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ブレイブヤード  作者: 蘇芳
第一部一章
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七節【ケンラ村での語らい】

 日が沈み、夜の帳が下りた。中央の大きな焚火に連れられる様に、村のそこかしこでも火が焚かれ始める。見る見る内に暗がりが照らされて行き、ここに人の営みが「在る」ことを森に示した。これで獣も魔物も、そうそう村には近付いて来ないだろう。

 村人たちは火点けが終わると、その場その場で中央の火に拝み始めた。地に膝をつき両手を上げて、そのままゆっくりと腰を折る。しばらくして上体を起こし、またすぐに下げる。この動作を五セット程。

 まるで神でも祀るかの様だが、実を言えばそんなに珍しい光景でもなかったりする。こういった深い森の中にある村では、火は神聖なものとして扱われることが多いからな。

 村人の熱心な拝みっぷりには負けるが、俺も焚火に関しては思う所がある。というのも昔、ここと同じような森の中で遭難した時に――

「こんばんは。お隣、いいかな?」

「……どうぞ」

 不意を突かれた。ぼんやりとしていた顏を幾分か引き締め、呼び掛けられた方を見る。先輩……マリア先輩だ。

「こういう場所、久し振りだね」

 すぐ隣、パーソナルスペースをぎりぎり超えない辺りの位置にマリア先輩は座った。

「レイナはいいんスか」

「あはは、それが……」

 先輩が困り笑いを浮かべ、その視線の先を追ってみると……なるほど。村のガキどもの玩具あそびあいてにされてるわけか。ぎゃーぎゃー騒いでうるさ……賑やかなこって。

「凄いよレイナちゃんは。すぐに好かれて、あんな状態だもの」

「アイツは何か……変に面倒見の良い所があるっスから」

「そうだね。……グレン君に対してもね?」

「勘弁」

 してください。同年代の女子に面倒見られるとか、流石の俺もプライドが傷つくってもんだ。……飯の件は置いとけ。あれは節約のためだ。

「ふふ」

「何笑ってんスか」

「や、グレン君とこうやって話せたのも、久し振りだなーって」

「……そうスね」

 話す機会がなかったわけじゃない。学園いばしょは同じなんだから、会いに行こうと思えばいつでもいけた。学年が違うため校舎の移動が多少面倒だが、まぁ、それ以外の物理的な障害は何もなかった。……なかったが、敢えて会おうとはしなかった。これは俺も先輩も同じだろう。別に仲違いしたってわけじゃないんだが……

「皆とはまだ連絡は取ってる?」

「まさか。もうどこで何やってるかも分からねぇっス」

「そっか……。私も随分前に連絡手段断たれちゃったからなぁ」

 先輩は寂しそうな顔で、正面を見つめた。俺もそれに合わせ、正面を向く。

 少しばかりの沈黙が訪れたので、俺はその間に「アイツら」のことを思い浮かべた。

 ヤコフ、ヘンリー、エリーザ。二年前まで、俺と先輩がチームを組んでいた仲間だ。どいつもこいつも一癖も二癖もあるような奴らで、俺と先輩はいつも手を焼いていた。

「皆、元気にしてるかな?」

「元気かどうかはともかく、死んじゃあいないと思いますよ」

「ふふっ。グレン君、相変わらずだ」

「先輩こそ変わらないっスね」

「あー、ひどいんだ。私だって成長してるんだよ?」

 確かに二年前より大きいですね。

「グレン君はこの二年どうしてた? 新しいチーム組んだりはしたの?」

「まさか。俺は一人でいるのが気ままで楽なんで」

「レイナちゃんやダン君は?」

「アイツらはまぁ……単なる知り合いって所っス」

「そうは見えないけど……」

「少なくとも、わざわざチーム組むほどのもんじゃねぇっス」

 レイナは当然として、ダンの奴も意外なことに学園側からの評価は悪くない。筆記は壊滅的な部分が多いが、その分実技の成績は良いからな。

 まぁ、そんな二人に俺が加わったとしても、基本マイナスにしかならんことは誰でも分かる。アイツらとはたまに協力もするが、それはその場限りのもんだ。今回だって……

「そういう所、変わってないね」

「何がっスか?」

「ううん、いいの。そこはグレン君が自分から変えようとしない限りは、私が言っても意味のないことだから」

「非社交的ってなら今更っスけど」

「そうじゃないよ。もっと本質的なこと」

「…………?」

 先輩の言わんとしたことが今一つ掴めない。俺の本質と言えば根暗・反抗的・クズの辺りだが、それらを直せと言われてもすぐに直るもんじゃあない。つか先輩もここら辺は俺とチーム組んでた時から分かってたことだろうし、今更指摘してくるところでもない気がするが……。

 まぁいい。こっちの話は終わったことだし、次は先輩そっちの話を聞かせて貰おう。

「先輩はこの二年どうしてたんスか」

「ん、私?」

 頷きだけを返し、先輩の発言を待つ。この人、俺には聞いといて自分が聞かれるとは微塵も考えてなかったな。何を話せばいいのか分からないといった感じで、随分悩んでいらっしゃる。

「私、私かぁ……。特に何もなかったなぁ」

「チームは?」

「組んでないよ」

「先輩なら引く手数多でしょう」

「そうでもないよ」

 先輩は少し伏し目がちになった。純粋に疑問で気になりはするが、あまりしつこくする話題じゃなさそうだな。

「じゃあ、最近の傭兵活動アクティビティは?」

「ん。それは順調……なのかな? 細かい失敗はたくさんあるけど、何とかこなせてはいけてる感じ」

「納品物を誤って崖下に落っことしたりとか、してないっスよね?」

「もう、その時はごめんって言ったじゃない」

 先輩は明らかに口を尖らせた。いやスイマセン、あんまり面白かったもので。

 ちなみに先輩の他の失敗やらかしエピソードとしては、「寒冷地に行くのに防寒着を忘れる」「潜入捜査スニーキング中にくしゃみをして敵に見つかる」「貴重な共同食料の六割を黒こげにしてしまう」辺りだ。三つ目は割と生命の危機を感じた。

「うぅ、ドジなことくらい分かってます……」

「分かってます。二年程度じゃ直らないことも含めて」

「うううう……!」

 先輩が面白いうめき声を上げて顔を隠したところで、俺は追及をやめた。こうなると数分は冷却時間クールダウンが必要だろうし、しばらく周囲の様子でも観察しておこう。

 先輩にばかり意識が向いていたこともあってか、村の中央……村人たちが祈りを終えて、皆で火を円形に取り囲み始めたことに気が付かなかった。加えて火の上にはいつの間にか猪だったであろう肉が棒で吊るされている。

 村人たちは焚火を中心とした大きな円を形つくった所で、今度はそれぞれが手と手を繋ぎ、歌い、踊り始めた。太鼓ボンゴによる軽快なリズムも合わさって、儀式にしては随分楽しげな雰囲気だ。

「お上の人はああいうことはしないのかい? 俺たちの村じゃ毎日やってるが」

「すまん、あまり経験はないな」

「そうか。良い機会だろうし、ぜひ参加してみてほしい。そちらの美しいお嬢さんと一緒にね」

 どこからともなく現れたタレク氏は、そう言い残して村人の輪の中に入って行った。……さて、これで「美しいお嬢さん」の冷却時間はまた延びただろうな。髪の合間に見える耳が真っ赤になっている。

 陰気な俺としてはああいうイベントは遠慮したいところだが……こうして二人きりで村の隅っこに座り込んでいるのもバツが悪い。一人でテントに戻るというのも先輩を置き去りにするようで気が進まない。どうしたもんか。

「……くよ」

「え?」

「……ほら、行くよ!」

 ガシィ! と右腕を先輩に掴まれた俺は、何が起こったのかすら理解できない間に、村中央の輪へと連れて行かれた。

 恐るべしは手負いの獣。羞恥心をバネとし行動力を飛躍的に高めた先輩は、俺の戸惑いなど知るはずもなし。あろうことか女性陣が比較的多いスペースに、俺と共に割り込んで行くのであった。



「ねぇ、生きてる?」

「死んだことにしてくれ」

「あ、そ……」

 珍しくレイナが気遣いを見せたが、今となってはそれも無意味。俺は生ける屍になっていた。

「ごめん、ごめんね! 私、居ても立っても居られなくて……」

「ソウッスネ……」

 先輩の平謝りもどこ吹く風、俺はテントの中で体ごと突っ伏すのみだ。

 熱暴走オーバーヒートを起こした先輩により、俺は焚火を囲んだ儀式どんちゃんさわぎ……キャンプファイヤーに無理矢理連れて行かれ、村のお姉さま方とくんずほぐれつ、歌って踊ってをしてきたわけだ。泣けてくる。

「いいじゃない。ほら、綺麗な人ばっかりだったし。楽しかったでしょ?」

「そういう問題じゃねぇよ……」

 俺は明言してるわけじゃないが、基本的に女が苦手だ。今さっきそれを再認識した。

 ただでさえああいった陽気アッパーなノリは苦手だっつうのに、加えて女にもみくちゃにされると来たもんだ。拒否反応が起きても仕方ねぇだろ? 気持ち的に決して嫌なわけじゃあないが、とにかく耐性がねぇんだ。まだむさい男共と馬鹿やってた方が落ち着くわ。

「今からそんなだと私も不安になるんだけど……まぁいいや。とりあえず今日はもう休みなさいな。お疲れ様」

「あぁ……」

 レイナの声を受け取ることもせず、生返事だけで聞き流す。許せ、今は頭が働かん。

「それじゃ先輩、テント行きましょっか」

「え、テントはそれぞれ別じゃ……?」

「ふふー、女の子同士でその言い訳は通用しませんぞー!」

「え、えぇっ!?」

 先輩がレイナに拉致おもちかえりされ、俺の周囲には静穏が戻って来た。森の環境音だけが俺の心の傷を癒してくれる。しばらくこのままで回復を待とう。

「どうだった、うちの祭りは。楽しかっただろう?」

「……アンタか」

 耳に聞こえの良い低音でテントの外から声をかけてきたのは、今日何度目になるか分からない村民のタレク氏だった。アンタも大概暇だな。俺たちにそれほど興味があるのか?

「見ての通り、慣れねぇことをした結果がこのザマだ」

「ハハハ。だが村の女たちは、君のことを気に入ったみたいだぞ」

「安い冗談ジョークはよしてくれ。身震いする」

 言葉通り身震い(※不随意)したら鳥肌が立った。

 このまま顔も見ずに話し続けるのもアレだったので、俺はテントの外へ出た。まださっきの心的ダメージは残ってるが、男と話してれば少しは回復も早いだろう。

「すまない、休んでいたところを」

「気にしなくていい。ちょうど夜風に当たりたかった所だ」

「そうか。ならこっちへ来るといい」

 タレク氏……はもういいか。

 タレクは、テントから少し離れた位置にあった休憩スペースまで俺を案内した。小さめのたき火と、丸太の椅子が円形に三つあり、俺はタレクの斜め向かいにある丸太に腰を下ろした。

「何か話があるのか?」

「ああ、少しな。お上にしちゃ変わった人たちだったからな」

「俺たちがか?」

「ああ。この村の人間からすると、お上の人ってのは大概……そう、丁度君たちのリーダーのような人ばかりだった」

「ヨハンのことか。だがイーストスクエアはあんなクソ真面目な奴ばかりじゃないぜ? むしろアイツが浮いてるくらいだ」

「ハッハ、そうなのか。確かに君とあの人じゃ、雰囲気が大分違うな」

「俺とは特に水と油でな。アイツは教師せんこう臭くて苦手なんだ」

「ほう、とすると君は問題児ってわけだな?」

「その通り」

 タレクの鋭い指摘に対し、俺は両手の平を上に向けて肩を竦めた。タレクはまたも豪快に笑った。

「そうかそうか、納得だなぁ。だが俺は君の方を支持するよ」

「何だ、同じ口か?」

「そうと言える立場じゃないが、気持ち的にはそうだと言っておこう」

「なるほど」

 思いの外話が分かるじゃねーか。ヨハンよりもアンタをリーダーにしたいくらいだぜ。

「どこの村でもそうだが、村には長老か、或いは村民が取り決めた「掟」ってものがある。それを守らない奴は相応の罰を受けるんだが、これが納得のいくものばかりじゃなくてね。だから掟ばかりを重視して仲間を売るような奴は、俺はごめんなだけさ」

「この村にもそういう事があるのか?」

「あるさ。つい先日も、森の禁じられた区画で狩りを行なった若い男が罰せられた」

「それのどこが不満なんだ?」

「そいつの家族……唯一の母親は、ここ数か月病に臥していてな。母親のために必死に狩りをしていたら、ほんの少しだけ禁猟区画に踏み込んでしまった。そこを村民に目撃されたのさ」

「運が悪かったな」

「ああ、その通りだ。運が悪かった。たまたま掟を破ってしまった所を、たまたま村民に見つかってしまった。それだけの話なんだが、どうにも俺は納得がいかなくてな」

「融通が利かないとそういうことになるっつー典型だな。掟やルールってのは大事なんだろうが、それに縛られ過ぎてるといざって時にダメになる。……まぁ、問題児の方便みたいなもんだが」

「いいや、良い考えだとも。もう一度言うが改めて、俺は君を支持するよ」

「へっ、そうかよ」

 恥ずかしげもなくそう言うタレクと、拳を軽くぶつける。悪くない。まちの外に出たのは久し振りだが、こう気の合う奴と話す機会はそうそうあるもんじゃない。ヨハンのせいでマイナスに傾きかけていた俺の対人運は、タレクによってある程度持ち直したと言ってもいいだろう。

「しかし、それならアンタは「お上」のことは嫌いじゃないのか? ヨハンみたいな奴ばかりと思ってたんだろ?」

「ついさっきまでは苦手だった、だな。君のような奴がいることも分かれば、その評価も覆るさ」

「苦手だったにしちゃあ、最初からやけに対応は良かったが」

「それは俺たち村民と話そうとしてくれたからさ。普通お上の人たちっていうのは、村長としか話をしないからね。一緒に踊るなんてこともまずなかった」

 そうだったのかと言い掛けた所で、確かにヨハンは村人と話さずに村長の家へと直行していたのを思い出した。本来はあれがスタンダードなんだろうな、俺には理解できんが。

「嬉しかったんだ。お上とはもう縁は切れてしまったが、こうしてお上からやってきた人たちが、ちゃんと俺たちと話してくれたことが。だから、俺もしつこいとは分かっていても話したくなった」

「自覚はあったのか」

「勿論。君が女ならとっくにフラれている所だろうさ」

「その例えはやめろ」

 何かゾワっとしたぞ。タレクは笑ってるが、お前……まさかそっちの気があるんじゃなかろうな。俺は女が苦手とはいえノーマルだからな。……まぁ、単なる言葉の綾だろうが。そうだと思いたい。

「さて、夜も更け込んで来たな。そろそろ休まないと明日に支障が出るだろう?」

「そうでもないが、まぁ、休めるのなら休みたい」

「だろう。お喋りはここまでにしておくよ」

 そう言うとタレクは、目の前の小さな焚火の始末をした。暖色の明かりが消え、月の青白い光がよく見えるようになった。

「あとは片付けておくから、君は休んでくれ。話せて良かったよ、ありがとう」

「おう。こっちこそサンキューな」

 俺は丸太イスから立ち上がり、自分のテントへ戻った。

 広場の祭りもすっかり終わったようで、人影も大分少なくなっている。まだ時刻は二十一時過ぎってとこだが、眠りが早いんだろうな。この村は。

 自分のテントに入ろうとすると、少しだけ離れた位置にあるテントからレイナが顔を覗かせた。髪を下ろしてるってことはもう寝る気なのか。

「グレン? あんたどこ行ってたの?」

「ちょっとそこまでな」

「そ? あんまり夜更かししちゃダメだからね」

 それだけ言うとレイナはテントの中に引っ込んだ。中から話し声がしない辺り、先輩ももう寝たのか。あの流れで本当に同じテントに居るならの話だが。

「……中々濃い一日だったな」

 自分のテントの中に入り、横になる。予想外のイベントが多かったせいで、心身ともに疲れが出ている。これは確かに、休まないと明日に支障がありそうだ。

 携帯バッテリーにスマホを繋ぎ、目覚ましを六時半に設定。虫よけの香を焚いてから、毛布ブランケットを被った。明かりは一切点けないのが俺の就寝スタイルだ。

「…………」

 緩やかに睡魔が訪れる。脳がまどろみ、早くも記憶の整理を始める。……あぁ、これは昼間の…………。

 意識が遠のくにつれて、音も遠くへ。

 静けさに包まれて、俺は深めの眠りについた。

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