五節【ランチ&ミーティング】
「それで、グレンったら酷いんです! 「お前は足手まといだ」ってハッキリ言ったんですよ! 確かにあの時の私は足手まといでしたけど、もっとこう、言い方ってありますよね!」
「そうね。ちょっとした気遣いがあれば、また違ったかもね」
「そうなんですよ! もー、先輩理解ありすぎっ!」
「うるせぇ……」
「逆にグレンは理解なさすぎィー」
「…………」
うるせぇ。やかましい。騒々しい。何と形容していいのやら。正直どれでもいいが、とにかくしゃべる、しゃべる。これまで溜め込んできたものの栓が抜けたような、激しいマシンガントークが繰り広げられている。そしてその内訳は俺に対する物言いが八割を占めている。何だってんだ。
「レイナさん、とても苦労してるのね」
「ほんとですよー。主に誰かさんのせいで」
ジトっとした目が向けられるが、一々取り合っていても面倒なので無視を決め込む。それがまた気に食わなかったのか、暴力女は膝を軽く蹴って来た。何だテメェ。
「ま、まぁまぁ。そろそろ料理も来るし、ちょっとクールダウンしよう?」
「俺は最初っから冷めてますけどね」
「そういう斜に構えた態度は女子に嫌われるぞーっと」
「そういう可愛げねぇ態度も男に嫌われるけどな」
バチバチバチ、と俺とレイナは今日何度目かの火花を散らした。場所が場所なら、今頃取っ組み合ってたことだろう。先輩がいるのに加えて、先輩の行きつけの店(大人びた雰囲気の洒落たカフェだ)だからというのもあり、流石にできんが。
「あはは……。そういえば、二人は何の任務でこっちに?」
気を利かせて話題を変えてくれた先輩を尊重して、俺は軽く任務概要を説明することにした。
分類としてはフィールドワーク、所謂特定地域の生態調査等が主な仕事だ。過去のデータと比較して変化を記録する一方で、生態に異常が見られた場合には逐一対処する。その結果をまたデータとして残す。そんな面白味のない作業が今回の任務だ。
実施期間は今日と明日の二日だが、今日はキャンプの設営がメインなので、調査に入るのは実質明日からだ。場所はイーストスクエアからやや南東に位置する森なので、移動はそこまで困らない。車で数時間もすれば着く距離だ。
案内人は一人で、現役傭兵。イーストスクエアの南口で合流する手筈になっている。一応プロフィールは確認したが、まぁ、平凡な傭兵だった。そこまで興味を惹かれる実績はなかったからな。
「グレンがまた調子乗ってる」
「事実だろうが」
「現役ってだけで私達よりは格上なんだから、失礼な態度取っちゃダメだよ?」
「当たり前だろうが。仕事する上でのマナーくらい心得てるっつの」
「ならいいんだけどね~」
どうでもよさそうに頬杖をつくレイナ。今日は……というより、先輩と合流したあたりから、レイナの機嫌がすこぶる悪い。腹の調子でも悪いんじゃねぇのか。
「そこら辺、グレン君はしっかりしてるよね」
ふて腐れてるレイナとは違い、先輩はしっかりフォローを入れてくれる。こういう所に人間性ってのは出るよな。俺も人のことは言えたもんじゃねぇが、先輩の人間性が「出来てる」ことくらいは理解できる。だから無駄な突っ掛かりとかもしないわけだしな。
「ま、筋は通さねぇと信用をなくして、仕事もなくすってだけっスよ」
「全くその通り。仕事をきっちりやる人の方が、私も好きだな」
だがまぁ、何だ。戦闘技術が高いとか、人間が出来てるとか、それ以前に。俺は先輩に対して弱いのかもしれないな。こうやって微笑みかけられるだけで、なんつーか照れくさくなっちまう。単純な美人度で言えばクローディアもかなりのもんだが、先輩はそれに加えて雰囲気が良い。どこまでも柔和で優しい空気が、この人がいるだけで醸し出される。一種の特技だぞ、これは。
「と・こ・ろ・で! マリア先輩はどうしてこちらに? 任務があるんですか?」
俺が頬をポリポリ掻いてると、黙ってたレイナが急に身を乗り出した。何でお前そんな興奮してんだ。先輩ちょっと引いてるぞ。
「えっと、私の任務は午前中にもう終わったの。後はお昼を食べて、買い物をして帰るだけ」
「あ、そうだったんですね。ちなみにどんな任務だったんです?」
「ごめんなさい。内容については、依頼者の意向で話せないわ」
「あっ……そうですよね、先輩ほどの方が受ける任務ですもんね……」
「ううん、そんな大層なものじゃなくてね。実際半日で終わっちゃったし」
「それは先輩の腕がいいからっスよ」
「もう、そんなことないってば」
俺が少しからかうと、先輩は困ったような顔で笑った。これ、癖なんだろうな。眉はハの字だが、苦笑いとは違う優しい笑顔だ。
「先輩ってほんとずるいですよね……」
「え?」
レイナが何か小声で言ったが、俺も先輩も聞き取れなかった。まぁ、必要なことはハッキリ喋る奴だし、今のは別に聞かなくても良かったことなんだろう。わざわざ聞き直すのも面倒だしな。
会話が数瞬途切れたところで、ウェイターが料理を運んで来た。カフェの割にはメニューが豊富で、俺はスパゲティとサラダ(+水)、レイナはパンケーキとよく分からんジュース、先輩はサンドイッチとコーヒーという、それなりにバリエーションのある食卓になった。
食事中にしゃべるのが嫌いな俺は黙々と食べ、レイナと先輩は軽い雑談を交えつつ楽しそうに食っていた。二人だけだと仲が良さそうだが、これはあれか。俺が邪魔なパターンか。考えてみりゃ女子二人のテーブルに野郎が一人ってのも居心地が悪い。レイナの会話で先輩の近況も大体聞けたし、飯が食い終わったらさっさと任務に戻るとしよう。先輩をいつまでも付き合わせるのも悪いしな。
と、スパゲティを掻き込みながらぼんやり考えていると、先輩が急に、
「そうだ。二人の任務、私も付いて行ったらダメかな?」
などと唐突に過ぎることを言うものだから、俺は盛大にむせてしまった。
「え……マジです?」
レイナも目を点にして、敬語を若干崩してしまっていた。
俺達のリアクションが意外だった……というより逆に驚いてしまったのか、先輩はすぐに謝った。「ごめんなさい、軽はずみなことを言ってしまって……」と申し訳なさそうな顔をするもんだから、俺とレイナは慌ててそれを否定した。こっちも驚きはしたが、先輩が来てくれるならこれほど頼もしいことはない。報酬額は一人あたりで決まってるし、募集人数もあと数枠空きがあったからな。
「俺達としちゃ構わないっスけど、いいんスか?」
「ご迷惑でなければ……」
「迷惑じゃないです! 凄い頼もしいですから!」
「そ、そう?」
「そうです! 百人力です!」
レイナが過剰とも思えるフォローをしているが、確かにこれは願ってもないチャンス。俺としても逃したくない。
「今からでも連絡を入れれば登録はできる筈っスから、俺やっときます」
「ありがとう、グレン君」
「いや、こっちこそ」
先輩に軽く頭を下げてから、携帯を取り出して合流予定の傭兵に連絡を入れる。先輩に理由を聞かなかったのは、それによって「やっぱりやめておきます」の流れになるのを防ぐためだ。何故か先輩、俺たちに凄い及び腰だしな。
電話が繋がり、覇気のない若めの声をした男と、先輩の途中参加についての確認を取る。向こうとしても嬉しいイレギュラーだったのか、話は数十秒であっさり決まった。諸々の手続きは後からいくらでもできるから、必ず確保してほしいとのことだった。こりゃ先輩のネームバリューのお陰だな、多分。
「急に無理を言ってごめんなさい。ぜひ貴方たちと任務をやってみたくて」
「貴方たちって、私もです?」
「勿論、レイナ・セルダさん。成績優秀者として、時々私のゼミでも話が上がるもの」
「ええええっ!?」
嘘のような本当の話だったようで、レイナは仰天していた。確かにこいつは言動こそ難があるが、成績については折り紙つきだからな。座学は常にトップ付近、実技も同学年の女子の中ではかなりのもの。そりゃ上級生に話の一つや二つ知られていてもおかしくない。
「グレン君も何度か話題になったけどね」
「落ちこぼれっスからね」
「そうじゃなくて、カッコイイって」
「そっすか」
そっすか。
「何嬉しそうにしてんのよ」
「してねーよヘッポコ」
いくら興味のなさそうな反応をしてもこう言われちゃ、それは言う側がおかしいという結論になるのは仕方ねぇだろ? そういうことだ。
「前から思ってたけど、グレン君って素直だね」
「まぁ、ある意味素直ではありますよね。表面上はこんなですけど」
二方向からニヤニヤした視線を向けられるが、これはあれか。ハラスメントか。訴えるぞ。
そもそも何だカッコイイって。こんな落ちこぼれの不良のどこが良いってんだ。同学年からならまだダンの方が人気があるぞ。
「ふふ。……じゃあ、そろそろ出ましょうか」
先輩は俺いじりを行き過ぎない所で切り上げ、伝票を持ってレジへ向かってしまった。その動作が自然過ぎて、俺もレイナも何も言い出せず、結果全額を先輩持ち……所謂奢りになってしまった。俺はそもそも持ち金がねぇからレイナに借りる予定だったが、思わぬ所に貸しを作っちまったな。
「むぅ……ずるい……」
レイナがまた小声で何か言ってるが、またも俺の耳には届かない。鳴き声程度の認識でいいか。
先輩が支払いを済ませた後、俺たちは連れ立ってカフェを出た。レイナが中々財布を仕舞わないので、先輩が苦笑する前に片付けさせつつ、先輩に一言「ゴチになります」と伝えた。こういうのは食い下がってもしょうがないため、また別の機会に返す等をした方が良い。俺の経験則だがな。
「気にしないで。それより、グレン君にはエスコートを頼みたいな」
「ウィッス。とりあえず南口まで行って案内人と合流するつもりっスけど、それでいいスか?」
「OK。レイナさんは?」
「だ、大丈夫です!」
カフェを出てから、先輩の表情が少し変わった。恐らく仕事モードに入ったんだろう。傭兵は見習いの間から、メリハリを付けろって口酸っぱく言われるからな。先輩は特に切り替えが早かった。
俺たちは途中下車した駅まで戻り、そこからまた電車で二十分ほどかけて、目的の南口を目指した。今度はモヒカンのようなチンピラもおらず、じっくりと任務について考えながら移動することができる。
当初の予定じゃ南口まで爆睡するつもりだったが、先輩が加わったことで意識が引き締まった俺は、珍しくあれこれと任務のシミュレートをしながら、目的地までの時間を過ごした。
「えーと、初めまして。今回の任務の案内人を務めさせていただく、ヨハン・ボーと申します。よろしくお願いします」
南口の駅で合流した案内人はやはりと言うか、覇気のないぼんやりとした男だった。外見的な派手さは一切なく、声や立ち振る舞いも数分後には忘れてしまいそうなほど印象が薄い。本当に傭兵なのかアンタ。
「よろしく。早速だがこっちの……この人が、さっき話してた人だ」
俺はマリア先輩を軽く指差しながら、案内人に紹介する。先輩は礼儀正しく頭を下げつつ、途中参加を許して貰った事への感謝を述べた。
「はい。突然の参加ですが、有り難く思います。隊の基本は四人一組でありたいですからね」
特に心動いた様子もないヨハンは、その後事務的に確認事項を抑えていった。
今回の任務概要の確認から始まり、達成すべき目標が何であるか、そのために自分たちがどう計画を立て、動いていかなかればならないのか。タイムスケジュールも事前に作成していたようで、「基本はこれに沿って動いて貰います」とのことだ。単なるフィールドワークにしちゃ入念な準備だな。
「以上が事前説明となりますが、何か質問はありますか?」
何もない。俺たちは一様に首を横に振った。
この人、覇気はないが仕事はきっちりこなすタイプだな。マニュアル通りと揶揄する輩もいるかもしれんが、ノープランで現地判断ばかり繰り返すより断然良い。
「ないようですね。では早速移動を始めましょう」
そう言うと、ヨハンは俺達を駅の隣りにある立体駐車場へと案内した。現地までの移動は車と聞いているが、普通車なのかバギーなのかは聞いていない。正直乗り心地が相当悪いでもなければ、どんな車でも文句はないがな。
ちなみに何故駅のロータリーに車を止めていなかったのかについては、周りの人・物の行き交いの多さを見ればすぐに分かる。西口とまではいかないが、ここ南口もそれなりの交通の要衝ではあるからな。数分~数十分でも駅前に停車すれば、バスやらタクシーやらトラックやらに警笛鳴らされっぱなしになるだろう。考えただけでも面倒くせぇ。
「現地の『ロッソ森林』までは、私の車で移動します。乗り心地はあまり良くないかもしれませんが、そこは我慢してください」
エレベーターで立体駐車場の三階まで上がった所で、ヨハンはそう前置きした。任務に私用車を出す傭兵は珍しいな。申請すればレンタルでも何でもできただろうに、敢えてしない理由があるのか? それともできない理由が……?
「これです」
俺の単純な疑問は、ヨハンの「私用車」を見た瞬間吹っ飛んだ。
それは普通車でもバギーでもなく、紛れもない軽装甲機動車だった。
「ええ……?」
ここまで従順に付き従って来ていたレイナも、これには若干引いていた。先輩も目を丸くしている。当然だ、こんな「車」を持っているのは、自衛隊か軍くらいだからな。俺もここまで間近で見たのは初めてだ。
「気に入りませんか?」
「い、いえっ、そんなことないです!」
「それなら良かった。これは私の愛車ですから」
ヨハンは心なしか、誇らしげな表情を垣間見せたような気がした。
まだ納得はいってないが、今更文句を言ってもしょうがない。俺たちはヨハンに言われるがまま、軽装甲機動車に乗り込んだ。……ステップは高いわ、ドアは厚くて重いわと、単なる車よりも戦車の方がイメージが近いぞ、これ。
「すごい……」
先輩が小さく呟く。外装だけのものかと思えば、内装まで完全に軽装甲機動車だった。内壁は厚く、訳の分からん機械類がそこら中にあり、快適性など欠片もなかった。唯一の温情は、座面にクッションが置いてあったことだけだ。
「それも私物です。同業者からお尻が痛いとの不満が多かったもので」
「だろうなぁ!」
思わずツッコまずにはいられなかった。こんな鉄の空間で何時間も移動すりゃ、慣れてない人間にはかなりの疲労になる。外からの攻撃には強くても、内部で消耗してりゃ世話ねぇぞ。
「まぁ、貴重な体験にはなるのかな?」
「先輩マジスンマセン」
「いいよ。気にしないで」
「ちょっと、私への気遣いは?」
「お前はこのくらいどうってことねぇだろ」
「アンタって男は……!」
レイナの顔が鬼みたいになってるが、知るか。それよりも……
「こんな車持ってるってことは、アンタ元軍人か何かか?」
そう、この軽装甲機動車は一般ルートでは販売されていない。手に入れるには、自衛隊や軍からの払い下げか、又は特殊な事情によるリースしかない。前者は相応の金が要るし、後者はそうそう機会があるわけじゃない。どちらにしても、一般的な傭兵には手が出ない車のはずだ。それをどうして、言っちゃ悪いがこんな普通の傭兵が所有してんだ。
俺の問いかけに、ヨハンは眉一つ動かさず答えた。
「それ、任務に関係がある質問ですか? 答える必要はないかと」
あくまで淡々と、事務的に。こいつはあれだな、良くも悪くも「キッチリ」した奴だな。仕事を堅実にこなす一方で、仕事以外のことについては情報の共有はしない。仕事とプライベートを極端に分ける考え方なんだろう。
それならそれで、こっちも機械的に合わせるだけだがな。しかし輪を掛けてつまらない任務になりそうだぜ。
ヨハンが全員のシートベルト装着を確認した所で、車は動き出した。タイヤが馬鹿デカいせいか、意外と振動の伝わり方がマイルドだ。これならまぁ、数時間程度なら全然乗れる。レイナと先輩もお喋りを始めて、余裕がありそうだしな。
「…………」
まぁ、とりあえずは良しとするか。同業者に猜疑心を持った所で何も始まらない。それよりも重要なのは目の前の仕事だ。
俺は先程ヨハンに配付されていた地図を広げ、目的地のロッソ森林周辺を何とはなしに眺めることにした。普段は携帯の簡略地図しか見ないため、イーストスクエア近辺でも知らない土地は多い。森の中にはいくつかの村があり、森を抜けた先にも――
「…………?」
何かが引っ掛かる。森の外郭付近、知らないようで見覚えのある村名が目に留まった。
それほど大きな村じゃない。任務のやり取りで出向いたこともない。なのに俺は知っている気がする。知っている気がするが、随分と曖昧だ。確証はなく、ただの思い込みかもしれない。
「どうしたのグレン? 首なんか傾げて」
「ん。ああ、いや」
思考が飛んでいる。空返事しかできないことで察したのか、レイナはすぐに先輩とのお喋りに戻っていた。
俺は腕を組み、完全に熟考モードに入った。ただしいくら考えた所で、その村が俺にとっての何であるかは、全く思い出せなかった。