながらショートソードを天高く掲げた。
刃は真っ直ぐベレンゲラの左袈裟を狙うように定まっている。
そして互いに歩み寄り撃剣の間合いが狭まった。
しかし生徒は自分の得物とベレンゲラの得物では間合いに開きがあるのを知っていたから・・・・・・・・
ギリギリの所で歩み寄るのを止めて突き出したラウンドシールドを自分の胴を護る為に引き寄せた。
その様子をベレンゲラは黙って静視していた。
コステロ伯爵も黙って2人の様子を見ていたが・・・・静かに目を閉じる。
それは手塩に掛けて育てて生徒の最期に黙祷したからだった。
生徒はラウンドシールドを胴近くにやり、ショートソードを振り下ろそうとした姿勢で事切れている。
首筋には横一線に切り傷があり、そこから血が溢れているが眼は死んでいた。
「・・・・良き生徒ですね」
ベレンゲラは直立して事切れる生徒からコステロ伯爵に視線を向けて称賛の言葉を投げた。
「私の数多く教えた生徒の中でも1番の成績でした・・・・いや、皆・・・・私には誇らしい生徒達です」
魔剣王・・・・氷の騎士と渾名される貴女に背を誰一人として向けないで死んだ。
「そんな生徒達を持てた私は幸福です。しかし・・・・貴女の首を手土産に持って逝かねば・・・・彼等に申し訳ない」
「・・・・・・・・」
ベレンゲラはコステロ伯爵がロングソードを構えるのを黙って見つめていた。
コステロ伯爵は鍬の構えを取り、相打ち覚悟の眼でベレンゲラを見た。
それに応える形でベレンゲラも構えたが心中ではコステロ伯爵の「切り札」とも言える技を警戒していた。
『コステロ伯爵の技は2段平突き・・・・・・・・』
ショウリンジ家の長女は3段突きも出来るので上には上が居るもの・・・・・・・・
『コステロ伯爵の突きはタイミングと力強さにある』
これは自分も稽古をしたので解るが・・・・あの突きはショウリンジ家の長女より厄介だ。
ショウリンジ家の長女は魔法剣と魔道具を使い、通常の平突きより倍以上の威力を発揮できるようにした。
もちろん本人の才能と努力も実を結んで出来上がった技なのは確かだが・・・・立ち合いをした際にベレンゲラが思った事は「若すぎる」という事だった。
その点で言えばコステロ伯爵の方は魔道具等を使わず自分の肉体のみを酷使して練り上げた技だ。
しかも年齢的に見ても熟しているし、また経験なども豊富である。
恐らく自分の剣技を見ていたから・・・・ある程度の対策は練っただろうとベレンゲラは思ったが・・・・・・・・
『貴方に切り札があるように・・・・私にも切り札があるのですよ』
ベレンゲラはコステロ伯爵と撃剣の間合いを詰めるように自ら歩み寄りコステロ伯爵も歩み寄った。
それを見る者は誰も居ないが・・・・逆に居なくて良かったのかもしれない。
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コステロ伯爵はロングソードを構えながら自ら撃剣の間合いを詰めた。
ただし心中は事切れた生徒達の事で一杯だった。
『皆・・・・よく頑張ったな』
剣を取り決して背を向けずに死んだ生徒達は自分の誇りとコステロ伯爵は思ったが、若くして死なせる原因を作った自分には嫌悪感を抱いた。
『後数年・・・・いや、考えれば解る事だった筈だ!?』
第3皇子に味方して宮廷の政争に勝って生き残れるのか?
いいや・・・・万に一つの勝算である。
仮に万に一つの勝算を第3皇子が掴んだ所で・・・・果たして自分が生きているという保証は無い。
また実父からも「憐れなピエロ」と渾名された男に・・・・実権を振えるのか?
いや、恐らく実権はピエロの乳母と、ピエロ専門の宮廷剣術指南役であるショウリン家の現当主に違いない。
つまり自分みたいな余所者が生き残っても大した旨味は与えられない可能性が高いのだ。
それどころか用無しとばかりに殺される可能性だってある。
こんな事くらい解って当たり前なのに・・・・自分は焦ってしまった。
老いから来る肉体的な衰えと、後から来た余所者達に出し抜かれていく焦燥が・・・・自分の考えを誤らせた。
その代償が自分だけでなく手塩に掛けて育ててきた生徒達も含まれているのだから堪らない。
しかし・・・・最早これまでだ。
ならば自分がやれる事は一つ。
『我が身命に懸けて・・・・ベレンゲラ伯爵に一太刀だけでも浴びせる事だ!!』
コステロ伯爵はロングソードの切っ先に自分の中にある全ての気を集中させた。
自分に魔力は無いし、魔道具の類も無い。
あるのは陰りを見せ始めた肉体だけだが、だからこそ自分は限界に挑む気持ちで技を磨いた。
そして手に入れた突きは・・・・今まで数多くの敵を葬ってきた。
目の前の剣王に果たして通じるのか・・・・・・・・?
いや・・・・・・・・
『通じる!!』
弱気になりかけた自分を叱咤し気を切っ先に集中させるとベレンゲラ伯爵は受けて立つとばかりに間合いを更に詰めた。
ただの一撃で決まるから失敗は許されない。
だがコステロは死の恐怖を捨てる事で雑念を消し、自身も間合いを詰めた。
ゆっくり詰められた間合いは互いの剣が届く距離にまで縮んだ。
後は互いのタイミングによって・・・・全ては決まる。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
無言で2人は構えを取ったまま動かない。
ただ時間が刻々と経つのみだ。
どれくらい続くか分からないと思われた刹那・・・・月明かりが2人を照らした。
もっとも月明かりは一瞬だった。
一瞬だけ照らした途端・・・・再び辺りは暗い闇に包み込まれた。
ただし立ち位置が交換していたから・・・・月明かりで周りが一瞬だけ照らされた瞬時に勝負はついた。
その勝敗は・・・・・・・・
「・・・・私の・・・・負けです・・・・ね」
コステロは自分の心臓が制止を始めたのを感じながらベレンゲラ伯爵に顔を向け力なく笑い掛けた。
ベレンゲラ伯爵の手には大刀---ではなく短剣が握られていた。
血は流れていない。
しかし・・・・コステロは満足した。
「は、はははははは・・・・皆、私は魔剣王に切り札を使わせたぞ・・・・・・・・」
一太刀は浴びせられなかったが切り札は使わせた。
「それで許してくれ・・・・私も直ぐ・・・・・・・・」
コステロは急激に力が抜ける感覚を覚え両膝を地面につけた。
そして上半身を地面に倒した。
ここまでは体の感覚で理解できたが、そこから先は神経が麻痺したのか分からない。
これが死ぬというものかとコステロは第三者のように捉えたが・・・・それでも自分は満足した。
それだけは確かと再確認した後に・・・・意識を手放した。