三節【少年の事情】
面倒だが、まずはルールを確認する。
試合時間は最大十分。勝敗条件はどちらかが継戦不能となるか、又は降参を申し出るか。十分が経過しても決着がつかない場合は判定になるが、これは対戦相手にどれだけ有効打を与えられたかが主な判断材料だ。ダメージにより膝をつく、倒れ込むなどした場合は減点となり、防戦一方で攻撃の意思がない場合も判定の時に不利になるし、度が過ぎれば警告が出る。
使用する武器は学園からの貸し出し品限定で、仕込みによるズルはできない他、自己の身体能力や回復力を高める物なども一切使用禁止だ。あくまで自分の身一つで闘うというのが、このC.W.A.トーナメントの大前提らしい。
まぁ、昔はそこら辺が何でもありで、死人まで出たとかいう噂もあるがな。少なくとも俺が入ってからは大きな問題は起きていない。
基本ルールが一通り確認できた所で、眼前のステージ上に意識を戻す。ジレット教官による試合開始の合図はもうされているが、選手二人は未だ睨み合ったままだ。頭に血が上ってそうだったケヴィンも、意外と平静を保っている。そこらはさすが上級生といったところか。
「先に仕掛けるのはどちらだと思う? グレン」
「知るかよ」
クローディアは心底楽しそうに俺に話を振って来るが、正直うっとうしい。観戦くらいゆっくりさせてくれ。
「ム。これは観察眼のテストだぞ」
「へいへい」
んじゃその観察が確実にできるように、見ることに専念させてくれってんだ。
塩対応に若干むくれたのか、クローディアは不満そうに視線をステージに戻した後、俺の右足を蹴って来た。あの、ものすっごく痛いんでやめてくれませんかね。
「グレンの態度が悪いのよ。自業自得よ」
クローディアの隣に座っているへっぽこ優等生が何かほざいてるが、無視だ無視。今すぐキャメルクラッチでも極めたいが今は無視。耐えろ俺。
くだらんやり取りをしている間に、試合が動いた。先に仕掛けたのはケヴィンだ。
「ウォオオオオオオ!!!」
正面から突っ込み、右手に持った鎚矛を力強く振り回す。体格の良さも相まって迫力がもの凄い。人間どころか魔物も怯みそうな気迫だ。
対してマリア先輩は、反撃に出ない。ケヴィンの攻撃を躱し、盾でいなし、距離を取る。軽い身のこなしでの危なげない回避だ。
流石はあの大男相手にノーコメントと言ってのける胆力の持ち主。全く気負いが感じられないな。
会場はいきなりのハイレベルな試合に湧いた。ケヴィンとマリア先輩、どちらのフォロワーも大盛り上がりだ。……つーかあのケヴィンって奴も、中々の実力者だったんだな。そこらの生徒と比べれば圧倒的に強い。体さばきがまるで違う。
「どうよグレン、俺のパイセンはよ! 凄ェだろ!」
うるせーよ馬鹿と言いたいが、ダンはこれでも見る目はある方だ。ケヴィンの実力は確かなものと見て差し支えないだろう。
事実ケヴィンは単なるパワー系じゃなく、技量が光る選手だった。鎚矛を振り回しつつ、反撃の隙を与えないように回し蹴りや正拳突きも織り交ぜている。大柄なくせにフットワークも軽いし、何より体幹が良い。どんな動作をしても体の軸がブレていない。
「(こりゃ意外と……)」
ケヴィンが白星をあげるってのもあるか? この流れのまま判定に持ち込めば、十中八九ケヴィンが勝つ。マリア先輩がまだ一度も攻勢に出てないからだ。
しかしおかしい。マリア先輩は本来、もっとアグレッシブな闘い方をする人だった。相手に攻撃の機会すら与えないガン攻めで、ものの数分でK.O勝ちというのが常だったはずだ。それがどうしてここまで守り一辺倒なんだ……?
俺の疑問は個人的なものじゃなかったらしく、周囲の観戦者も段々と俺と同じ疑問顏をするようになってきていた。マリア先輩のフォロワー女子たちは隠すこともなく、「先輩ファイトー!」「いつもみたいにお願いしますー!」「そんなムサい奴早くのしちゃってくださいー!」などと好き放題叫んでいる。
だが依然として反撃しないマリア先輩に、遂に警告が出た。審判が笛を吹き、試合が一時中断する。
マリア先輩は何も言い返すことなく、甘んじて警告に従った。このまま攻撃の意思が見られなければ、次は退場、即ち敗北になる。どうしてそうまでして反撃に出ないのか、俺には一切分からんぞ。
〈どうした、ビビってんのか? あんまり冷めることせんでくれや〉
裏方からマイクを奪い取ったケヴィンは、イラ立った声色で挑発をかます。試合開始前よりキレてんぞ。逃げを侮辱と受け取るタイプだなありゃ。
〈大丈夫かねマリア君? 続けられるかね?〉
こちらも大分トーンダウンしたジレット教官が、継戦の意思確認をする。頷いたマリア先輩だったが、その表情はどこか……陰っている。ホントに何があったんだ。いつものあの人とは明らかに様子が違う。
審判が再開の合図をすると、ケヴィンは猛牛のごとくマリア先輩に襲い掛かった。「もう遠慮はしねぇ、潰してやる」とでも言うように。
肉迫し、右へ左へ退路を塞ぐように攻め立てるケヴィンに、マリア先輩は確実にステージ脇へと追い詰められていった。
「(この期に及んでまだされるがままなのか……?)」
あの鎚矛を一撃でも食らおうものなら、ほぼ間違いなく一発K.Oだ。それは分かる。
だが剣盾という得物で距離を取っても意味がない。反撃のチャンスを窺うにしても、もっと接敵してなければ隙を突けない。本当に闘う気がないと思われても仕方ないぞ。
ケヴィンのスタミナはまだ切れちゃいない。恐らく試合時間目一杯まで暴れ回ったとしても切れないように鍛えてあるんだろう。タフな奴だ。
「そろそろ終わりにしようやァ!」
遂に後がなくなったマリア先輩に、ケヴィンが突貫する。
この試合が始まってから一番のスプリントで、且つ全体重の乗った渾身の一撃を振り下ろす。退路は勿論、反撃の隙もない。
「――――――」
会場全体が息を呑んだ。
ケヴィンの鎚矛は、確実にマリア先輩を捉え――たかに見えた。
「かッ……………ハ………?」
しかし、先に地に臥したのはケヴィンの方だった。
C.W.A.トーナメントの初戦、高等部三年のケヴィンと大学部一年のマリア先輩の試合は、マリア先輩の一発K.O勝ちという結果に収まった。
勝敗が決した瞬間、会場は湧くというよりもどよめき立った。というのも、長身とはいえ華奢なマリア先輩が、ケヴィンを一撃で沈めた方法が「盾で頭をぶん殴る」という非常に荒くれたものだったからだ。所謂シールドバッシュと呼ばれる技だが、本来は筋力のある男が使ってようやく形になるような技だ。それをあんな細腕でとなると確かに腑に落ちない。何故剣を使わなかったのか、どうやってあの大男を倒すまでの威力を出せたのか、そもそも八百長だったんじゃないか等々。疑問を挙げ出せばキリがない。
「だァァ! どうにも納得いかねぇ!」
ダンが頭を掻き毟る。納得がいってないのは俺も同じだが、まぁ結果は結果だからな。
終盤までの流れはケヴィンの圧倒的優勢だっただけに、あの逆転劇はショックだったろう。特に熱心なケヴィンフォロワーのダンにとっては。
「何言ってんの、一発でやられちゃったじゃない。完璧な負けよ」
対してレイナは得意顔だった。こいつは別にマリア先輩がどうのというのはないそうだが、まぁ女サイドとしての肩入れはあるんだろう。普段からダンにおちょくられてるし、その仕返しかもな。
「そりゃそうだけどよぉ、何かこう、モヤモヤしねぇ?」
「まぁ、確かにな」
「だろ? 最後あんな決め方ができるんなら、もっと序盤からやってもよかったじゃんかよ。ナメプか?」
いやそれは。とも言い切ることはできない。少なくとも客観的にはな。
「それはないさ。そんなことをする人間じゃないことは、お前たちもよく知っているだろう」
「そうっスけど~~~」
意外にも主観的に否定したのはクローディアだった。こいつがこんな風に言うのは珍しいため、逆に何かあるんじゃないかと勘ぐっちまいそうになるな。
「さて、とりあえずグレンは今日のトーナメントの試合をできる限り見てから、三日以内にレポートを提出するように。残りについてはまた後日連絡する」
「まだあんのかよ……」
「当然だ。お前がサボった授業の回数を教えてやろうか?」
「…………」
あの。いや、いいっす。スンマセン。
「先生はこれから授業ですか?」
「あぁ。午後からの日程が割とタイトでな。私も試合を見ていたいが、残念だ」
クローディアは「お前たちも講義の時間には遅れるなよ」と言い残し早々と去って行った。どうでもいいが俺の方を見向きもしなかったのは当て付けだろうな。不良はつらいぜ。
ちなみにウチでは、高等部からは授業と講義の両方が受けられる。というより授業は強制、講義は任意といった感じだが。大学部までいくと授業がなくなり、逆に初等部と中等部の間は授業しかない。講義はともかく、授業をサボる奴は論外だそうだ。知らんけど。
「私は講義あるけど、ダンは?」
「俺は講義ないしこのまま見てるぜ!」
無駄にガッツポーズをするダン。コイツの様にトーナメントに合わせて講義を削る生徒は数多い。つーかこの会場にいる奴らはほとんどがそうだ。学園側もそれを把握してのことか、この時期はやる気のない講義ばっかだしな。「ミジンコから学ぶ人類学」とか誰が受けんだよ。
「なるほどねー。グレンは聞くまでもないわね」
「うるせぇよ」
「いいじゃねぇか。試合も見れて単位も取れる! こんな美味い話ないぜ?」
ダンが暑苦しく肩なんか組んで来やがる。いや本当に暑苦しいので脇腹に拳をねじ込み強制解除させてもらった。お前はもう少しパーソナルスペースというものを考えろ。
「というかグレン単位足りるの? 授業の分は先生が補習してくれるけど、講義の分は?」
「知らねー」
面倒な話題を嫌った俺は席を立ち、自動販売機に逃げることに……
「待ちなさい。留年とかあり得ないからね?」
レイナに襟首を引っ掴まれ若干よろめき、周りの女子どもに笑われた。なにしやがるコラ。
「俺がどうなろうが知ったこっちゃねぇだろ。ほっとけよ」
「知ったこっちゃあるわよ! とにかくフィールドワークでも何でもいいから、単位は取りなさい!」
めっ! とでも言うように指を立てて注意してくるレイナ。お前は俺のオカンか。つーか笑ってた奴らめっちゃ噴き出してんだけど。あいつらぶっ転がしていいのか。
「レイナちゃんの言う通りだぜグレン。お前に留年分の学費が払えるのか?」
「ぐっ……」
この野郎バカのくせして痛いとこ突いてくんじゃねぇか。
C.W.A.はいわば国立の教育機関に位置付けられていて、基本的に学費だのなんだのはそこらの学校と比べれば格安だ。優秀な奴なら任務で稼ぎまくって、学生時代に全ての学費を払いきってしまう奴もいるくらいだからな。
だが、これは順当に進級していった場合の話だ。一度留年すると、その年は二倍も三倍も金が掛かる恐ろしいシステムになっている。そこそこ真面目にやってりゃ進級できないなんてことにはまずならないため、留年=やる気なしの図が簡単に成立しちまうからだろう。
俺は訳あって人よりも貧乏な分、留年した時のリカバリーは絶対に不可能だ。C.W.A.を追い出されても生きていける自信はあるが、まぁ、率直に言えば面倒だな。今のこのぬるま湯が楽でいい。
「分かったら授業ちゃんと出て、講義も受けなさいよ。何なら私も一緒に行ったげるから」
「余計なお世話だっつーの」
保護者面すんじゃねぇよ。こちとらそういうポジの手合は間に合ってんだよ。
「ったく、我が親友ながら素直じゃないねぇ。っつかレイナちゃん、講義の時間は大丈夫か?」
「あぁっ、遅刻する! ごめん二人ともまた後でね!」
バビューン! と効果音でも付けてやろうかという勢いでレイナはトーナメント会場を飛び出して行った。何度も言うがアイツは足が速いからな。棟三つ分くらいなら今からでも余裕で間に合うだろう。
「嫁さんがいなくなって寂しいだろうが、そろそろ次の試合始まるぜ」
「誰が嫁さんだって?」
ダンのニヤけた面に小パンチをかました所で次のカード。高等部二年のアントニーと高等部一年のオスカーの試合が始まった。正直さっきの試合に比べりゃ随分レベルは低いが、まぁ見といてやる。レポートの材料は多い方がいいからな。
頬杖をついて試合を眺めながら、ふとさっきの試合のマリア先輩のことが頭に浮かんだ。色々あって俺はあの人と面識があるから、様子がおかしいことはすぐに分かった。試合運びは勿論、あの表情、そして最後のK.O手段。あの人に限って体調管理を怠るはずはないから、メンタル的な問題か? どうにも気になるが、藪蛇案件にしかならない予感もする。聞くのはタブーだな。
「アントニーの奴中々やるじゃんか! おいグレン、お前クラスメイトだろ! もっと応援してやれよ!」
「ガンバレー」
特にこの後の試合に興味のなかった俺は、魂の抜けきった顏と声でその後四時間余りを暑苦しい空間で過ごした。
「いやー最高だったなグレン!」
「ソウダナ」
結局、初戦以降見所が一切ないままトーナメント一日目は終了した。
辺りはすっかり夕暮れ時だ。ダンと並んで寮までの帰路に就いてるが、まぁ生徒が多い多い。どこにそんな人数入ってたんだってくらい多い。管理しやすいのは分かるが、もうちっと寮の配置バラけさせるとかなかったのか。
「しっかしあれだな。観戦できるのは良いけどよ、やっぱ俺達も出場したかったよなぁ」
「すまん」
「? 何で謝んだ?」
こいつは本当に馬鹿か。出場できなかった原因に向かってそんな台詞吐けば、嫌味にしか取られんことくらい分かれ。お前は出場権があったにも関わらず、俺に巻き込まれてその機会を逸したんだぞ。
「あー、いや、そういう意味じゃなくてよ。純粋にさ」
「純粋な嫌味か」
「そうじゃねぇって!」
両腕を広げる大仰なジェスチャーを以て否定するダン。ここらで俺は鼻で笑ってジョークの演出をする。ダンは目ざとくそれを察し、じゃれつくようにヘッドロックを掛けて来た。暑苦しいのと周りの目が痛いんですぐに脇腹を突いて終了させたが。
馬鹿と馬鹿やるのはほどほどにして、俺は道中のコンビニに寄って夕飯を買い込んだ。敷地内にあるコンビニは生徒なら割引が効くため、そこらのスーパーで買い物するよりは安く上がる。収入が少ない俺にとっちゃ非常にありがたいシステムだ。
ダンに「お前は買わないのか」と聞くと、「俺は作り置きがあるからいい」とのことだった。お前生意気にも料理できるのか。少しばかり敗北感覚えたんだが。
「グレンはいいよなー、毎日嫁さんに飯作って貰えて」
「レイナのこと言ってんだったら殴んぞ」
「照れんなって。っつか前々から思ってたが、料理って手間は勿論のこと、金もそれなりに掛かるからな? もっと感謝しとけよ?」
「…………」
こいつ。今日はやけにぐさぐさと言ってくれるじゃあねぇか。
手間はともかく、金を使わせてるってのは確かに悪い。だが金を返した所で、あいつ受け取らねぇんだよな……。「好きでやってるんだから変な気遣わないで」とか逆にキレてくるし。俺にどうしろと。
「感謝だよ、感謝」
「心を読むな不愉快だ」
ダンの鳩尾に正拳をお見舞いした所で、丁度寮に着いた。さっさと自分の部屋に戻って風呂入って飯にしようそうしよう。
「しんッ……ゆぉ…………ォ……」
後ろで死にかけのゾンビみたいなのが何か言ってるが、聞こえん。聞こえんし知らん。
中庭とロビーを通り抜ける際、「また痴話喧嘩か?」「ほんと仲良いよなぁ」とか小声でほざいた奴らの鳩尾にも容赦なく正拳を叩きこんでから、俺は階段を上って自室に戻った。もう今日の活動は終わりだ。何にも得るものがないどころか、面倒なレポートを課されただけの一日だったが、こんな日もあるだろう。切り替えていけ。
「金……ねぇなぁ」
ふと、さっきコンビニで支払いをした時の財布の中身を思い出す。当然の如く俺には貯蓄がないため、あの財布の中の金だけが生命線だ。それがほぼないということは、即ち死を意味する。
単位のこともあるし、明日はフィールドワークにでも出かけてみるか。割の良い依頼を選んでおかねぇとな。