4*接触
腰と背中が痛くて目が覚めた。
目を開けると、いつもとは違う風景。そして、昨夜と同じ風景。
ドアの前の机も椅子も動いていない。
隣を見ると、エルザがすぅすぅと寝息をたてて寝ている。よく眠れているようだ。
窓から空を見上げれば、太陽が眩しい。雨じゃなくて良かった。水溜まりで音が立ってしまうから。
そっとエルザから手を離そうとすると、ぎゅっと握り返してきた。仕方ない、まだ早いけど起こそうかな。
「エルザ、起きて」
「ん……うー……あさ……?」
私の名前を呼んだのか、もしくは朝かどうか聞いたのか。
翻訳機は「あさ」と訳した。エルザ本人も、「アサ」と発音したためきっと私の名前だろう。
「おはよう」
「……お、はよう。あ……良かった」
お互い生きていることに安心したのか、ほっと笑顔になった。
そして、今気づいたことを話した。
「フォースは、調査機の微弱な電波も感じ取ったでしょ。もしかしたら、この翻訳機も危ないかもしれない。だから、もし気配があったらこれを消そう」
「そっか。分かった、そうしよ」
立ち上がって少し体を動かす。
水を飲んで、クッキーを食べる。あまり空腹は満たされないが、仕方ないものは仕方ない。
「行こう」
外に出て、1時間ほど歩いた頃。
声が聞こえる、とエルザが言ったのだ。
そっちの方向へ注意しながら進むと、商店街のようなものがあるらしい。
ちなみに、聞こえてくる言語は全て翻訳されず、分からない。
木が鬱蒼と茂っているところから覗いてみると、そこには人間とほぼ変わらないものがたくさんいた。
「あれ、ぜんぶ、せかんど?」
口パクでエルザが聞いてくる。彼女同様、私もとても驚いている。
「わからない。でも、せかんどにしては、おおい」
人間の姿をしている、ということは自動的にセカンドだと分かる。ただ、今生きているセカンドは、上位種のみ。ここにいるほぼ全ての者が人間の姿なのに、上位種がこんなにいるわけ……
その時、エルザが私をつついた。指差す方向を見ると、大きな講堂のようなところに入っていく者が多い。
何だろう、という表情を向けてくるエルザ。講堂の方を見ていると、すぐに皆出て行くようだ。何かを、持って。
「みえる?」
「ばっじ」
目の良いエルザに聞くと、すぐ答えてくれた。バッジ、か。何のだろう?
何か書いてある?と聞くため、彼女の方を向こうとしたとき。
「んっむ、ぐっ!」
ガサリと大きな音とエルザの呻き声がしたため、慌てて振り向いた。
そこにいたのは、セカンド。
エルザは口を押さえるように顔を掴まれ、爪先立ちをしているような状態。
全然、気付けなかった……
震える手足。息がうまくできない。殺される、って、こういうことか。
セカンドはエルザの片目に目を近づけ、虹彩と網膜を認識した。個人の特定をされてしまったのだ。
「……地下帝国の人間か」
翻訳機が機能したため、セカンドが人間側の言語を選んでくれたのだろう。
「はい。セカンドの上位種、ですよね」
「地下帝国がフォースに破壊されたのは知っている。セカンドの何人かがお前らからの接触を受けた」
私の質問を無視したが、それより衝撃な事実が聞こえた。エルザも、目をこちらに向けた。
「破壊、されたのですか。完全に」
「知らなかったのか。カタコンベとやらも潰したらしい。フォースがあそこに留まってくれれば我々も殺しやすかったのだがな」
エルザから手を離し、彼は舌打ちをして言った。
カタコンベが潰されたということは、あそこに隠れていた親子は……
「セカンドの、方にお話があるんです。この、特殊資源と物質と交換で、私たち人間を保護していただけませんか!」
エルザは震えた声で袋を握りしめ、言った。そして頭を下げた。私もそれに倣い、頭を下げた。
しかし、頭上からは冷たい返事が返ってきた。
「そんな暇はない。他のセカンドも交渉を却下している。殺してはいない、面倒だからだ。ただ」
ちらりとセカンドは視線をエルザに向けた。
「人間の若い女は我々にとっては需要がある。そういう名目なら保護しても構わない」
そう言われたエルザは、目を丸くしてセカンドを見つめた。
需要、つまり性処理として。
人間から作られたセカンドは、戦闘用としてどうしても男性から作られる。つまり、女性がいないのだ。
もちろん性処理用の女性アンドロイドもあるらしいが、元々生身のため人間が良いのだろう。
だから、人間の女性は高値で取引されるのだ。
だから、さっきエルザを個体として認識したのだ。
「彼女は、渡しません」
声は震えていたが、意思表示をした。殺されないのなら、交渉は失敗したがこのまま見過ごされた方がいい。
すると、先程までからかうように口角を上げていたセカンドだったが、スッと冷めた表情に戻った。
「ならば諦めろ。どこか別の場所で、フォースが死に絶えることを祈ってるんだな。まぁ、その後我々が人間を殺さない約束はできないが」
そう言い残し、去っていった。
今のセカンドの目的は、私たちどちらかの個体認識。人質に、とられた。
個体認識を一度でもされれば、情報共有しているセカンドと管理下にあるサードには瞬時に「あの人間だ」と判断されてしまう。
地下帝国の人間、女、フランス人、東洋人と共にいる、などといった情報が流れるわけだ。つまり、初見を利用した騙しが使えなくなった。
個体判別をする店には入れないな。
「アサ……?どうしたの、大丈夫?」
「……うん、大丈夫。エルザは?怪我はない?」
頷くのを確認し、ふぅとため息をついた。
交渉は失敗、個体認識をされた。そして、カタコンベは潰された。
「ねぇ、地下帝国に戻る?」
エルザが言った一言に、思わず顔を上げてしまった。
「え……?」
「だってセカンド、言ってたでしょ。フォースがあそこに留まってくれれば殺せた、って。つまり、あそこにはもういないってことでしょ?」
エルザの返答に、納得した。
死体の山があるかもしれないが、フォースはいないってことだ。セカンドの言うことを信じるならば。
「地下帝国が塵みたいに壊されてたら、どうしようって感じだけど……」
「……戻ってみる?」
「うん!」
目的地が決まり、よし、と商店街に背を向けた。
その時、爆風。そして、叫び声。女性アンドロイドらしき悲鳴も聞こえる。
叫び声の言語は聞き取れないが、さすがに分かる。フォースが来たのだ。
どうしよう。どこに逃げよう。もう、もう。
「こっち!」
エルザの声で我に返った。
手を引っ張られ、彼女について行く。どこに向かうのかと聞くと、講堂、と答えが返ってきた。
さっき、たくさん人が入っていったところか。でも、何であそこに。
「バッジに、『VS4』って書いてあったの!」
ってことは、対フォースの組織が出入りしていたということで。きっとフォースはいないだろう。
あれ、もしかして文字は人間と共通なのか?言文不一致のような感じなのだろうか。
爆撃音を尻目に、私たちは講堂の中に飛び込んだ。
言文不一致ってちょっと意味が違うんですが……雰囲気だけつかみとってもらえればいいな、と。
更新頑張ります!