7*交流
「……もう……死ぬ……」
あれから2日ほど立っただろうか。私は極度の空腹に倒れていた。
ドアもない家に軟禁状態のため出られない上に、サードはエネルギー源が食べ物ではないため食糧がない。
最初はクッキーでしのいだが、全くこの家主が帰ってこない!
水道の水が飲めたのが幸いだった。汚くて飲めない国もあると聞いていたのだが。
あの人型戦闘機の帰宅をこれほどまでに願うとは思いもしなかった。
ちなみにキッチンで倒れて動けない。ぐぅ、とお腹から切ない悲鳴が漏れる。
ふっと意識が消えていくのが分かり、自分の死因を考えたがとても情けないものだと分かり、少々切ない気持ちで目を閉じた。
◇
家に帰り、捕らえていた人間の女の存在を思い出した。
「おい」
声を発してみるが反応はない。
逃げられるわけはないはずだ。まずドアも窓もないからだ。
サードのエネルギー源は主に電力だ。外にいるときは太陽光で補うが。一度電力でフルに充電すれば1週間は持つ。ただ戦えば3、4日ほどしか持たない。といっても、外で戦えば何の問題もない。
一度余裕を持ってエネルギーを補充しに帰ったのだが……
「返事をし……」
一応キッチンにあたる場所。床に、人間の女が寝転がっていた。
「こんなところでなぜ寝ている」
返事はない。
エネルギー節約のため鎧をしまい、人間の横にしゃがみ、首根っこを掴んだ。
「おい」
ぐぅう~……と、何とも言えない音が響き、一瞬何の音かと不審に思ったが、やっと気づいた。
人間は食糧からエネルギーを得るんだったな。しかもあまり長くは持たなかったはずだ。不便な体だ。
ここで死なせるのももったいないため、何か食べられるものをと考えるがもちろんない。
エネルギー補充のため首の後ろにコードをつけて考える。……あぁ、ルーカスのところならあるかもしれないな。
通信機能を起動させてルーカスに繋ぐ。
「俺だ。食糧を持ってこい」
『……電力補充装置、お前んとこにあんだろ?壊れたのか?』
「食糧だ、人間のエネルギー源の話だ。人間の女拾ったと言っていただろ、少し分けてくれ。金なら払う」
少しの沈黙のうち、突然はしゃぎだしたルーカスの声が頭に響く。
『やーっぱりな!お前も拾ってたのか!しかもそいつ、こっちの片割れだろ?いいぜ、今丁度食糧買ってたところだ、エルザと一緒に行ってやるよ』
……再会ということになるな。この人間を縛るためにももう少しあとに手札として残しておきたかったが、まぁいいか。ぶちりと切れた通話と共にエネルギーの補充が終わったようだ。
『充電が完了しました』
コードを引き抜き、キッチンで倒れたままの人間のもとに向かう。
そういえば、名前を聞いていなかったな。
◇
懐かしい声が聞こえる。エルザが、私の名前を呼んでいる。あ、死んだのかな私。天国かな。天国ってことは、エルザも死んじゃったのかな。でも、天国でもエルザと過ごせるならまぁいいか……
「アサ!」
「……っ、え……エル、ザ?」
「良かった、起きた!ほら、食べて!最初はスープから!」
目が覚めたら場所は同じなのにエルザがいた。そして別の新しいサードも。
鎧を着けていないから見分けがつくが、着けていたらきっと分からない。
言われるがまま席についてスープを口に入れる。あー……2日ぶりの食事だ。
そのまま机にあったものをどんどん口に入れていく。
ちらりと見れば、あのサードが料理をしている。あの尾も使っているため効率は良さそうだ。機械にしては、とても旨い。……そして、シュールな絵面だな。
「人間は食わせなきゃ死ぬぜ?これからは忘れんなよ」
「面倒な体だ。なぜ俺がこんなことをしなければならん……いっそ改造してやろうか……」
恐ろしい独り言が聞こえたが食べるのに精一杯だ。
30分後。
ようやく落ち着いてきたため、エルザの顔をしっかりと見る。
「良かった、エルザ……フォースに、殺されたかと……」
「私もアサが死んじゃったかと思ってた。でも、お互い良いサードに救われたね!」
……良い、サードだろうか。
まぁ空腹で倒れていたところを助けていただけたっていう点では良いサードだが。
そして、楽観的なのかにこにこしたエルザの後ろから、抱きつくように顔を見せてきた新しいサード。
「その良いサードってのが俺!初めまして、ルーカスっていうんだ。よろしくな、アサちゃん。エルザから話は聞いてるぜ」
人見知りをしなさそうな方だ。
「よろしくお願いします、朝です。あの、ありがとうございました」
「いんやー、俺は代わりに買ってきただけだし!」
「俺に礼はないのか」
威圧的な態度で近づいてきた、数日前より不機嫌なサード。
「あっ、ありがとうございます、助けていただいて。わざわざ作ってもいただいて……美味しかったです、すごいですね。味覚はあるんですか?」
「サード特別種をなめちゃいかんぜアサちゃん!プロトタイプとセカンド両方の記憶と意思継いでっからな、レシピは頭に入ってんのよ!」
……プロトタイプとセカンドの記憶と意思を継いでいる……?プロトタイプの記憶って、継がれているのか?初めて聞いた。
あれ。ってことは、サード特別種と普通種の違いって、それ?
「その反応的には聞いてなかったみたいだね」
「人間に言う必要ないだろ」
「でもフォースを作ったのは俺らじゃないってことは言わないと、責められちゃうぜ」
「それは言った」
「……お前ほんと話の基盤とか言わねぇよな」
意思はあるけど、プロトタイプとセカンドの記憶を継いでいないサード普通種がフォースを作った……
それは……
「何で、作ったんですか?」
「セカンドをぶっ殺すためだよ」
下剋上、ってことか。
エルザはどうやら話は聞いていたらしく、不安そうな表情のまま。
「俺らにだけ記憶継がせてんじゃねぇよ、って反逆心から。で、殺戮兵器作ってセカンドと、ついでに俺らも殺そうとしたら、フォースが言うこと聞かなくて自分らが攻撃されちゃったっていう感じ」
「サード普通種はもう身を隠して、セカンドと俺たちサード特別種でフォースを倒している最中だ」
サード普通種はもう問題から逃げているのか。先進国と同じだな、手に負えないと思えばすぐ捨ててしまう。
「んで、アイちゃんは特別種の中でも結構やる方だから先頭に立って頑張ってるわけ。もちろん俺もやる方だけどね?」
フフン、とふざけたように自慢しながら、ルーカスさんはエルザを見た。
すごい可愛がってる空気が見える。よかった。気に入らないと判断されるよりずっといい。しかも力を持ち、結構話も通じるサード特別種に保護されているなんて奇跡だとしか言えない。
「アイちゃんっていう強い方が、サード特別種にいるんですか」
そう聞くと、ぽかん、とした表情でルーカスさんが見てきた。さっきから思っていたが、彼は表情が豊かだ。
「えーっと……アイちゃんってのは」
「やめろ、まだ名乗ってない」
「もうそれでバレてるけど」
え?ってことは、アイちゃんっていうその可愛らしい名前の持ち主は、まさかこのサード?
「まだ自分の名前が可愛すぎるの気にしてんの!?あっははははは!面白ぇ!こいつね、アイリスって名前なんだけど、女神のイリスって名前からとられててさ。ぜんっぜん似合わないでしょ?だからすごい気にして」
「気にしてねぇ黙れ心臓抜くぞ」
「っははははははは!アサちゃんも、気軽にアイちゃん、って呼ぶといいよ!」
大きく舌打ちをして、アイちゃん……アイリスさんは奥の部屋に行ってしまった。
「あー面白い」
まだ笑いながら目をこするルーカスさんに、エルザが不安そうに聞く。
「大丈夫?あんまりバカにしない方が……あの人怖そう……」
「大丈夫だって!あいつ顔も目も態度も威圧的だし怖いけど、意外と悪くないやつだぜ?あ、でもエルザは俺んとこにいろよ」
あぁもう好かれてんじゃん、とエルザにからかいの感情も含めて視線をよこすと、困ったような照れたような表情を向けてきた。
「ま、あいつと一緒にいればフォースに殺されることはねぇだろうし、そこは安心していいと思うぜ。強いしな。鋼尾4本操れてるってのが証拠」
「鋼尾って?」
「これ」
そう言ってルーカスさんは腰の辺りからあの鋼鉄の尾を出した。彼は3本。形状も少し違うようだ。
「これ元々は1本なんだけど、自分の力に応じて増やせるんだ、埋め込み式だから。4本同時に操れるのはあいつしかいねぇよ」
へぇ、とエルザと私が感嘆の声を漏らすと、奥からアイリスさんが戻ってきた。
「感謝はしてるから帰れ」
布でできた袋のようなものをルーカスさんに押しつけ、そう言った。
袋を開けて覗いたルーカスさんは、目に見えてテンションが上がった。
「うっおすげぇ!フォースの破片じゃねぇか!これ売れるぜ、いいのか?」
「食糧代だ、持ってけ」
よっしゃ、と喜びながらルーカスさんはエルザの手を掴んで出口に向かった。触れると、やはりドアが出現した。
私が触っても出現しなかったのになぁ。
「んじゃ、またなアサちゃん!俺んちまぁまぁ近いから、エルザに会いに来てくれていいからな」
「アサ、元気でね!ちゃんと食べるんだよ」
そう言ってから、エルザはルーカスさんから離れ、パタパタとこちらに近づいてきた。
そして耳元で小さく言った。
「フォースとの戦いが終わったら、一緒に地上で暮らそうね」
そう言って、にっこりと微笑んでエルザとルーカスさんは出て行った。
多分フォースとの戦いが終わったら地上では暮らせるかもしれないけど、エルザはルーカスさんから逃れられない気がするな……なんて思ったりして。
そして残されたのはアイリスさんと私。
嵐が去ったような空気だ。
「……アイリスさん、ごちそうさまでした。このご恩はいつかちゃんと」
「敬語で話すな鬱陶しい。片付けておけ。あと残った食糧は適当に食べて構わない」
そう言ってまた奥へ行ってしまった。
敬語という概念が伝わるのか、という疑問を抱きながらも、分かったと答えた。
散らばった食糧は保管庫に入れ、汚れたお皿のようなものはちゃんと洗った。
普段は何に使っているんだろう、このお皿。
それにしても……
「アイちゃん、か」
「次そう呼んだらお前の頭は消し飛ぶと思え」
「……っ……はい……」
気配なく背後に立ち、後頭部にぐりぐりと鋼尾を押しつける彼。
もちろん痛いが、私は保身のため了承の返事を喉から絞り出した。
人間と機械の交流の話でした。
言語に関しては、サード側が合わせてくれているという見方でお願いします……
サード同士のときは普段使っている言語、人間が混ざるときは人間が使っている言語(つまり翻訳機で訳すことができる言語)を使っている……という体です。