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第一章:騎士団の詰め所

 従者が女騎士と騎士団の詰め所に帰った頃には既に夜と化していた。


 夜になった途端に魔物や獣が動き出す物音や鳴き声が鋼鉄の門から聞こえてきた。


 それを聞く度に従者はビクリとするが・・・・然る人物は違っていたと思い出す。


 『あの方は・・・・夜を好んでいたな』


 たった一度しか会った事がない男は夜をこよなく愛していた姿を従者は憶えている。


 噂では魔物を相手に剣の腕を磨くという命知らずで外道な手法を取っていたらしいが・・・・・・・・


 『騎士団長は才能を認め弟のように可愛がっていたんだよね』


 これは先輩騎士達から聞いたから確かな筋だろう。


 もっとも周囲の人間達は女騎士団長が然る男と交流している事に目くじらを立てていたとも聞いている。


 それは身分の差と・・・・この国に伝わる古の歴史から来ているらしいが・・・・・・・・

  

 『今頃は何をしているのかな?』


 大逆罪に問われて全てを取り上げられて国外追放に処されたらしいが・・・・その後の行方は誰も知らない。


 だからという訳ではないが従者は何処かで生きていて欲しいと願った。

  

 口には出せないが命を救われたのは事実だからだ。


 『お帰りなさいませ。我等が騎士団長ベレンゲラ・デ・ブルゴス・イ・ビパール伯爵』


 『お帰りなさいませ』


 従者は何時の間にか詰め所の入り口に来ていて副団長を始めとした団員が騎士団長にして伯爵たるベレンゲラを迎えている事に気付いて慌てた。


 何せ本来なら自分が先に行ってベレンゲラが帰ったと伝えるのが役目だからだ。


 しかし団員達は微苦笑しているのを見て従者は大きく肩を落とした。


 「出迎え感謝します。それはそうと私が出掛けていた間に何かありましたか?」


 「団長を訪ねた方が居りました」


 ベレンゲラが尋ねると副団長にして伯爵でもあるフェルナンドが一歩前に出て応答した。

 

 御年40数歳になるフェルナンドは娘と言える位に年齢が離れたベレンゲラを見続ける。


 対してベレンゲラもフェルナンドを見るが互いに信頼しているような絆で結ばれていると従者は思いながら耳を傾けた。

 

 「訪ねてきた相手は?」 


 「宰相でした」


 「宰相が?」


 ベレンゲラはフェルナンドが言った人物に眉を顰めたが、それは従者も同じだった。


 『何で宰相が・・・・・・・・?』


 この国で唯一の大公の称号を持つ宰相は自分達が仕える辺境男爵夫人の実父だが、今まで訪ねて来た事は片手で数える程度だ。


 しかも夫人の夫たる辺境男爵が死んでからなので従者としては違和感を強くした。


 「理由はご説明されませんでしたが・・・・何やら宮廷で問題が起きたらしいです」


 説明は短いが重大な問題だとフェルナンドの様子を見てベレンゲラは察したのだろう。


 「フェルナンド副団長。後で私の部屋に。残りの者は夜警をしなさい」


 短く指示を出したベレンゲラは団員を解散させると肩を落としている従者に声を掛けた。


 「気にしないで次に活かしなさい」


 「はい。あの私は・・・・・・・・」


 「貴方も夜警に参加しなさい。以前からやりたかったでしょ?」


 この言葉に従者は驚いてベレンゲラを見た。


 もう一ヶ月も前の事なのに憶えていてくれたなんて!?


 「記憶力は良い方なの。ただ風邪を引かないようにしなさい」


 今夜は冷えるとベレンゲラは言うと従者の肩を叩いて前を歩いた。


 その後ろ姿を従者は暫し見ていたが自分の希望を叶えてくれたベレンゲラの背中に一礼すると漸く自身もその場から離れた。

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 ベレンゲラは詰め所の廊下を一人で歩いていた。


 しかし内心は疑惑と怒りといった負の感情で満ちていた。


 『今日は嫌な日ね・・・・・・・・』


 一人稽古をしていた際に無遠慮にも現れた駄犬。


 奴の傲慢とも言える羞恥心の無さは思い出すだけでも腹立たしい。


 しかも諦めの悪さも悪魔顔負けだ。


 『辺境男爵夫人に断られたから今度は“外堀”を埋めに掛かるとは・・・・・・・・』


 如何にも騎士階級を持った商人らしいやり方と思うが、それによってベレンゲラは宰相が訪れた理由が予想できた。


 『あの男が・・・・現れたのね』


 奴は商人らしい冷静な眼と知恵、そして騎士としての勇敢さと剣の腕を持ち合わせた稀有な人物だがベレンゲラは気に入らなかった。


 もっとも宰相自身も気に入らなかったが・・・・恐らく今夜・・・・改めて来るだろうと思った。


 「はぁ・・・・何とも嫌な祖国ね」


 こんな祖国に生まれた自分を呪いたいとベレンゲラは思いつつ自室のドアを開けて中に入りながら愛剣である黒漆大刀をベルトから外した。


 そして左手に持つと執務を行う机の傍らに置いて椅子に腰かけ今日の書類を読み始めるが直ぐに嘆息する。


 「・・・・今日も”魔物狩り”が行われたのね」


 魔物狩りは国の法で「絶滅させないように狩れ」という事が決められているが、それを守っているのは国都付近だけだ。


 この辺境の地では・・・・ましてや「卑しい奴隷」の先祖が治めた、この地では無法地帯も良い所である。


 もっとも魔物狩りをしたのは国都から来た中央の貴族達で、この地に住む領民達は寧ろ法を遵守するように奴等を追い掛け回したらしい。

 

 しかし・・・・ここからが問題だった。


 「・・・・第3皇子の回し者だったのね」


 ベレンゲラは書類に書かれていた太字を見て駄犬が訪れた真意を理解した。


 『奴は・・・・第3皇子の正式な使者として・・・・夫人に宮廷へ上がるように要請を言いに来た訳ね』


 呆れる程の執着心とベレンゲラは第3皇子を酷評したが、それによって大公が尋ねた理由も・・・・より確信的に読めた。


 そんな時にドアが叩かれた。

 

 『フェルナンド副団長、参りました』


 「入りなさい」


 失礼しますとドア越しに声が来てから少し間を置いてフェルナンドは入って来た。


 そしてベレンゲラの持っている書類を見て嘆息する。


 「それを御読みになられましたか」


 「えぇ、読みました。ですが・・・・わざわざ返事を夫人に求める必要は無いでしょう。報告はするにしても」


 「左様ですね。ただ、第3皇子の言動・・・・どうも最近は以前にも増して激しいと宰相は漏らしました」


 「・・・・・・・・」


 フェルナンドの言葉にベレンゲラは眼を細めたが、直ぐに続きを促した。


 「宰相が訪れたのは夫人ではなく団長に会いたいというものでした。その理由は言いませんでしたが・・・・私の推測ですが発言しても宜しいでしょうか?」


 「許可します」


 「ハッ・・・・宰相は第3皇子に釘を刺したいと思われます」


 フェルナンドが言った持論にベレンゲラも一理あると頷いて言葉を発した。


 「第3皇子は現皇妃が御生みになられた3男・・・・そして5人の子息達で行われている骨肉の争いでも・・・・劣勢を挽回し始めていますからね」


 第1皇子を推す宰相としては看破できないのは明白だとベレンゲラは言い、それに対してフェルナンドも頷いた。


 「ですが劣勢を挽回し始めたとはいえ・・・・あの”坊や”では奮戦虚しく敗れ去る筈というのが宰相の予想の筈です」


 「えぇ、そうでしょう。ですが・・・・宰相の性格からして”奮戦”の部分は要らない筈です」


 ベレンゲラは椅子から立ち上がり窓ガラス越しに見える鉄門を見た。


 既に夜となっているので松明と篝火のみが唯一の明かりとなっているが・・・・遠くから灯火が見えたのは気のせいか?


 いいや・・・・気のせいではない。


 「フェルナンド。鉄門を護る者達に開門の準備をさせなさい。それから茶の用意を」


 「御意・・・・・・・・」


 フェルナンドはベレンゲラの背中に浅く頭を下げると再びドアを潜り出て行った。


 一人となったベレンゲラは窓ガラス越しに見えた灯火を見つめながら宰相の機嫌を悪くさせないように苦心する自分を今の内に慰めた。   


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