四節【麗らかな午後】
午後の日差しが照りつける昼過ぎ時、俺はC.W.A.の敷地の外へ出て、街中の駅から(なけなしの金で切符を買い)電車に乗った。目的地はこの馬鹿でかい街『イーストスクエア』の南端だ。
俺の当初の目論見では、電車が来たらすかさず隅っこの席に陣取り、すぐに寝るつもりだった。実際に席は空いてたし、目的の駅は終点だからそれは十分に可能なはずだったんだ。
しかし。
「街の外って久し振りだなぁー、えへへ」
隣に座るこのじゃじゃ馬のせいで俺は一向に気が休まらず、当然寝ることもできない状況に陥っていた。
「おい、もう少し離れろ」
「なんで?」
「そっちのスペース余ってんだろうが」
「いやよ。公共交通は慎ましく使うのが私のモットーなんだから」
別に混んでなきゃどう使おうが自由だろうが。優等生ってのはどうしてこう頭固い奴が多いんだ? いもしねぇ人の迷惑より隣りにいる俺の迷惑を考えろ。
「それよりグレン、褒めたげる」
「あ? 何だ急に」
「私の言った通りちゃんとフィールドワークに出るんだもんね。偉い」
「お前に言われたからじゃねぇっつの」
これが一番手っ取り早く金を稼げるから、以外の理由なんざ一切ない。レイナに言われなくとも、俺は一人で同じ依頼を受けてフィールドワークに出てただろう。……正確には「出ざるを得ない」だが。主に金銭的な理由で。
「ほんと素直じゃないんだから! ふふ」
にこーっと気味の悪い顔を向けてくるレイナをガン無視して、車窓から外へ視線を移す。
緑もそこそこに、大部分はコンクリートで出来たジャングル。ありきたりな現代都市の景色が流れて行く。道路、ビル、橋、車、人。見慣れ過ぎて飽きが来る眺めだ。
ここイーストスクエアもそうだが……俺たちが今現在いる東大陸は、どの街も技術水準に大きな差異がない。地方によって多少は違いもあるが、それでも生活が劇的に変化することはない。大抵の人間が漠然と、何の不自由もなく暮らせるのが東大陸だ。良く言えば平等、悪く言えば平凡ってところか。
加えて言うなら、東大陸で暮らす人間には突出した技能持ちや異常者が少ない「傾向にある」らしい。生まれてからずっと足並み揃える文化に浸ってりゃ当然の結果だが……勿論出る杭は打たれるというマイナス要素も込みでの話だ。
だから、ああいう「輩」は本来珍しいはずなんだがな。
さっきからレイナが険しい顔を向けている……対面斜めの位置に座る男が、しきりにこちらを睨みつけて来ている。体格は小太りだがそこそこ背があり、全身黒レザーの服装も相まって中々の威圧感を放っている。……いや、注目すべきはもっと他の所にあるが。アレに気を取られてしまっては何故か負けなような気がするな……。
「……チッ」
男はこちらの視線に気付くと、あからさまにデカい舌打ちをした。「何ガンつけてきてやがんだァ?」と言わんばかりだ。もはやあれは言ってるも同然だ。
相手するのも面倒なので、俺は早々に席を立って別の車両に移ろうとするが……ぎゅっ。隣の直情女が袖を引っ掴みやがった。
「(何すんだよ)」
「(決まってるでしょ。アイツを叩きのめしてやるのよ)」
コイツはたまに過激な発想に至る時があるんだが、今はやめて欲しかった。公共交通は慎ましく云々はどこ行ったんだよ。
そもそもあっちは睨みつけて来るだけで何もしてねぇし、されてもいねぇ。そこに俺たちが殴り掛かろうもんなら、悪いのは100%こっちだ。悪漢を捕まえて成績アップ(+謝礼)の制度はあるが、単なる暴力沙汰はすぐにお縄だ。プロの傭兵は勿論、C.W.A.の生徒も一般人よりそういった処罰が重い。格闘家が傷害事件を起こした場合と一緒だ。
関わっても何一つメリットがない。やっぱりここは別の車両に――
「ちょっとアンタ! さっきからジロジロジロジロ、何いやらしい目で見て来てるのよ!」
やっちまったよコイツ。
「ハァ!? 言い掛かりも大概にしてくれや! 誰がテメェみたいなガキに興味持つかよ!」
んで向こうさんもノッちまったよ。最悪だ。
「なっ、はぁ!? ガキぃ!? 私が!?」
「どう見てもガキだろうが! 胸もまな板みてーだし、ホントはお前男じゃねぇのかァ?」
ギャハハハハ! と下品に笑う男。どうやら見た目通りおつむに栄養が行ってないらしいな……。
「ちょ、誰がまな板よ! サイテーよこのセクハラ親父!」
「そういうことはセクハラできる体になってから言ってくれよなァ、お嬢ちゃん?」
コツン、と小馬鹿にするように男がレイナの額を小突いた瞬間。
怒髪天のレイナ様による金的が男に炸裂した。
先に手を、いや脚を、出しやがったぞ……!
数人いた他の乗客は途端にどよめき始め、別の車両に逃げて行く。まぁ、一般人ならそうだな。こんな面倒事には関わりあいにならない方がいい。つーかできれば俺も関わりたくない。只管に面倒だ。
レイナの本気蹴りは大の大人でも軽く失神するレベルだが、今のは流石に手加減したらしい。男は電車の床を転げ回りながらも、まだ意識を保っている。同じ男としてその痛みには同情するが、相手が悪かったと思ってくれ。
ふん! とゴミでも見るような目をするレイナは置いといて、問題はこの状況だ。C.W.A.の生徒が先に一般人に暴力を振るったという、逃れようもない事実。今はいないが、さっき逃げて行った乗客たちを捉まえれば証言もあるだろう。どうする。あくまで俺は他人と言い張って逃げるか。
一応アドバンテージを一つ握ってはいるが、それだけじゃあ暴力に対する正当性は証明できない。全く取り返しのつかないことをしてくれたもんだ。
俺が腕を組んでグルグルと思い悩んでいると、ダメージから回復したらしい男がヨロヨロと立ち上がり、憤怒の形相で懐からナイフを取り出した。……やっちまったな、アンタも。
刃物を警戒して距離を取ったレイナに「下がってろ」と合図をする。めんどくせぇが、昼飯代くらいにはなりそうな案件になったじゃねぇか。
「おいィ? 今更何だテメェ、びびってたんじゃねぇのかァ?」
「金にもならねーことは無視する性分でな」
視線で男を牽制しながら、ゆっくりと立ち上がる。目的の駅まであと五つ……いや四つか。それなりの暇つぶしにはなりそうだ。
こっちを警戒して何も仕掛けてこない男に対し、俺は軽い挑発を投げかけることにした。
「なぁアンタ、理由を聞いていいか?」
「あァ? んだゴラァ!」
「レイナの言い分は行き過ぎだが、こっちを睨んでたのは事実だろ? 何故だ?」
「ハッ、決まってんだろ! テメェらが真昼間から盛ってやがったからだ! 見苦しいんだよ!」
盛る……? あぁ、そういうことか。
「なるほどなぁ。モテねぇおっさんは辛ェよな?」
「んだと……!?」
「小汚ねぇ顏にデブい体、勘違いしたファッション。おまけに、そんな「頭」してりゃ尚更な。女が寄り付く筈もねぇ」
ここで俺は男のウィークポイントを攻めつつ核心に迫る。そう、この男の一番の特徴はと言えば、パッションピンクが眩しいモヒカンスタイルだったのだ……!
「テッ、テメェ……! よくも俺のセンスにケチ付けやがったなァ!?」
いとも容易く挑発に乗って来てくれるモヒカン。恐らく俺の発言のどれかが、或いは全部がコンプレックスを刺激したんだろう。意図的で悪いがな。
キレたモヒカンは意味不明なことを叫びながら、素人丸出しのナイフ捌きでこっちに切り掛かってきた。平時ならなんてことはないシチュエーションだが、ここは揺れる電車の中。急にナイフがすっ飛んで来たりしたら流石に避けられない。
「(こいつは……いや止めとくか)」
俺は警戒心から腰のホルスターに収まった拳銃を抜きかけ、しかし思い留まった。今装填してあるのは単なるゴム弾だが、一般人相手に撃てば高確率で怪我をさせちまう。レイナから突っ掛かったことを考えると、向こうだけが怪我をしたという状況はあまり良くない。捕まえることができたとしても、謝礼はナシとかいうパターンになりそうだからな。
もし俺が一般人なら、相手がナイフを取り出した時点で(情況証拠的に)優位に立てるが、傭兵見習いとしてはそれだけじゃ弱い。「ナイフで切り掛かられた」ことが、一般人で言う「足を引っ掛けられた」くらいの比重にしかならないからだ。
こう言うと傭兵(と傭兵見習い)には人権がない様に感じるが、仕方がない。それだけ一般人との力量に差があるし、そもそもこっちは銃刀法が一部を除いて免除されている。自分の身を自分で守るのは当然の事で、尚且つ治安維持も義務付けられてる立場だからな。「上手く」やらないと、こういう荒事対処にも報酬は出ない。
こっちが頭の中でややこしい事を考えてる間、尚も男はナイフを振り続けていた。キレのない動きで縦に横にと、時折揺れで転がりながら、息も絶え絶えな状態でだ。正直少し憐れにすら思えてくる。このままスタミナが切れるまで付き合って、大人しくなった所をお縄とさせてもらうか。
「何遊んでるのよグレン! そんな奴ぶん殴っちゃってイイから!」
……と、事の元凶は喚いてるがな。恐らくこの件が終わって俺がぶん殴るのはお前だろう。反省の色が全くない。
まぁ報酬が欲しい俺と違って、レイナはこのモヒカンを捕まえられれば良いと考えてるだろうから、そこの違いだろうがな。俺が関わったからには、あくまで俺のやり方でやらせてもらう。
切りつけても効果なしと悟ったのであろうモヒカンは、ナイフを地面と水平に構え一直線に突撃してきた。映画やドラマなんかでもよく見る、誰でも簡単に人を殺せるやり方だ。やや躊躇は見られるが、それでも直撃すれば病院行きは確定。さて……
「死ねやァ!」
モヒカンが叫び、俺の目前まで迫って来たところで。
ガタンッ! と車体が大きく揺れた。
「……ッ」
モヒカンは勿論、俺も重心をブラされる。ナイフはモヒカンの手から宙に放り出され、体勢を崩した俺の顔面へと向かって来る。運の悪い事に、俺に直撃するタイミングで丁度刃が突き刺さる軌道だ。
この間コンマ数秒の状況が、俺にはやはりスローモーションで見えていた。もはやこれは特技と言っていいのかもしれん。見えた所で基本どうしようもないというのは変わらんがな。
「――――」
しかしまぁ。
暴力教師の棍に比べれば、まだ何とかなる――!
俺はその場で更に、自発的に体勢を崩した。足を投げ出し、体を捻り、さながらバレルロールの様に回転させる。ナイフの着撃ポイントの予測から数cm顔をずらし、切っ先だけを頬に掠らせる。当然鋭い痛みが走り血が飛ぶが、これでいい。これで証拠は揃った。
ナイフが顔の横を通り過ぎたところで、スローモーションが途絶え、俺とモヒカンは文字通り転がった。
俺はまだ受け身を取れた方だが、モヒカンは運悪く頭を座席の角に打ちつけ、そのまま気を失ってしまった。大丈夫かこれ。死んでないよな。
「ちょ、グレン! 大丈夫!?」
レイナが飛ぶようにこっちに走って来て、俺の手を取る。お前が相手した方が良かったんじゃと考えた所で、モヒカンの悲惨な姿が想像できてしまって、これで良かったと思えた俺であった。これなら報酬も出るだろうしな。
「心配ねぇよ。……それより、お前あんなに短気だったか?」
直情型なのは知ってたが、それにしたって今回は事が性急過ぎた。何か理由があったのか気になりはする。
「だって……」
レイナは急にモジモジしだして、制服のスカートを摘みながら、
「アイツ、私が乗車する時にスカート捲って来たんだもん……」
命知らずなモヒカンの悪行をつまびらかにしたのであった。
任務前から面倒事に巻き込まれた俺は、非常に疲れた顏をしながらもモヒカンを警察に引き渡した。俺の涙ぐましい証拠収集の甲斐もあってか、警察の判断は「痴漢並びに暴力行為」としてモヒカンの一発逮捕に繋がった。
レイナが言い争いを始めた時、咄嗟にONにしておいたボイスレコーダーによるモヒカンの言動と、俺の頬の傷とナイフに付着したモヒカンの指紋で完璧な証拠が出揃ってたからな。俺の指紋は一切モヒカンには付いてねーし、頭打って気絶したのも自業自得なことが明らかだ。
ちなみにモヒカンの所持していたナイフだが、刃渡り的に銃刀法には引っ掛かりこそしなかったが、軽犯罪法には引っ掛かるとのことで、やはり無闇に刃物は持ち歩かないことに越したことはないそうだ。まぁ、一般的な話だがな。
「ご協力感謝致します! 学園の方へは本官から連絡を入れておきます!」
「はいよ。……ところで」
俺が少し物足りなさそうな顔で警官を見ると、警官はニコッと笑って耳打ちしてきた。
「当然、謝礼の方も。「上手い」仕事をしてくれたからね」
「助かる。いろいろと金欠で」
「いえいえ、助かったのはこちらです。最近ここらで軽犯罪を繰り返していた厄介者だったので」
警官は軽く握手までしたあと、元の仕事の表情に戻りモヒカンを連行していった。
今のやり取りでも分かると思うが、俺たち傭兵は見習いであっても、警察とはビジネスライクな付き合いができる。それは傭兵側が警察と協力して、治安維持に勤めたり、大罪人逮捕に貢献しているからだ。
中には警察の業務領域を侵害している、傭兵には危険人物しかいない等の極端な考えを持つ奴もいるが、基本的な関係は良好だ。但し行き過ぎた親交は忖度を生み出しかねないので、お互いある程度は距離を保ってるがな。
何にせよ、今回は良い警官に当たったことが幸いだ。これがアンチ傭兵な警官だったら、モヒカンをとっ捕まえて終わりとかいうアホな結果になりかねんからな。
「グレン、傷大丈夫……?」
「何てことねーよ。こんくらい」
俺が手の甲でぐしぐしと血を拭うと、レイナは「やめなさい!」とまるでオカンの様に怒り、いそいそと消毒液とガーゼ、絆創膏を取り出した。こんな公衆の面前で処置されても体裁が悪いので、さっさと改札に逃げたがな。
「ちょ、グレン! まだ南口前じゃないわよ!」
レイナの言う通り、モヒカンを引き渡すため降りたこの駅は目的の駅じゃない。それよりも二つ前の駅だ。何故次の電車を待たないのかと言うと……
「すまん。腹減った」
金欠で昨日の夜から何も食べてなかった俺は、電車に乗った時点で空腹がかなりの所まで来ていた。加えてモヒカン退治までやったら、完全にエネルギーが切れちまった。
「食べるお金あるの? あとここから先の交通費は?」
「ない。貸しで頼む」
「もー!」
レイナは呆れながらも、そこまで強く俺を非難はしなかった。何だかんだでさっきの事を気にしてるんだろう。反省してんなら制裁は勘弁しといてやるよ。
「さて……」
んなことより飯を何にするかだ。正直何でもいいが、とにかく腹が膨れるもんがいいな。
駅を出てブラブラと飲食店を吟味していると、後ろから軽く肩を叩かれた。レイナの悪戯だろうと手を払いのけると、今度は逆サイドから叩かれた。何だよ。
イラっとした俺は眉間にシワを寄せながら振り向いて、唖然とした。
そこにいたのはレイナではなく、俺達と同じC.W.A.の制服を着た赤髪長身の美人。マリア先輩だった。
「ごめんなさい、怒らせちゃった?」
困り気味の笑顔をこちらに向けて来る先輩は、やっぱり、美人だった。まごうことなき美人。この人本当に傭兵か? 俺達と同じ世界に居ていい人じゃない気がするが。
「あ、いや……ウィッス」
あまりにも突然のことで、俺も訳の分からない返しをしてしまう。何がウィッスなんだ。困ったら鳴き声のように出てしまうこの癖は遠からず直したい。何の受け答えにもなってないからな。
レイナはと言えば、目を点にして絶句しちまってる。こいつは俺と違って、面と向かうのは初めてだろうから無理もない。それだけの花形なんだ、このマリア先輩は。
「ふふ、ごめんなさい。出先で会えたから嬉しくなっちゃって」
「そう、スか。……ハハッ、先輩はどうしてここに?」
未だ不自然さは否めないが、ようやく言語機能が回復してきた。
「ん、メインは買い物とお昼ご飯かな」
「マジっスか、イイっスね」
「ええ。二人は?」
「俺たちはまぁ、任務っスね」
「あ、急ぎだった?」
「いやいや、その前に飯食ってこうと思ってたんで大丈夫っス」
「そっか、良かった」
ホッとしたらしい先輩は、「ん!」と軽く伸びをした。これは不可抗力だが、どうしてもその、特定部位に視線が行ってしまう。腕を伸ばすことによって制服が突っ張り、豊かな双丘が強調され――
「死すべし」
レイナの殺人キックが飛んできたが、これはスローモーションが発動したお陰でギリギリ躱せた。お前それ当たったら確実に首の骨折れてんぞ。本気で殺しに掛かって来るんじゃねぇよ。
「――もし、お邪魔でなければだけど。お昼、ご一緒していい?」
伸びをしていて今のバイオレンスシーンを見逃した先輩は、涼やかな顔でお誘いをして来た。勿論俺としても断る理由がない。昨日のことも気になっていたし、ここの所あまり話せてなかったというのもある。一石二鳥……いや飯も食うから三鳥か。効率的で良いじゃないか。
「何ニヤついてんのよ気持ち悪い」
先輩の柔和な雰囲気とは対称的に、レイナの態度は刺々しい。何なんだお前。急に機嫌悪くなりやがって。思春期かよ。
俺とレイナが目線でバチバチと火花を散らしていると、先輩は何を思ったのかレイナの手を取って、
「レイナさん。あなたとも一度お話してみたかったの」
などと男女どちらでも蕩けてしまいそうな笑みで、そんなことを言うものだから。
「……ひゃい」
あの猪突猛進女が、顔を赤くして完全に骨抜きにされてしまっていた。何とも珍しい、貴重な光景だ。……つーかこの、女子同士が手を取って見つめ合うという状況は、耽美が過ぎるな。周りの男共がこぞって鼻息荒くしてんぞ。
「と、とにかく。どこ食いに行きます?」
「もしお店が決まってないようだったら、私の行きつけの所でもいい?」
「いいっスよ」
二つ返事で承諾してしまったが、これはミスだったかもしれない。もし女子しか行かないようなキラキラした店だった場合、俺は即刻逃げざるを得ないからだ。大概の男は苦手だろうが、俺は輪を掛けてああいう場が嫌だからな。頼むぜ先輩。
未だにぽやっと呆けているレイナの肩を小突いて現実に引き戻してから、先輩の少し後ろを付いて歩く。が、先輩のシャンプーの匂いが風に乗って香って来たため、俺は少し位置をズラした。あれはいかん。男が嗅いでいい匂いじゃない。
「どうかした?」
「いえッ……す、なんでもないっス!」
俺もレイナも、ペース乱されまくりだった。
この先飯食ったあと任務もあるってのに、こんな状態で遂行できるのか? という不安が頭を過ったが、まぁ、今から一時間程はそれは忘れよう。先輩と食事ができる折角の機会だしな。
頭を切り替えた俺は、先輩と並ぶように歩くことにした。レイナもそれに対抗してか、逆側の隣へ。先輩は少し驚いた顔をした後、小さく笑った。