第六章:魔剣王の剣
ベレンゲラと愛馬は騎士団の詰め所ではない、森林の中に居た。
「相変わらず魔法の腕も衰えていないわね・・・・・・・・」
従者でありながら攻撃、防御、そして治癒魔法などを巧みに使いこなすアドリアの魔術にベレンゲラは静かな感想を述べた。
しかし、直ぐに愛馬の腹を軽く蹴って国都の郊外にある宿へと走らせる。
ここが何処かは判らないがアドリアの性格からして目的地から1時間程度は離れた場所に移動させただろうとベレンゲラは推測している。
それなら目的地へ直接移動させれば・・・・なんて愚かな考えをベレンゲラは一瞬も考えなかった。
目的地へ直接移動させた然る騎士団がそのまま待ち伏せしていた敵に殺されたなんて話は・・・・この国では腐るほどある。
ここを考えて大体の人間は目的地から少し離れた距離に移動するようにしているが、アドリアの場合もそれだ。
愛馬を進めながらもベレンゲラは切り拓かれた街道の真ん中辺りにポツンと建つ宿を見た。
宿は2階建ての木造で馬小屋も隣接してある以外は何も無い。
まるで自分が来る事を予想しているような建物に見えたが強ち間違いではないとベレンゲラは思った。
何せコステロ伯爵は軍事士官学校の教頭を務める程の才能と実力がある。
家柄も伯爵家だから申し分ないが、歯に衣を歯に衣を着せない言動と自説を曲げない頑固さが玉に瑕だ。
だから宮廷でも敵は多いし昇進も軍部の中では遅いなど嫌がらせを受けていると聞いている。
しかし・・・・・・・・
『第3皇子に尻尾を振るとは・・・・・・・・』
些か早計とベレンゲラは思わずにはいられないが、コステロ伯爵の立場から言わせれば背に腹はかえられないのだろう。
もっとも自分は仕事をやるだけとばかりにベレンゲラは宿の入り口まで行くと愛馬から降りた。
そして少し離れていろと愛馬に言ってから玄関を開けて中に入った。
中に入ると腰の曲がった老婆が現れベレンゲラを見るなり腰を抜かした。
「この宿に居るコステロ伯爵と、士官学校の生徒に用があり来ました。すいませんが少し宿を“汚す”事になるので出て行ってくれませんか?」
これは清掃代と迷惑料ですとベレンゲラは老婆に語り掛けながら皮袋に入れた金貨を3袋も渡した。
「へ、へぇっ・・・・・・・・」
老婆はベレンゲラから渡された皮袋を震える手で握りつつ急ぎ足で宿を出た。
それを確認してからベレンゲラは2階に通じる階段を上り始めたが音で誰かが来たのを察する。
「婆さん。今、何か音・・・・・・・・!?」
2階から顔を出したのは従者シモンと同年代くらいの男子だったが目を見開かせて・・・・事切れた。
ベレンゲラの黒漆の大刀で喉を一突きされたからである。
「・・・・・・・・」
喉を突かれて事切れた男子をベレンゲラは憐憫の眼差しで一瞥すると大刀を男子の喉から抜いた。
ゆっくりと抜いたからか、血飛沫は出ないで静かに貫かれた喉から流れるだけだったが、身体は勢いよく倒れそうになる。
それを優しく抱き止めたベレンゲラは静かに床に寝せ開いていた瞼を閉じさせた。
そして2階に上がり切ると大刀を右手に持ったまま音も無く歩き・・・・コステロ伯爵が居る部屋へ向かう。
コステロ伯爵の部屋は1番端で、残る部屋を学生が泊まっているのか、声が絶えず聞こえてきた。
その声は若々しく国の未来について語るか、戦場で華々しく活躍するなど・・・・如何にも若者らしい会話だった。
そんな会話を聞きながらベレンゲラがコステロ伯爵の部屋に辿り着くと・・・・声が聞こえてきた。
『はい、分かっております。アンドーラ公を誅殺したら我々はオリエンス大陸に向かいます』
そして大カザン山脈に入ったら足場を固めた末にサルバーナ王国に行き、そこに前線基地を設け援軍が来るまで戦う。
『援軍が来るのは半年近くですか?お任せ下さい。必ずや貴方様の為に・・・・・・・・』
「・・・・・・・・」
声が途中で途切れるのをベレンゲラは確認してからドアを軽く叩いた。
『・・・・入って構わん』
ドア越しに返答が来た。
それから少し間を置いてからベレンゲラはドアを開けた。
ドアを開けると30代の男が抜き身のロングソードを手にベレンゲラを迎えたが・・・・その眼は死を覚悟していた。
「・・・・お久し振りですね。ベレンゲラ伯爵」
男は諦めた様子でベレンゲラに笑い掛けた。
対してベレンゲラは目の前の男に対して大刀の切っ先を向けた。
「コステロ伯爵・・・・貴方と、ここに居る士官学校の生徒達をアンドーラ宰相暗殺未遂の容疑で・・・・処刑します」
「・・・・やはり漏れていたのだね?」
ベレンゲラの言葉にロングソードを持ったコステロ伯爵は力ない口調で問い掛けた。
「貴方も宮廷に居た身ならアンドーラ宰相の情報網が如何に広いか・・・・分かる筈です」
「確かに・・・・しかし、いざこうして自分がアンドーラ宰相と対決して実感するとは皮肉だよ」
「・・・・・・・・」
「貴殿が来たんだ。もはや目的を達成する事は不可能だ。しかし・・・・私も武人として意地がある」
我が国最強の剣士にして「魔剣王」の称号を皇帝より授与された貴殿に戦いを挑む。
コステロ伯爵の言葉にベレンゲラは無言で頷くと「切刃造」の大刀の切っ先を下ろした。
「では外でやりましょう。もっとも・・・・先に貴方の生徒達を殺してからです・・・・が」
ベレンゲラが大刀の切っ先を僅かに上げた瞬間・・・・背後から攻撃しようとした青年が血飛沫を上げ事切れた。
その青年はショートソードを握った上半身を右袈裟に斬られていたがベレンゲラが振り向いた様子はない。
そればかりか返り血すら浴びていなかったがコステロ伯爵は驚かなかった。
「流石は古の時代を生きた女王を護り通した魔剣王の末裔・・・・相変わらず神速の剣捌きですね」
「・・・・・・・・」
コステロ伯爵の称賛をベレンゲラは無言の背中で受け止めながら部屋を出た。
すると直ぐ横から平突きが襲い掛かって来たが瞬時に半身で躱し、横薙ぎをしようとした士官学校の生徒を唐竹割りして倒す。
だが士官学校の兵達は階段の下まで居るのだろう。
すし詰め状態ではないが、縦に伸びた廊下でごったがいしている。
「・・・・貴方達をアンドーラ宰相暗殺未遂容疑でコステロ伯爵同様に処刑します」
ベレンゲラが静かに罪状を告げると士官学校の生徒達は恐怖を押し隠すように声を張り上げた。
刑場を彷徨く犬の番い・・・・奸臣に尻尾を振る牝犬・・・・皇室に逆らう下郎・・・・
口々にベレンゲラを生徒達は罵詈雑言を浴びせるが誰も斬り掛かろうとはしなかった。
「・・・・・・・・」
それに対してベレンゲラは何も言わず自分から歩み寄った。
しかも構えは取っていない。
寧ろ斬れと言わんばかりの姿勢を崩していない。
それでも生徒達は目の前の人物に斬り掛かろうとはしなかったがコステロ伯爵が部屋から出た途端・・・・一斉に動いた。
一斉に斬り掛かれば一太刀は浴びせられると判断したのか?
若しくは無言で歩み寄る魔剣王の気に威圧されたかは判らない。
ただ判る事はベレンゲラは返り血を浴びないまま一瞬で10人を一太刀で倒した事である。
その後ろ姿をコステロ伯爵はジッと見ていたが事切れた生徒達を見下ろすと静かに黙祷し、両手を組ませて開いていた眼を下ろした。
彼なりに今回の件で巻き込んだ事への謝罪なのだろう。
しかし階段の近くで事切れた生徒には言葉を掛けた。
「私の焦りですまなかった。しかし・・・・私も直ぐ後を追い掛けるから待っていてくれ」
言葉を掛けたコステロ伯爵は外に出たベレンゲラの後を追うように自身も外に出た。